７年目の浮気 ⅱ
家に帰る足取りが重いなど、カカシには初めてのことだ。
「一度や二度の過ち、犬に噛まれたと思って諦めたら」などと追い討ちをかけるナルトは無視して、カカシは玄関のチャイムを鳴らした。
カカシが落ち込んでいることなど知らず、サクラは笑顔で出迎える。
いつも通りの光景だ。
ただ一つ違うのは、その傍らに黒髪の超美形がいたことだろうか。「サ、サスケ！？」
大袈裟に後退りをしたカカシを、サスケは怪訝な表情で見ている。
「先生がナルトを呼ぶって電話をくれたから、サスケくんもさそったの。カカシ先生、会うの久しぶりでしょ」
「・・・・サクラちゃんはよく会ってるみたいだけどね」
「え？」
後ろでぼそぼそと呟いたナルトに、サクラは聞き返す。
「何でもない。夕飯のおかずって、何なの」
「オムライス。野菜サラダとスープ付きよ。早くあがって」
サクラが用意したスリッパを履くと、ナルトはサスケと共にテーブルへと向かう。
一人佇むカカシは、注意深く玄関に並ぶ靴を眺めていた。
「・・・先生？」
「小桜は、いないの」
「ああ、友達の家よ。もうすぐ帰るって連絡があったわ」
サクラに手を引かれたカカシはようやく廊下に足を踏み出す。
何気なくサクラへと目をやったカカシは、彼女の喉元を見るなりハッとなった。
服の襟から覗く、赤く鬱血した痣。
朝にはなかったもので、思わずサスケの靴を見下ろしたカカシはさらに疑惑を深めていく。
隣りの家の夫人が見かけた男は、カカシがいないときに来るとサクラに言った。
その言葉通り、カカシがサクラにナルトのことを電話する前から、サスケがこの家にいた可能性もある。「先生達、随分遅かったわね。後から連絡したサスケくんの方が先についちゃったわよ」
「ああ・・・、ちょっとね」
悶々と考え込むカカシは、サクラが何を話しても曖昧に頷くだけだ。
カカシがこの調子では食卓で会話が弾むはずがなく、夕食の席が今までになく緊張を孕んだものになるのは必然のことだった。
「ご、ご馳走さま・・・・」
食事を平らげた小桜は、並々ならぬ気配にいそいそと自分の部屋へ戻っていく。
いよいよ、これからが本番だ。
ごくりと唾を飲み込んだカカシは、箸を置いてサクラへと向き直る。
「サクラ」
「はい？」
「この前の月曜日さ、誰かお客さんが来なかった？」
「来ないわよ。何で」
不思議そうな顔をしたサクラは逆に訊ねられ、カカシは慌てて取り繕う。
「べ、別に、それなら、いいんだけど・・・ね」
肯定されたらと思うと恐ろしく、カカシは深く追求出来ずにスープに手を伸ばす。
こうして一時間ほど続いた緊迫した空気に、最初に耐えられなくなったのは気の短いナルトだった。「あーーもーー、まだるっこしい！！サクラちゃん、もう分かってるんだよ、サスケが月曜日にこの家に泊まったってことは」
「え・・・」
「洗いざらい、白状しちゃってよ！」
戸惑うサクラに、カカシとナルトは鋭い視線を向けている。
ただ一人、状況を気にせずもくもくと食事を続けているのは話題の中心人物であるサスケだ。
「・・・先生、全部知っていたのね」
小さく呟くと、サクラは顔を手で覆い泣き崩れた。
「嘘をついて悪かったわ。でも、そんなに怖い顔で問いつめなくたっていいじゃない」
「・・・サクラ」
「私が不器用だったことは、知ってるくせに！！みんなで私を馬鹿にして！」
興奮して泣き叫ぶサクラに、カカシとナルトは思わず顔を見合わせる。
「・・・・・え？」
子供達がアカデミーで着るスモックは市販のものではなく、母親が作るものと決められていた。
型紙を持って帰ってきた小桜に、サクラは大きなため息を付く。
勉学は得意でも、裁縫はサクラにとって究極の苦手分野だ。
皆が寝静まってから一人で密かに挑戦したが、袖口を反対に付け、ボタンがねじ曲がり、最悪な出来だった。
何度作り直しても、見本に渡された写真のようにはならない。
そうこうするうちに期限が迫り、サクラが頼ったのは彼女が知る中で一番手先が器用な友人だった。
「前に先生の繕いものをしたとき、先生と小桜、二人して私のこと笑いものにしたでしょ。ぶっきーって」
「そういえば、そんなこともあったような・・・。サクラに靴下の穴を塞ぐよう頼んだら、縫い目がギザギザになったやつだよね」
「だから、見返したかったのよ。私にも出来るんだって！」
「でも、駄目だったんだ」
ナルトの冷静な突っ込みに、サクラは再び項垂れる。
「じゃあ、あの見事な刺繍入りスモックは俺や小桜がいない時を見計らってサスケが作ったのか」
「そうよ、徹夜で仕上げてくれたの。今度だけじゃなくて、またお裁縫するときは内緒で手伝ってくれるって言うし、サスケくん本当にいい人ね・・・」
言いながら、サクラはそっと涙を拭う。
カカシとナルトは揃ってサスケの方へ目を向けるが、デザートの桃を口にする彼はいつも通りのポーカーフェイスで全く感情が読めなかった。「いつばれるかと思って、先生達がスモックの話をするたびにビクビクしちゃった。でも、これからはサスケくんに堂々とうちに来てもらってお裁縫を教えてもら・・・・」
「あれ、サクラちゃん、そこ、蚊にさされてる」
「え！？」
ナルトに指摘され、サクラは今気づいたというように胸元に手をやる。
「本当だわ。最近ヤブ蚊が多くなっちゃって。早く庭の草むしりをしないと」
あとがき？？
さっちゃんはサクラにとって頼れる兄のような存在なのです。ずっと。
サスケは海に行かないだろうとサクラが言ったのは、彼が金槌だと知っていたから。（あくまでうちのサスケ）
サクラ以外には内緒らしいです。