狐火


自分のなかには、火が灯っている。
風にゆられて、小さくなったり、大きくなったり。
火が大きくなれば、大変なことになるのが分かっているから、風を遮る努力はしていた。
それでも、風は容赦なく火を煽ってくる。

ちりちりと胸を焦がす炎。
いっそ手綱を放してしまえば、楽になれるだろうか。
里が滅びるそのときに。

 

 

 

 

「兄ちゃん!」
任務の帰り道、公園を横切ったナルトは必死な声音で呼び止められる。
振り返るなり、ギョッとした。
そこにいたのは、普段から親交のある木ノ葉丸と、その友達のモエギだ。
「助けて。塀の上を歩いて遊んでたんだけど、足を踏み外して・・・・」
泣きながら語る木ノ葉丸は、足から血を流すモエギを必死で支えている。

「早く消毒しないと大変だぞ!」
怪我の具合を見たナルトは血相を変えたが、常に携帯しているべき傷薬はちょうどきらしていた。
「モエギの家、どこだ?」
「すぐそこ」
「じゃ、負ぶされ。連れてってやるから」

 

木ノ葉丸の言う通り、モエギの家は公園から目と鼻の先だった。
チャイムを鳴らし、顔を出したモエギの祖父らしき人物を見てナルトはホッと表情を緩める。
そうして、顔を苦痛に歪ませているモエギの体を彼に任せようとした矢先だった。

「お前がやったのか」
モエギを引ったくるようにして奪った老人は、険しい表情でナルトを睨み付ける。
「さっさと出ていけ!!この疫病神が!!!」
ナルトの体を突き飛ばすと、玄関の扉は荒々しく閉じられる。
そばで唖然としている木ノ葉丸に、老人はまるで気づいていない。
怪我をした孫の姿とナルトの顔を見ただけで、頭に血を上らせたに違いなかった。

「あの、兄ちゃん、ごめん・・・・。俺やよけいなことを頼んだから」
「お前のせいじゃないだろ」
泣きそうな顔で見上げてくる木ノ葉丸に、ナルトは表情を和らげる。
「俺なら、慣れてるし」
木ノ葉丸の頭を撫でながら、自分自身に言い聞かせるように言う。

 

 

慣れている。
自分のせいで、木ノ葉丸まで辛い思いをすることはない。
それで彼の気持ちが落ち着くなら、いくらでも笑顔を作ってみせる。

どんなに頑張って友達を作ったところで、ある一定の年齢を超した大人には徹底的に嫌われていた。
目が合うだけで顔をしかめたり、無視をされるならまだいい。
昔は、店に入ろうとしただけでシャッターを閉じられ、買い物もろくに出来なかった。
いつまで続くだろう。
火影になって認められれば、みんな自分を嫌わなくなる。
本当にそうだろうか。

 

 

 

「ナルト!!いないのー!」
思案するナルトを邪魔するように、玄関の扉がドンドンと叩かれる。
時計を見ると、時刻は夜の8時。
家に帰って随分と経つのに、電気を付けることも忘れていたらしい。
「はいはーい」
面倒くさそうに立ち上がったナルトは、何の警戒もなしに扉を開ける。
客が誰かはその声から予測出来ていた。

「ちょっと、ナルト、あんた私の水筒間違って持って帰ったでしょ!!交換してよね」
「え、そうなんだ。ごめん、ごめん」
ナルトは頭をかきながら笑って謝る。
気の強いサクラのこと。
自分を非難するきつい言葉を矢継ぎ早にぶつけられると身構えていたが、サクラは沈黙したままだ。
「・・・サクラちゃん?」
恐る恐る顔を上げたナルトは、何か難しい表情をしたサクラに、唐突に抱きしめられる。

 

 

「誰かにいじめられた?」

体を硬直させたナルトの耳元で、サクラは静かに呟く。
「あんた、いつも泣いたり笑ったり人一倍騒がしいくせに、本当に苦しいときに無理して笑ってどうするのよ」
咎めるような口調だが、それは心配する気持ちから来ていることを知っている。
もしくは、ナルトをいじめたと思われる相手への怒りかもしれない。
「私が仕返しに行くわよ」
「・・・・うん」

彼女なら本当に先方の家まで押しかけて行きそうだと思ったら、何だか笑ってしまって。
それから涙が出た。
馬鹿な作り笑顔を見破って、しかってくれる人がいる。
望んだのは報復よりも、傷ついた自分を躊躇無く抱きしめてくれる、優しい腕。
顔も知らない母親が、彼女のような人であったらいいと思った。

 

電話がけたたましくなり始めたのは、サクラを迎え入れて、茶を湯飲みに入れた直後のことだ。
慌てて走り寄ったナルトは、5度目のベルで受話器を取る。
相手は、木ノ葉丸を通じて番号を調べたというモエギだった。
「おじいちゃんがひどいこと言って、ごめんなさい!」
電話口でしきりに謝るモエギに、ナルトは思わず苦笑を漏らす。

 

 

 

火は一生消えない。
どんなに小さくなっても、燻り続ける。
だけれど、自分の周りにいる優しい人達が見守っていてくれるかぎり、炎が勢いを増すことはない。


あとがき??
火というのは、ナルトの抱える孤独であり、九尾の力。それをちょっと暴走させれば木ノ葉は簡単に滅びてしまう。
風はナルトに冷たくする人々の気持ち。
木ノ葉を守っているのは、ナルトの身近にいて、彼を支えている人達かもしれない。


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