ピーチ
「サクラちゃん、桃、冷やしておいたけど食べる?」
「うん」
嬉々とした顔で頷くサクラに、ナルトも微笑を浮かべる。
時刻は夜の9時を過ぎていたが、ソファーに座るサクラはTVドラマに夢中で、帰る様子は全くない。
おそらく、今日は泊まっていくつもりなのだろう。
サクラがナルトの家を休憩場所として利用するのはいつものことで、着替えの服や歯ブラシ、メイク道具もすべて揃っている。中忍になったサクラは親元から離れ、一人暮らしをしていたが、自分の家よりナルトの家にいる方が多かった。
何しろ、ここにいれば、ナルトが食事の世話をしてくれる。
お礼の意味で掃除や洗濯を時たまするサクラだが、非常に快適な生活だ。
そして、ナルトも自分がいることを喜んでいると信じて疑わないサクラだった。
「サクラちゃん、先にお風呂はい・・・」
食器を洗い終えて振り向いたナルトは、自分のすぐ間近にいたサクラに、思わず後退る。
構わずサクラが近づく。
そしてナルトが後退する。
同じ事を繰り返したせいで、ナルトは窮屈そうに背中を冷蔵庫にくっつけるはめになった。「・・・・何で避けるのよ」
「だって、ぶつかっちゃうじゃん」
不満げなサクラに、ナルトは不思議そうに答える。
ぶつかって当然だ。
サクラはナルトにキスをしようとして顔を近づけていたのだから。「あんた、私とキスするの嫌なの・・・」
「え、あ、何だ、そうなんだ」
ようやく合点のいったナルトは、可笑しそうに笑った。
「駄目だよー。そういうことは本当に好きな人とでないとしちゃいけないからさ」ナルトは子供にするように、サクラの頭をぽんぽんと叩く。
いつの間にか逆転した身長。
ナルトは微笑んだままだったが、顔を上げたサクラはあまりの衝撃に声を出すことが出来なかった。
「人の気持ちって、時間が経てば変わるものだったのよね」
いのの店番する花屋で、何をするでもなくぼんやりと椅子に座っていたサクラはぽつりと呟く。
「何の話よ、突然」
レジ打ちを終えてサクラの隣りに腰掛けたいのは、怪訝な顔で訊ねた。
サクラはずっと下を向いたままで、あからさまに落ち込んでいる。「ナルトが私のこと好きじゃないから、キス出来ないって言ったの。ショック!」
「・・・・・あんた、ナルトの家にしょっちゅう泊まってたじゃない。何を今さら」
「泊まったっていっても、一緒にTV見たりご飯食べたりするだけよ。寝るのは別々だもの!」
「え、嘘」
てっきり一歩進んだ関係だと思っていたいのは、驚きに目を見張った。
12の頃なら分かるが、今ではサクラ達の同級生で結婚している者もいる。
躊躇する意味がいのには分からない。「私の方は別に構わないんだけど、私がナルトのベッド使うと、ナルトはソファーで寝るのよ。もしかして、私の体が貧弱で魅力がないからなのかしら」
顔を両手で覆い、しくしくと涙するサクラからはいつもの自信がすっかり消え去っている。
ナルトは自分が好き。
それはサクラにとって、太陽が東から昇ること以上に当たり前のことだった。
思いがけず定説が覆されてしまったのだから、サクラはどうしたらいいか分からない。
「あのさー、ナルトがあんたのことを好きなのは絶対よ。それは私が保証する」
思案顔で腕組みをしたいのはしみじみとした声音で語る。
「でも・・・」
「たぶん、問題はあんたの貧弱な体じゃなくて、心の方なのよ」
ナルトが休みの日を狙い、サクラは桃の入った手提げ袋を持ってナルトの家を訪れた。
電話で連絡を入れていたこともあり、ナルトは喜んでサクラを出迎える。
「お土産!」
靴を脱いであがるなり、サクラは袋ごと桃をナルトに押しつけた。
桃はサクラの大好物だ。
だが、サクラが持ち込んだ桃はナルトの家の冷蔵庫に入りきれるか分からない量だった。「こんなに沢山、食べきれるのー」
「平気よ。好きだから」
「お腹壊すかもよ」
「好きなの」
「ふーん・・・」
桃を見つめ、踵を返そうとしたナルトの腕をサクラが引っ張る。
「私、ナルトが大好き」
時間が止まったようだった。
だが、止まったのは時ではなく、ナルトの動きだ。
桃を持ったまま体を硬直させたナルトを、サクラは心配げに覗き込む。「・・・初めて聞いた」
「そうだっけ?」
とぼけたサクラはそのままナルトに抱きついた。
「ナルトの家で毎日一緒に桃食べたいんだけど、いいかな」
あとがき??
「ナデシコ」の最終回が元ネタなんですが・・・・。
チューしようとしているのに、無意識に逃げるナルトは、たぶん「はらきよ」。
前にも同じような話を書いた気がしますが、好きなのでご勘弁を。
ちなみに桃、好きなのは私。最後のサクラの台詞はプロポーズなのですね。
ナルトは人から「好き」と言われたことがあまりないので、その分物凄く嬉しいのだと思います。
相手はサクラだし。