蛙の王子


「ちょーだい」
と、言われたときにはすでに、ぱくりと噛み付かれていた。
あまりに驚きすぎて、声が出ない。
こうして、サクラが仕事帰りに屋台で買ったホットドッグは、半分以上彼に食べられてしまった。
ちなみに、彼とサクラは知り合いでも何でもない。
ホットドッグを食べながら歩いていたサクラが、振り向いたときに言われたのが冒頭の言葉だ。

「有難うー。美味しかった」
「・・・・良かったですね」
笑顔で言われたサクラは、まだ何か話しかけてくる彼を無視してすたすたと歩を進める。
これ以上、彼と関わり合いたくなかった。
人の食べているものを横取りするなど、どう考えても不審者だ。

「ねぇねぇ、ちょっと君の家のお風呂、貸してくれない?」
「・・・・・はぁ!!?」
後ろをついてくる彼の思いがけない言葉に、立ち止まったサクラは素っ頓狂な声をあげる。
初対面の人間にそうした頼み事をするなど、図々しいにもほどがあった。

 

怒り心頭のサクラはその少年の顔をまじまじと見る。
サクラと同じ年頃、16、7歳だろうか。
澄んだ青い眼は綺麗だったが、だらしなく伸びた灰色の髪はぼさぼさで顔や手足は汚れまくり、着ている物もみすぼらしい。
おそらく、路上生活の少年だ。

「あなた、家はどこなの?お父さんとお母さんは」
「そんなの、最初からいないよ」
補導員のように問い掛けると、即答された。
息を呑んだサクラはその真意を探るように瞳を見つめたが、そこに曇りは全くない。
暫しの沈黙のあと、ため息を付いたサクラは、このまま付きまとわれるよりは、一度風呂を貸した方が良いと、無理矢理自分を納得させる。
また、人が良すぎると友達に馬鹿にされるのだろうなぁと思った。

 

 

 

 

単身赴任中の父に母が付いていってしまったため、サクラは広い家に一人暮らしをしている。
真面目でしっかり者のサクラのことと、両親はさほど心配していない。
サクラが自分達の留守中に、同じ年の少年を引っ張り込んでいるなど想像もしていないだろう。

 

「さっぱりしたー」
脱衣場から出てきた少年の第一声を聞いたサクラは、そのまま開いた口が塞がらなくなった。
ナルトと名乗った少年は、湯上がりにサクラの父親のパジャマと下着を借り、バスタオルで髪を拭いている。
灰色だと思った長髪は、本当は綺麗な金髪だった。
垢だらけだった体も今では石鹸のいい香りがしている。
はっきり言って、サクラが今まで見た中で
TOP3には入る美形だ。
薄汚い路上生活の少年がここまで変身するなど、サクラは狐に摘まれたような心境だった。

「・・・王子」
「え?」
金の髪と青い瞳を眺めながら呟いたサクラは、首を傾げるナルトから慌てて目をそらす。
「お、お風呂貸したんだから、早く出ていってよね。あなたの服、洗濯して乾燥機で乾かしたから・・・・」
サクラが矢継ぎ早に話す中、腹が鳴る音が部屋中に響いた。
口をつぐんだサクラは、上目遣いにナルトを見る。
「また、お腹空いちゃったみたい」
エヘヘッと笑うナルトは罪のない笑顔を浮かべていて、どうにも逆らえない、不思議な魅力を持つ人物のようだった。

 

 

「いつからうちは、救護院になったのかしらねぇ・・・・」
腹が満たされるなり、ソファーでいびきをかき始めたナルトにサクラは困惑して呟く。
話してみると人当たりの良い少年で、悪人には見えない。
だからといって油断は禁物だ。
盗みが目的で家に入り込んだということも、十分考えられた。

クシャミをするナルトに来客用の毛布をかけたサクラは、ふいに掌を握られ、飛び上がる。
驚きのあまり叫びそうだったが、どうやら無意識の行動のようで、ナルトは何か寝言を繰り返していた。
「・・・変なもの、拾っちゃったわ」
仕方なく、ナルトのいるソファーの端に腰掛けたサクラは、しみじみと呟く。
童話に出てくる魔法のように、蛙から王子に変身した少年。
早く、追い出すべきだと分かっている。
だが、幸せそうな寝顔を見ていたら、何故だか無性に心が和んでしまった。


あとがき??
おまけ
SSに書いた『きみはペット』の番外編。オチも同じ感じで。
宝物の部屋に置かせていただいた、
mitsuさんのハウル似な王子様ナルトイラストを見たら、つい書いてきました・・・・。王子、素敵。
私の「ナルト、好きー、好きー」という思いが前面に出すぎでした。すみません。
『きみはペット』が題材ですが、今回のナルトとサクラのモデルは一応『THREE』のジェイと朱梨です。
mitsuさんへのお礼駄文第一弾ということで。


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