butterfly effect


「あの、うずまきナルトの病室は・・・」
「516号室ですよ」
「有難うございます」
受付の女性に頭をさげたサクラは、木ノ葉病院のエレベーターへと向かう。
見舞いの品はいのの店で買った花だが、彼には食べ物の方が良かったかもしれない。
だが、昨日入院したばかりの彼が普通に食べられる状態かどうか会うまで分からなかった。
それに、彼の好物であるラーメンを差し入れすることはどのみち無理だ。

廊下ですれ違う入院患者をちらりと横目で見たサクラは、病院の白い壁に似つかわしくない、黄色い色合いの物に目を留める。
ふわりふわりと、舞う蝶蝶。
サクラが手に持っていた花に止まったかと思うと、すぐに飛び去ってしまう。
彼女が向かうべきエレベーターは左側だが、蝶蝶が目指しているのは右の道だ。
蝶蝶を長い間見つめていたサクラは、やがてそのあとを追いかけるように足を踏み出した。
なんとなく、聞こえたような気がしたのだ。
自分を呼ぶ声が。

 

 

 

五代目火影が医療に携わる忍者なためか、木ノ葉で一番大きなこの病院には今まで以上に予算がつぎ込まれている。
中庭はそうした余裕を表すように、一般の医院より緑が多く配置されていた。
専属の庭師がきちんと管理し、花壇にはいたるところに人々の目を喜ばせる花が咲き、四季に合わせて楽しめる作りだ。
体調がよくなった者が歩くのにちょうど良い、軽い散歩コースまである。
そこかしこに置かれたベンチには人の気配がなく、サクラは黄色い蝶蝶を目で追って歩き続けていた。

一匹だった蝶蝶は、いつの間にか二匹になっている。
三匹、四匹、段々と増えていく彼らのたどり着いた先にいたのは、一人の少年だった。
木陰に立つ金色の髪の少年は、蝶蝶と対話をするように、目を細めて手を差し出す。
誘われるようにその指に止まった黄色い蝶蝶、そして微笑みを浮かべる彼の姿に、サクラは暫し見惚れてしまった。
いつもの、やんちゃな彼の面影は今どこにも感じられない。
綺麗だ。

「・・・いいの?病室を抜け出したりして」
「もう、治ったもの」
振り返るナルトは近づくサクラの気配に気づいていたのか、柔らかな微笑で応える。
そんなはずがないと言いかけたが、ナルトならばそうしたこともあると思いサクラは口をつぐんだ。
ナルトの体は普通ではない、人知を超えるものがそこに封印されていた。
もともと傷が異様に治りやすい体質だったのが、近頃ではさらにその力が増しているようだ。

 

「蝶蝶、随分とナルトに馴れているのね」
「サクラちゃんが来たって教えてくれたから、連れてきてって頼んだの。行き違いになったら悪いしね」
明るく笑って答えるナルトに、サクラは少しばかり戸惑う。
からかわれているにしても、蝶蝶に導かれてこの場所にたどり着いたのは事実だ。
「蝶蝶と会話が出来るの?」
「少し、感じていることが分かるだけだよ。子供の頃、呼んだら本当にこっちに来てくれたの。だから、人がいないときはこうして時々話している」
「何で人がいないときなの」
「気持ち悪いって思われるじゃない。ただでさえ、化け物扱いされているのに」

なんでもないことのように言われたから、サクラはそのまま聞き流すところだった。
ナルトは昔から木ノ葉隠れの里の大人達にとって特別な存在、始終疎まれ続けて生きてきたのだ。
今回ナルトが入院した理由も、そのことが原因といっていい。
九尾の妖狐を倒して里の英雄になりたいという、狂った考えを持つ集団の一人に狙われナルトは危うく命を落とすところだった。
ナルトはいつも、里の人々を守るために、火影になりたいと言っている。
その守るべき仲間に殺されそうになるなど、あっていいはずがない。

「じゃあ、私がいるのに蝶蝶を呼んだりしていいの?」
「だってサクラちゃんは、俺を気持ち悪いなんて思わないでしょう」
掌の上で舞う蝶蝶にナルトが何か語りかけると、風にのって飛ぶ蝶蝶はサクラの髪の上に止まってみせた。
サクラの目では確認出来ないが、遠目にはリボンをつけているように見えることだろう。
「黄色い髪飾り」
悪戯っぽく笑うナルトに、サクラもつられて顔を綻ばせる。
どんな力があっても、ナルトはナルトだ。
自分が蝶蝶でも、目の前にある笑顔を見せられれば、友達になりたくて近寄っていくかもしれないと思った。

 

 

「ところで、あの人は無事なの?」
「誰?」
「俺を、刺した人」
サクラの顔はとっさに強張ったが、上空にいる蝶蝶を眺めるナルトは静かな声音で続ける。
「驚いたからつい力の加減が出来なくて投げ飛ばしちゃったんだよね。他にも何人かいたみたいだし、気づいたら病院だったから、あんまり覚えていないんだ」
「・・・・・生きてるわよ」
不安げに問いかけるナルトに、サクラはあからさまに不機嫌な表情で答えた。
サクラも詳しくは聞いていなかったが、命に別状はなく、違う病院に入れられていることは知っている。
一人の少年をよってたかって闇討ちするなど、忍びの風上にも置けない卑怯者だ。
大切な仲間を傷つけられたサクラにすれば、拷問の末に牢に入れても足りないくらい頭にきていた。
だが、サクラの返事を聞いたナルトは心から安堵した笑顔で言ったのだ。

「良かったー。でも、俺ってやっぱりお見舞いとか行かない方がいいよね。何か物を贈った方がいいかな」
「・・・・あんた」
「ん?」
ナルトの言葉に絶句したサクラは、彼の顔をまじまじと見つめた。
自分を殺そうとした相手を心配し、さらには見舞いに行こうと考えるなど、どういう神経だろうか。
だが、ナルトはあくまで真剣な顔つきだ。
「里の人を守るって言っておいて、怪我をさせたら意味ないしさ。俺、本当に反省してるんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!あいつらは悪い人間なのよ。あんたのことを・・・・・」
「でも、俺はこうして生きてるし」
声を荒げて反論するサクラだったが、ナルトは実にあっけらかんとしている。
「まだ俺の頑張りが足りないってことなんだよ、きっと。もっと里のみんなに認めてもらえるよう、しっかりしないと」

サクラは頭を抱えてその場に蹲りたくなってしまった。
人がいいにもほどがある。
入院中の身でありながら、自分を排除しようとしている者達をも受け入れ、彼らに認めてもらうためにさらに頑張ると彼は意気込んでいるのだ。
彼の思考は常にポジティブで、後ろ向きになることはないらしい。

 

「えー、それは駄目だよ・・・」
額を押さえてため息をついたサクラは、自分の頭にまだ留まっていた蝶蝶に話しかけるナルトを見て、首を傾げた。
「何?」
「その子、サクラちゃんのこと気に入ったんだって。一緒について行きたいっていうから、サクラちゃんは俺のだから駄目って言ったの」
「・・・へぇ」
もうナルトの言葉をどこまで信じたらいいかも判断出来ず、サクラは適当に相槌を打った。
馬鹿がつくほど真っ直ぐで、ひたむきで、結局は惹きこまれている。
蝶蝶まで懐いてしまうのだから、一緒の時間を過ごして彼を嫌いになれる人がいるはずがない。

「その花、俺に?」
「あ、そうそう」
すっかり忘れていた花束を指差され、サクラはそれをナルトに手渡す。
「有難う。綺麗だね」
「・・・・うん」
花束ではなく、嬉しそうに笑うナルトを見てサクラは素直に頷いた。
ナルトならば、本当に将来火影になる夢を叶えられるかもしれない。
また、そうであって欲しいと、彼に笑顔を返しながらサクラは心から願っていた。


あとがき??
新春一発目は一応ナルサク、いやサクナル。
うちのナルトはどこか頭の螺子が一本取れちゃってる系なんでしょうか。


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