隣人


任務を終えてヒナタが家に帰ると、妹のハナビが厨でわらび餅を食べていた。
道場での稽古を終えたばかりなのか、練習着を着たままだ。
「ネジ兄さんが来ていたの?」
「うん」
もぐもぐと口を動かしながら、ハナビが頷く。
本家に所用があるとき、彼はわらび餅を持参するため、すぐに分かる。
手ぶらで構わないと何度言っても、彼は律儀に土産を忘れない。
そして、それは必ずわらび餅なのだ。

「姉さまも飲みますか?」
「あ、うん、有難う」
麦茶の入ったグラスを差し出され、ヒナタは素直にそれを受け取った。
父は妹のハナビに跡目を継がせたいらしく、日頃二人に接する態度もそれぞれ違っていたが、姉妹の仲はそれほど悪いわけではない。
ハナビが椅子に座って足をぶらつかせるのを、ヒナタは微笑んで見つめている。
「ネジ兄さま、姉さまが留守だったからがっかりしていました」
「えっ!?」
何気ないハナビの呟きに、ヒナタは小さく声をあげた。
「どうして?」

今日はとくに会う約束はしていないはずだ。
それに、常に冷静な態度を崩さないネジが気落ちしている姿というのも、ヒナタには想像できない。
振り向いてヒナタの顔を見上げたハナビは、頬に薄っすらと笑みを浮べている。
「私、姉さまって少し鈍感だと思います」
くすくすと笑ったハナビに、ヒナタは首を傾げる。
小さなハナビの横顔が年齢よりも大人びて見えたのは、言われた言葉以上に不思議だった。

 

 

 

「あのさー、女の子って何をもらったら喜ぶかなぁ」
乱暴に頭をかき回したナルトは、心底困ったような表情で言った。
任務の帰りに偶然出くわしたのだが、どうにもいつもの元気がない。
だが、その一言で謎は全て氷解する。
「サクラちゃんと喧嘩したの?」
「んー、まあ、そうかな」
話しながらがっくりと肩を落としたナルトは、今度は泣きそうな顔で呟いた。
「昨日、帰り際に突然怒鳴られて・・・・。何考えてるか全然分かんないよ」

しょんぼりとするナルトを横目で見ながら、ヒナタはため息をつきそうになる。
二人でいるのに、先ほどからナルトは少しもヒナタを見ていない。
おそらく、怒らせてしまったサクラのことで頭が一杯なのだろう。
生来引っ込み思案なヒナタは、アカデミー時代はこうしてナルトと話せる日が来るとは、全く想像もしていなかった。
だが、勇気を出して少しずつ距離を縮め、ようやくナルトの目を見て会話が出来るようになった頃には、彼はすでに他の女の子のものになっていた。
口を開けばサクラの話ばかりするナルトを、ヒナタは切なげに見つめる。
この想いはかなわない。
ずっとずっと見ていても、彼の視線の先にいるのはいつだって別の女の子だ。
もしヒナタが告白したとしても、ナルトが簡単に心変わりをする性格ではないことは、十分に分かっていた。

「・・・パステルの抹茶プリン」
「えっ」
「サクラちゃんの好物。それを持って会いに行けば、きっと仲直りできるよ」
ヒナタがにっこりと微笑むと、それに釣られたように、ナルトの顔に笑みが広がっていく。
「サンキュー!!」
ヒナタの手をがしっと掴んだナルトは、彼女の体が大げさにびくついたのも気付かず、その手を振り回した。
「ヒナタって本当にいい奴だよな。お前がいてくれて、良かったよ」
握り締めた手はあっさりと離れ、ナルトは抹茶プリンを売る店の方へ向かって駆け出していく。
思ったら即行動のナルトはプリンを買ったその足でサクラの家に向かうつもりだ。
一度振り向いて手を振ったナルトに応えると、ヒナタは彼の姿が見えなくなっても、長い間その場で立ち尽くしていた。

 

 

「ヒナタ様・・・」
どれくらいそうしていたのか、ふいに背後から聞こえた声に、ヒナタは慌てて涙の滲んだ目元を拭った。
振り返ると、和菓子店に店先でネジが怪訝そうにヒナタを見つめている。
「何をしているんですか、こんなところで?」
「ちょ、ちょっとぼーっとしちゃって。ネジ兄さんは、買い物ですか?」
「ああ、あなたの家に向かう途中だった」
そう言って手渡されたのは、購入したばかりのわらび餅の包みだ。
買う店まで、いつも同じ。
有名な和菓子店で、わらび餅以外にも人気商品が数多く売っているはずだった。
何故ネジがわらび餅だけに固執しているのか、全く謎だ。

「あの、ネジ兄さん、わらび餅が好きなんですか?」
「いや。俺は甘い物はあまり食べない」
「・・・でも」
「あなたが、それが好きだと言った」
思いがけないネジの返答に、ヒナタは目をぱちくりと瞬かせる。
言われてみると、遠い昔、おやつに出てきたわらび餅を頬張ってそんなことを漏らしたかもしれないが、10年以上前の話だ。
黙り込んだヒナタに、ネジは不安げな眼差しで訊ねる。
「違ったのか?」
「い、いえ、好き、ですけど・・・・」

ヒナタが喜ぶと思って、ネジは毎回毎回、飽きもせず同じわらび餅を買い続けてきたらしい。
口下手なネジにとっては、精一杯の愛情表現だ。
今ではわらび餅以上に好きな菓子が山ほどあると知ったら、彼はどんな顔をするだろう。
「ヒナタ様??」
「ご、ごめんなさい」
口元を覆って笑い出したヒナタを見て、ネジは目を丸くしていた。
目尻に浮かんだ涙が笑ったせいだけではないことは、どうやら気付かれずにすんだようだ。
落ち込んでいた気持ちが、今は少しだけ浮上しているように思える。
「有難う、ネジ兄さん」


あとがき??
何故、唐突にネジヒナ?はて。
佐原ミズ先生の『忘れ名ヶ岡停留所』を読んだら書きたくなりました。
うちのハナビちゃんは、ヒナタちゃん=姉さま、ネジくん=ネジ兄さま、と呼ぶようです。
ヒナナル部分だけ書く予定だったんですが、ネジくん乱入。ネジヒナ好きーなんですよ。


駄文に戻る