お父さんと僕


「快、お父さんと一緒に公園に行こうか」
「・・・・・・・行かない」
にこにこと笑って手を差し出したカカシから、快は顔を背けた。
「今日はこの本を全部読んじゃうんだ。父さん一人で行けば」
「なんだよー、最近冷たいなーー」
「あっ、ちょっと!!」
快の手から分厚い本を奪い取ったカカシは、ページをめくると怪訝そうに眉を寄せる。
「『方程式と関数について』って・・・・・アカデミー入学したてのお前が読むには、少し早いんじゃないか。今日は天気がいいし、こんなの読んでいないで外で遊んだ方がいいぞ」
「煩いよ。僕の勝手だろ」
背伸びした快に腕を引っ張られたカカシは、仕方なく本を彼に返す。
そのまま書庫へと向かう快を見つめて、カカシは様子を傍観していたサクラに涙目で訴えた。
「サクラーー、快がかまってくれないー」
「反抗期かしら?」

 

 

仕事が休みの日のカカシは、大抵家にいる誰かにくっついて過ごしている。
意外と寂しがりやなのか、一人でいることを嫌うのだ。
今日は小桜が朝から出かけているため、快に何かとまとわり付いていた。
読書に集中したい快にすれば、迷惑この上ない話だ。

「ん?」
椅子に座って目当ての本を開こうとした快は、机の隅に置かれていたアルバムに目を向ける。
子煩悩なカカシは小桜や快の写真をそれぞれピンクと青のアルバムにまとめてよく眺めているが、それは今まで快が目にしたことがない表紙だ。
「誰のかな」
なんとなく手を伸ばした快は、白銀の髪をした少年の写真を見て、最初は自分のアルバムだと思った。
だが、収められている写真は随分と色あせている。
写真と共に書かれた年月日を見ると、どうやら快ではなく、カカシの子供のときの写真を集めたもののようだ。
アカデミーに入学してすぐに下忍、中忍と昇級したカカシは、天才忍者の名を欲しいままにしたらしいが、家でだらしなくくつろいでいる姿を見るとどうも想像できない。
そして何気なくページをパラパラとめくっていくうちに、快はそこにある写真の不自然さに気付いた。
確かにカカシを写したものなのだが、成長したことを考慮しても、快の知る父親とはまるで別人のようだ。
何かが、今のカカシとは違っている。

「笑ってる写真が、ないんだ・・・・・」
ぽつりと呟いた自分の言葉に、快は無意識に頷いていた。
どの写真を見ても、子供らしくない、表情を殺したカカシしかいない。
誰かと一緒に写っていてもどこか寂しげだった。
「そういえば・・・・」
カカシの子供時代について考えた快は、以前サクラから聞いた話を思い出した。
理由は教えてもらえなかったが、幼い頃に二親を亡くし、今の快と同じ年齢のときにはすでに一人で生活していたらしい。
自分の境遇に置き換えて、父も母も、姉もいない家を想像した快は、頭の中で考えたこととはいえぞっとした思いに襲われる。
昔のカカシは笑いたくても、そうできない環境で育ったのかもしれない。

 

 

 

「お父さん」
遠方の任務から戻り、久しぶりの再会となったサクモにカカシは嬉しそうに駆け寄った。
前に会ったのは家の前にある桜の木がつぼみをつけた頃だったが、今はすっかり葉桜になってしまっている。
「ほら、テストが返って来たんだ。また満点だよ」
「頑張ったな」
答案用紙に目をやったサクモは、僅かに頬を緩めてカカシの頭に手を置いた。
物静かな性格のサクモは口数が少なく、必要以上に息子にかまうことはなかったが、カカシにその愛情は十分に伝わっている。
木ノ葉隠れの里で知らぬ者がいないエリート忍者のサクモは、どの仕事でも引っ張りだこだ。
すでに新たな任務地が決まっているらしく、早々と武具の手入れを始めたサクモに、カカシは後ろから小さな声で訊ねた。
「・・・・今度はいつ帰ってくるの?」
「たぶん来月の初め・・・・くらいだな」
振り返らずに話すサクモは、クナイに光を当てて刃毀れの有無を確かめている。
「カカシはしっかりしてるから、一人でも大丈夫だろ」
「うん」

元気のよい返事をしたカカシが、悲しげに面を伏せたことをサクモは知らなかった。
本当はいつでも寂しい。
ずっとそばにいて欲しい。
だが、里のために忙しく働くサクモを見ていると、どうしても本音を口にすることが出来なかった。
「怪我、しないで帰ってきてね」
「ああ」
頷いたサクモの背中を見つめ、カカシは少しだけ笑みを浮かべる。
生きていてさえくれれば、たとえ会う機会が少なくとも心の支えとなった。
自分には父親がいる。
母親と過ごした記憶のないカカシにとって、唯一の寄る辺であるサクモだけが、あらゆる望みの象徴ともいえる存在だった。
彼に嫌われないよう、聞き分けのよい子供を演じて、勉学に励む。
失うことなど考えられなかった。

 

 

「・・・・夢」
目元を擦った快は、ぼんやりとした眼差しを写真の中のカカシに向けた。
どうやらアルバムを眺めているうちにうとうととし始め、そのまま机に突っ伏して居眠りをしていたようだ。
夢の中で快はカカシと同一人物になっていた。
喋っているのはカカシだったが、彼の気持ちが快にも伝わってくる。
アルバムのせいであのような夢を見たのだろうが、あまりにリアルで、目覚めたあとも胸が苦しい。
時計を見ると書庫に入ってから1時間ほどしか経っておらず、窓の外には抜けるような青空が広がっている。
読書を続ける気持ちにはなれなかった。

 

 

 

「何だよー、あんなに嫌がっていたのに突然キャッチボールがしたいなんて」
「なんとなく・・・・」
「ま、別に何でもいいけどね」
快が大暴投したボールを難なく捕らえたカカシは、小さな子供でも取りやすいように返球する。
理由は分からないが、快の方からカカシを外出に誘うことは滅多になく、父親的には喜ばしいことだ。
公園の芝生には同じようにボール遊びをする親子連れが何人かいて、平和そのものといった光景が広がっていた。
だが、カカシ達の場合は子供よりも父親の方がどう見ても楽しそうだ。
「父さんな、親子でこうやって昼間の公園で遊ぶのが夢だったんだ」
「・・・そう」
取っておきの秘密を打ち明ける、子供のような笑みを浮かべるカカシに、快は小さく頷いて応えた。
たぶん、それは自分が相手として考えた夢ではないことを、快は知っている。
カカシは子供の頃にサクモとこうして過ごす時間が欲しかったのだ。
日頃サクラに対して甘えた言動が多いのも、親にできなかったことを今になって実行しているのかもしれない。

「また今度、付き合ってあげてもいいよ」
「えー」
「母さん達も一緒に。たまには家族で出かけるのもいいかもね」
コントロール力がゼロなのか、わざとなのか、あらぬ方向に飛ぶボールを捕ったカカシは快に明るい笑顔を返す。
夢の中で、長い間会えなかったサクモに見せたのと、全く同じ笑顔だ。
アルバムにあった写真のような表情をカカシは一度も見せない。
幸福だから、その必要がない。
できることなら、カカシがもう二度とその笑顔を忘れることがないよう、快は願いを込めてボールを投げ返した。


あとがき??
はたけ親子のキャッチボールを書きたかっただけ。
カカシ先生と快くんの組み合わせは結構好きみたいです。
未来のサスサク夫婦の息子達は「お父さん大好きv」なのですが、快くんはわりと冷めた子供なので、素直に「好き」とか言わないらしい。おかしいな。


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