カカシ先生の壮大な浪漫


仕事で里の外へと出た帰り道、突然降り出した土砂降りの雨に立ち往生した。
里までは目と鼻の先だが、打ち付ける雨に視界が遮られてしまう。
長く降る雨ではないと判断し、カカシは元来た道で見かけた廃寺へと駆け込んだ。
何年も人が入った形跡のない荒れた寺、叩きつけるように降る雨で屋根が奇妙な音を立てていたが、今すぐ倒壊することはなさそうだった。

 

「お邪魔しますよー」
律儀に挨拶をし、がたがたと建てつけの悪い戸を開いて中に入ったカカシは埃を払って座り込む。
吹き付ける風が不気味に響いていたが、手ぬぐいで顔を拭くカカシはまるで気にせず頬を緩ませた。
少々アクシデントはあったが、もうすぐ家族の顔が見られるのだ。
忙しい任務の合間を縫って買った、土産の入った荷物をカカシは自分の脇に降ろす。
サクラと子供達、ついでにナルトとサスケへの土産が雨に濡れたかどうか鞄から出して確認していると、足元に転がっている置物が目に入った。
汚れているところを見ると、もともとこの場所にあった物だろう。
犬の形をした、小さな陶器の置物だ。

「あれ、可哀相に。真っ黒だよ」
体を拭いた手ぬぐいでカカシはついでにその置物も磨いてみた。
もともと犬好きなこともあり、自然と熱が入ってしまったが、綺麗にしてみるとそれなりに骨董品らしくなる。
「なんだ、なかなか可愛い顔してるじゃないの」
思わず褒めると、置物も微笑んでいるように見えるから不思議だ。

「もう、半時くらいかねぇ・・・・」
雨音から止む時間を推測すると、カカシは少しだけ板の間に横になる。
強行軍でここまで来たせいか、一度腰を落ち着かせるとどっと疲れが出てしまった。
雨が小降りになるまでの間だ。
そして目を瞑ったカカシは、数分もしないうちに深い眠りに落ちていた。

 

 

 

もう少し眠っていたい。
そう思うのに、誰かがカカシの頭を叩いている。
いや、これは蹴飛ばされているのではないかと思ったとき、カカシは頭にきて一気に跳ね起きた。
しかし、目の前にいたのは見知らぬ一人の老人だ。
豊かなひげを蓄えた品のある老人で、カカシに対する敵意は見当たらない。

「やっと、起きたか」
老人の声を聞きながら見回すと、そこはカカシが休息を取っていた廃寺だった。
ということは、彼はカカシ同様雨宿りをするために後から来たのだろうか。
「えーと、あなたは?」
「わしは狗神じゃよ。ほれ、お前さんが綺麗に磨いた陶器の。あれが、わしの本体なんじゃ」
「・・・・はあ」
頭のぼけた妙な老人だと思ったが、カカシはとりあえず頷いてみせる。
女子供、お年寄りには優しくするよう、恩師である四代目からしつこく言われていた。
雨が降る間、話し相手をするくらいなら別に構わない。

 

「そこで相談なんじゃが、あの犬の置物をお前さんの家で祀ってくれんかの。寺にいた小坊主がここを立ち去る際、わしを忘れていきおってそのままになっておるんじゃ」
「いいですよー」
「頼まれてくれるか」
カカシが気軽に承諾すると、老人の方が目を丸くした。
「ええ。この寺を新築して俺に坊主になれとか言われたら困るけど、それぐらい全然構いませんよー」
笑顔で答えるカカシを、老人はしげしげと眺める。
今までも何人かこの廃寺を訪れる者はいたが、老人が姿を見せると物の怪の類と勘違いして逃げていった。
だが、目の前にいるカカシは老人の正体が人であろうと神であろうとのんびりとした口調で応え、態度を変える様子は全くない。
なんとなしに、老人はカカシに好感を抱いた。

「お前さん、良い奴じゃな。礼に、願いを何でも一つかなえるぞ」
「えっ?」
「金か、女か、権力か、何でも一つ言うといい。お前さんの夢は、何だ?」
「夢、ねぇ・・・」
老人の言葉に両腕を組んで考え始めたカカシだが、突然そのように言われてもいい案は浮かばない。
夢がないわけではないが、誰かに叶えてもらう物とは違う気がした。

 

「えーと、愛する人と共に過ごして子供達はいつも陽だまりの中に、それで里がずっと平和でいることかな」
「・・・・」
老人が続く言葉を待ってもカカシはただ微笑んでいるだけだ。
呆気に取られた老人は再び問いかける。
「それだけか?それが、お前さんの夢か」
「そう。壮大な浪漫でしょう〜」
邪気のない明るい笑顔で返され、老人は開いた口が塞がらなくなった。
彼の答えが、予想していたものと全く違っていたからだ。

「お前さん、本当に人間か!?望みは思いのまま、なんでも叶うんじゃぞ。普通は、不老不死を望んだりするんじゃないのか」
「一人だけ死なずに生き残ったってしょうがないじゃないの。サクラがいなくちゃ」
「その、サクラとやらも一緒なら、どうじゃ?」
「んーーー・・・」
サクラと一緒、という提案に少しだけ心が動いたが、それでもカカシはすぐに老人へ向き直る。
「やっぱり、いいや。サクラがまだ小さい頃から成長を見守ってきたし、これからそのつもり。俺、おばーちゃんになったサクラも見てみたいもの。出来れば、ずっと先、二人そろって同じ時間に老衰で死にたいかなぁ」

 

取って置きの秘密を打ち明けた子供のように笑うカカシを見つめ、老人はなんとも欲のない人間だと思った。
いや、彼にとっては、それが何より贅沢な夢なのだろう。
カカシに釣られて顔を綻ばせた老人は、笑顔のまま頷いてみせた。
「了解した」

 

 

 

目覚めたとき、そこは廃寺で、カカシ以外の人間が入った形跡はない。
欠伸をしながら外を見ると、すでに雨はやんでいる。
鞄の近くに置いていたはずの犬の置物もなく、カカシは全てが夢だったと信じて疑わなかった。

里に帰ると、彼の帰りを待ちわびていた家族が駆け寄ってくる。
愛妻のサクラと二人の子供、カカシの宝物だ。
夜には長期任務から帰宅すると恒例となっている、焼肉パーティーが開かれた。
もちろん、はたけ家に入り浸っているナルトとサスケも顔を見せる。
そして、カカシが鞄から皆に渡す土産の品を出したときに、サクラがそれを発見したのだった。

 

「カカシ先生、これもお土産なの?」
「えーー??」
振り返ると、温泉饅頭とカステラの間にまぎれていた置物をサクラが手に取り、不思議そうな顔で眺めている。
犬の形の、どこかで見た覚えのある陶器の置物だ。
暫くしてそれが廃寺に転がっていた物であることを思い出したカカシだが、いつ鞄に入ったのかは分からない。
「あら、よく見ると可愛い顔してるわねー」
手の中の犬の置物を見て笑みを浮かべたサクラは、ふいに首を傾げる。
「どうした、サクラ?」
「うん・・・・・。なんだか今、このわんちゃんが笑ったような気がしたの」


あとがき??
いろんなものが混じっていますね。


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