「何、これ?」
土の上に置かれたプラスチックの小皿に気づくと、サクラは不思議そうに首を傾げた。
植木を置くための物かと思ったが、それらしい花は見当たらない。
枯れた花を摘む作業をしていたナルトは、振り向いてサクラの見ているものを確認する。

「ああ、随分前からだけど、ちょこちょこ狐が現れるんだよ。だから少し餌をあげていたの」
「狐って・・・・花壇を荒らしたりしないの?」
「大人しいから、大丈夫」
怪訝な表情をするサクラに、ナルトは笑って答える。
「誰かがいると出てこないから、サクラちゃんは知らなかったんだね」
「ふーん・・・・」

 

それから何度か花の植え替え作業を手伝ったサクラだが、狐に遭遇することはなかった。
ナルトが一人のときでないと、現れない狐。
ナルトは狐をいたく可愛がっているらしく、何かと話題にのぼった。
餌を与えているせいか、会うたびに狐は肥えていくのだそうだ。
そこまで懐いているのなら家に連れて帰って飼えばいいと思うが、人の気配を察すると姿を消してしまい、無理なのだという。

 

 

最初に異変に気づいたのはいのだった。

「あのさー・・・・、ナルト、大丈夫なの?」
「えっ、何が」
図書館へと向かう道すがら、いのに呼び止められたサクラは、彼女の口から出たナルトの名前とその眼差しに、胸騒ぎを覚える。
いのがサクラに伝えたのは、ナルトの奇行についてだった。
「私の両親、近所の畑を借りて家庭菜園作ってるのよ。ナルトもそこで花を植えたりしてるでしょう」
「うん。私も行ったことあるわよ」
「この前の日曜に両親がナルトを見かけたらしいんだけど・・・・・、どう見ても一人なのに、独り言を呟いてにこにこ笑ってたそうよ。目線が、こう、下の方で、子供とかペットとかに話しかける感じで」

いのはどこか怯えた表情で語ったが、サクラもその光景を想像すると寒気がする。
何もない空間に向かって話しているなど、どう考えても異常だ。
数日前に顔を会わせたとき、ナルトは健康そのものだった。
何か、奇妙な言動をした覚えもない。

「あっ、もしかして、狐がいなかった?」
「狐?」
「そう。ナルトに懐いて、どこからか現れるみたいなんだけど。それに話しかけていたんじゃ・・・」
「あの辺に狐が出るなんて話、聞いたことないわよ。町が近いし、無理でしょう」
言下に否定されてしまっては、サクラも反論出来ない。
実際、サクラは狐を見たわけではないのだ。

 

 

改めて考えたサクラは、ナルトの言う狐は、普通の存在ではないのかもしれないと思った。
彼の体に封じられている獣も、また狐だ。
九尾の妖狐は人の不安や悲しみといった、負の感情を糧にする妖怪だと聞いたことがある。
ナルトが孤独を感じたときに、ふらりと現れ、それらを平らげる狐。
ナルトの気持ちは軽くなるが、反比例して、狐の体は大きくなっていく。
このまま成長を続ければ、いずれ封印を破り、里に災厄を起こすことも可能もある。

普段ナルトのそばにいるときは何も感じないが、彼の腹にいるのは、四代目火影の命を犠牲にしなければ封じられなかった恐ろしい狐だ。
今、木ノ葉隠れの里に彼以上の力を持つ忍者は、おそらくいない。
自分で導き出した結論に、サクラの体は震え出す。
怖い。
九尾の妖狐が再び目覚めることよりも、そうなれば、封印のための媒体であるナルトの体はどうなってしまうのか。
それを考えることが怖かった。

 

 

 

「どう?」
「・・・・意外と美味しいかも」
「でしょうー!!」
サクラの作ったキャロット・グラッセをフォークで突き、ナルトはひたすら口を動かしている。
メインはハンバーグだが、それにも野菜はたっぷり入っていた。
そのままサラダとして出されると抵抗を示すが、手を加えるとナルトも食べることが出来るらしい。
いや、一人ではない食卓なら、おそらくどんなものでも食べられるのだ。

「そういえば、このごろ見かけなくなったんだー」
趣味のガーデニングについて話していたナルトは、ふと、思い出したように呟く。
「何を?」
「狐」
デザートの皿に手を伸ばしたナルトは、みずみずしい梨を見て顔を綻ばせた。
サクラの表情がほんの少し強ばったことには、気づいていない。

「・・・それは、良い兆候なのよ」
「そうなの?」
さして疑問に思わず、ナルトは串で刺した梨を口へと運ぶ。
押し掛け女房さながら、ナルトの家に住み着いたサクラだが彼の方に異存があるはずがない。
元々、独りで住むには十分に広い家なのだ。
サクラ以外の者が訪れても、ナルトは喜んで滞在を許可したことだろう。

 

「狐が来なくなって、寂しい?」
椅子に座ったサクラがその瞳を見据えて訊ねると、ナルトは朗らかな笑顔で応える。
「サクラちゃんがいるから、平気」


あとがき??
謎の腹痛で苦しんだ夜に考えた話、パート2。
結構余裕あったんだろうかと思いつつ、他のことを考えて気を紛らわしたかったらしい。
とくに、可愛いナルチョ達を。思い出したので書いてみたけれど、どっちも暗い。
ナルトを幸せにしよう祭りに反する話のような気もしますが、ハッピーエンドなので、良しとしてください!
ナルトの孤独が糧なので、誰かがそばにいるときは狐も現れないようです。
サクラは適任かと思われます。


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