許婚 1


日向家では毎年盂蘭盆になると先祖供養のために一族の者が残らず本家に集まった。
分家のネジも例外ではなく、賑わう食事の席の一番末席に座している。
黙々と食事をする彼に、話し掛ける者はいない。
口下手な彼にとってそれは有難いことで、彼の頭の中は食べている料理の味よりも、明日からの修業のことで一杯だった。
場が静まり返ったとき、ネジは初めて自分が上座のヒアシに呼ばれたことを知る。

「私・・・ですか?」
皆の視線が自分に集中していること感じ、ネジは訝しげに訊ねた。
ヒアシがこうして公の場で自分に声をかけるなど、珍しい。
だが、はるか上座にいるヒアシは、確かにネジに近くに来るよう促している。
立ち上がったネジは嫌な予感に眉をひそめたが、本家の当主に逆らうわけにはいかなかった。

 

「お前を、ヒナタの許婚とすることに決めた」

ヒアシの口から出た唐突な一言に、水を打ったような静寂はあっという間に破れ去った。
ざわつく部屋の中で、ネジは目と口を大きく開けて眼前のヒアシを見つめる。
彼の瞳はいたって真剣で、その場限りの戯れではないことはすぐに分かった。
上座の端にいるヒナタも初耳だったのか、唖然とした様子だ。

日向の血を引く最も優れた者が当主としての地位につくこと。
その条件には、明らかにヒアシの二人の娘よりも、分家出身であるネジがふさわしい。
アカデミーに入って以後のネジの活躍は目覚ましく、彼の実力は里の誰もが認めるものだった。
ヒアシの娘であるヒナタを嫁に迎えれば、自ずと彼に当主の座が転がり込む。
年も近く、二人が日頃から懇意にしていることを知っている者達には、まさしく良縁に思えた。

「どう思う?」
「・・・正直に申してもよろしいでしょうか」
「構わん」
居住まいを正したネジは、正面にいるヒアシに対して深々と頭をたれる。
「謹んで、お断りいたします」

 

 

 

夜の宴が始まる前にと屋敷を出たネジは、裏門の木戸に立つ一人の人物を見咎める。
提灯を持って立つ彼は、ヒアシの一番の近習だった。
本家にいる者で唯一ネジを親身に思う人間で、昔から気を許している間柄だ。
彼が何のためにこの場所で自分を待っていたか、ネジには聞かずとも分かった。
ヒナタの縁談相手に自分を推挙したのは、彼に違いないのだから。

 

「何故だ。お前にとっても、悪い話ではないはずだぞ」
「そうですね」
頬を撫でる風に目を細めたネジは、伏し目がちに応える。
日中は蝉の声が五月蠅く響くが、夕方になれば涼しい風が吹くようになっていた。
提灯が揺れても、中の炎は変わることなく赤い色を灯している。

「額に呪印のある俺は、ヒナタ様の許嫁として相応しくないでしょう。これは死なないかぎり消えない呪い」
「それは偽言だ。日向について学んだお前ならば知っているはず」
「・・・・」
「解除法のない呪印は行使されることはない。一族の長になれば、長い間お前を苦しめてきた足枷は消える。他に何を望むことがある」
ヒアシの近習の詰問にも、ネジは無言のまま俯いている。

分家として虐げられてきた過去は、何があっても拭い去れない。
本家の人間を見返すためだけに、ネジは死ぬ思いで特訓を続けてきた。
そして、それは晴れて報われたのだ。
何故ネジがヒナタとの縁談を断ったのか、ヒアシの近習にはどうしても分からない。

 

 

「ヒナタ様が気に入らないのか」
ゆっくりと顔をあげたネジを、彼は厳しい眼差しで見据えている。
ネジが本家に入ることを拒む理由は、それしか思い至らない。
「もし、相手が妹のハナビ様の方だったらお前はなんと答えた?」
「・・・・お受けしたかもしれません」

 

何か硬い物がネジの後頭部に当たったのは、その直後のことだった。
思わず蹲った彼が振り返ると、駆け去っていくヒナタの後ろ姿が見える。
額を押さえたヒアシの近習は深々とため息を付いた。
「ヒナタ様がどうしても付いてくると言い張ったんだ。そこの井戸の陰でずっと私達の会話を聞いていた」
「・・・気配を消すのが、上手くなられましたね」
「ヒナタ様が得意なのは、それくらいだからな」

投げつけられた物を拾い上げたネジは、苦笑してそれを見つめる。
「何だ?」
「木彫りの梟。随分前に俺が差し上げた」
子供の手で作られたそれを、一目で梟だと見抜く者はいない。
何の動物かも定かではないいびつな形だ。
大事に扱われていたらしいそれにヒナタの面影が重なり、ネジは思わず声を詰まらせる。
「こんな下手な細工を・・・・よく今まで持っていたものだ」

 

自分の言葉は、おそらく彼女をいたく傷つけた。
逃げるようにいなくなられては、弁明することも出来なかった。


あとがき??
以前書いていたネジヒナシリーズ『遙かなる』と話は繋がっているのか、いないのか。
でも世界観は一緒です。
私の書くネジヒナはどうもネジ→ヒナなんですが、今回はちゃんとネジ×ヒナな気がする。
すみません。いつもの悪い癖で、1を書いたら満足してしまいました。
木彫りの梟は、いつも持ち歩けるくらい小さなものだったようです。


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