許嫁 2


「ヒナタ、お前顔色悪いぞ」

仲間からの指摘に、ヒナタは「平気」と短く答える。
だが、ヒナタはどう見ても万全な体調ではなかった。
ぼんやりしていることが多く、呼び掛けても気づかないときが多い。
額に手を当てられたヒナタは、傍らに立つ紅を見上げる。

「少し、熱があるわね」
「・・・はい」
「今日はもう帰りなさい」
「・・・・」
ため息を付いて言う紅に、ヒナタは黙って俯いた。
誰にも迷惑をかけたくない。
だけれど、自分の思いはいつも空回りするのだ。
昔からそうだった。

 

 

 

父と組み手をしたあとは、必ず熱を出した。
それ以外でも寝付いているときが多く、原因は分からない。
医者が言うには、精神的なものが起因しているようだった。
宗家の娘としての負担。
父が嫡子であるヒナタにかける期待は並々ならぬものがあった。

分家であるヒザシの息子、ネジは幼いながらも天才の片鱗を見せている。
彼に、遅れをとるわけにはいかない。
そう思い、厳しい特訓を課しても、ヒナタの体はそれについてはいけなかった。
倒れたヒナタに、父の焦りは募る。
そうした気持ちがヒナタに伝わり、全てが悪循環だ。
妹のハナビが生まれたとき、ヒナタは重圧が軽くなると共に、父の関心を失ったことにも否応なしに気づかされた。

 

 

「父上は?」
「ハナビ様と道場の方へ行かれました」
「・・・そう」
使いの女中は、ヒナタに膳の用意をするとすぐに襖の外へと出ていく。
いつものように熱を出したヒナタは、夕方になっても床から出られずにいた。
見舞いに来る人は誰もいない。
警備の厳しい日向宗家、たとえ訪れる者があっても、門前払いだ。
心細さから、ヒナタは布団の中で声を殺して泣くことしか出来なかった。

「あの、ヒナタ様」
襖の外からの声に、ヒナタは驚いて布団から顔を出す。
「入ってもよろしいですか?」
「ど、どうぞ」
慌てて涙を拭いたヒナタは半身を起こして彼女を出迎える。
先程膳を置いて出ていった女中は、今度は木彫りの梟をヒナタの手に乗せた。

「ネジ様からですよ」
「ネジ兄さん!?」
「先程お父上と一緒にいらしたのですが、ヒナタ様が高熱で寝ているとお伝えすると、これを渡して欲しいと頼まれました」
ヒナタは急ごしらえで作ったと思われる梟をじっと見据える。
梟はとても上手いとは言えない出来だったが、おそらくネジはヒナタの寂しさを少しでも和らげようと思ったのだろう。
その心遣いが、ヒナタには何より嬉しい。
一人ではないのだと、その梟はヒナタに報せているような気がした。

 

 

 

「ヒナタ様」

うつらうつらとしていたときに名前を呼ばれ、ヒナタはまだ夢を見ているのだと思った。
その声はまさしく、夢に思い描いた人物のものだ。
ゆっくりと瞼を開けたヒナタは、瞳に映ったネジの姿に仰天する。

「お目覚めですか」
「・・・・ネジ兄さん」
「臥せっていると聞いたものですから。大丈夫ですか」
暫く目を見開いていたヒナタだったが、段々と呑み込めてくる。
宗家と分家、以前ならば彼が母家の自分の部屋に入ることなど、絶対に許されなかった。
彼がここにいるということは、周りの圧力に折れ、ヒアシの意見を聞き入れたということだろう。
ヒナタはネジに対し、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

「ネジ兄さんは私のことが嫌いなのでしょう。何故、こんなところに来るのですか」
口に出した瞬間、堪えていた涙がヒナタの瞳からあふれ出した。
久しぶりに倒れた理由は、彼のことを思って眠れなかったからだ。
あのとき、父の言葉を聞いたヒナタは、確かに嬉しいと感じていたのだから。

「・・・やはり誤解されていましたか」
呟くように言うと、ネジは小さく嘆息をもらした。
「私はヒナタ様のことが好きです。だから、あのときヒアシ様の申し出を断ったのですよ」
「・・・・・」
真顔で語ったネジだが、その真意をヒナタは測りかねる。
ネジも自分と同じ気持ちだと思っていたからこそ、彼が縁談を断ったときに、たとえようのない悲しみがヒナタを襲った。
だけれど、彼はヒナタを好いているのだと言っている。

「あの場で受け入れたら、誰でも宗家の当主の地位が欲しいからだと思います。それが嫌だったのです。あなたが宗家の長子でなかったら、私は異を唱えることはありませんでした」
話の合間、ネジは少しだけ表情を和らげてヒナタを見つめた。
「もっと実力を付けて上忍になれたら、私の方からヒナタ様とのお付き合いを申し出ようと思っていたんですよ」

 

 

ネジから返された木彫りの梟。
今までと変わることなく、それはお守りとしてヒナタの懐に収まっている。


あとがき??
ネジヒナ、好きだけど書けないというカップリングもあるのだと知りました。
難しい。
ネジが上忍になれたらということで、暫定的な許嫁でした。


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