金魚


木ノ葉隠れの里で毎年開催される盆踊り大会。
出店が立ち並び大いに賑わうのだが、ナルトが参加したのは今回が初めてだった。
昔から、ナルトにとって人の集まる場所は驚異でしかない。
目が合えば眉をひそめる人間達に囲まれても、楽しいはずがなかった。
祭囃子が聞こえると、
TVの音量を大きくして家に閉じこもるのは、ナルトの習慣だ。
サクラに誘われなければ、今年も家から出ることなく過ごしていたことだろう。

 

 

 

「甘い物ばっかり食べてると、歯に悪いぞー」
「いーじゃない、お祭りの日くらい。ねー」
「そうだってばよ」
林檎飴を頬張るサクラとナルトはカカシを見上げて抗議する。
サスケはカカシの注意など気にせず飴を食べていた。
全員浴衣着用というサクラの指示で集まった7班は、それぞれ祭りを満喫している。
一人ならば苦痛でしかなかった祭りが、これほどわくわくするものだとナルトは初めて知った。
射的に輪投げに金魚すくい。
明日にはゴミ同然となるちゃちな景品も、今は勲章のようだ。

「サクラちゃん、はい」
「有り難うv」
サクラにねだられて取った兎のマスコットを渡すと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。
いつも可愛いサクラだが、浴衣姿だとまた違った魅力にあふれていた。
喧嘩ばかりのサスケとも、祭りの間はそれなりに仲良くやっている。
カカシは相変わらずイチャパラを読んでいるが、ゲームに夢中になる三人を笑顔で見つめていた。
ナルトを見て顔をしかめる人間がいても、今日ばかりは全く気にならない。

「次の曲で最後だってさ」
夜も深まった頃、カカシの何気ない一言に、ナルトはぎくりとして振り返る。
物事には始まりがあれば、当然終わりもあるのだ。
サクラに手を引かれて歩きながら、ナルトは無理矢理に笑顔を作った。
頭をよぎるのは、暗くて窮屈な、檻のような部屋。
いくら皆と楽しい時間を過ごしても、戻るべき場所はあそこなのだと十分すぎるほど理解している。
幼い頃から双子のように寄り添う孤独は、心の隙間に入り込み、どんなときもナルトを自由にはしてくれなかった。

 

 

 

 

「ただいまー」
誰もいない空間に向かって声を出す。
静まりかえった部屋にあがると、ナルトはそのまま大の字に寝転がった。
祭りには、行かない方が良かったのかもしれない。
胸が張り裂けそうだ。
一度でも暖かさを知ったら、この寒々しい空間でどう過ごせばいいのか分からなくなる。
金魚の入ったピニル袋へと目をやると、涙を手の甲でこすったナルトはのろのろと体を起こした。
たった一匹の出目金。
これだけが、今、ナルト以外に呼吸をしている生き物だ。
鉢に水を入れて出目金を泳がせたナルトは、チャイムの音に反応して扉へと向かう。

「はーい・・・・」
「ナルト、これ、持って!!」
玄関の扉を開けるなり渡されたすいかを、ナルトは目を丸くして見つめた。
「えっ」
「重かったのよー。早く冷蔵庫に入れて冷やしてよ」
ナルトを押しのけると、浴衣姿のサクラが大きな荷物を持ってずかずかと入ってくる。
サクラが家に来るなど、全く聞いていない。
夢かと思ったが、頬をつねると確かに痛みを感じた。

 

「ど、どーしたの、サクラちゃん」
「どーしたもこーしたも、あんたの家に泊まるのよ。言ってなかったっけ?」
「知らないってば」
驚きの声をあげるナルトを、サクラは不思議そうに見ている。
「そうだったかしら」
7班が解散したあと、コインロッカー荷物を取りに行ったサクラはその足でナルトの家に来たらしい。
すいかは途中の24時間ストアで買った土産だ。

「あんたの家、扇風機もないのー?暑すぎるわよ」
「何でうちに泊まることにしたのさ」
うちわをせわしなく動かすサクラに、すいかを冷蔵庫に入れて戻ったナルトは早い口調で訊ねる。
「祭りのあとって、なんだか寂しくない?」
先ほどまでの自分の心情を見透かされたようで、ナルトは思わず息をのむ。
くすりと笑うサクラは、机の上にのっている鉢を頬杖を付いて見つめた。
「・・・ナルトが泣いていたら、可哀相だから」

サクラの持ってきた出目金が、いつの間にか鉢の中に入っている。
ナルトの出目金は黒く、サクラの出目金は赤い。
身を寄せ合うように泳ぐ二匹は、どことなく嬉しそうに見えた。
「やっぱり、一匹より二匹がいいわね」


あとがき??
文化祭も、出し物の準備をしているときが一番楽しいんですよね。
花火の後は無性に寂しくなります。


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