花瓶の水を取り替えると、蛇口の上に花が一輪落ちていた。
くるくると手でそれを回したサクラは、サスケが横になっているソファーへと歩いていく。
そして、雑誌を読むサスケの髪に白い花を挿した。「似合うーv」
視線を真横へと動かすと、サスケは拍手するサクラを静かに睨む。
「サスケくん、可愛いよ」
「・・・・嬉しくない」
サスケはふてくされていたが、整った顔立ちをしている彼は何を着ても、何をしても、様になるのだ。
サクラが悪戯で付けた白い花も、サスケのために咲いたのではないかと思うほど彼の黒髪に馴染んでしまっている。
おそらく、まだ線の細い少年のうちならサクラの服でも似合うかもしれない。
美少女サスケを見たいという衝動に駆られるサクラが動き出す前に、彼はその白い花をサクラの髪へと押し当てた。「お前の方が似合う」
「サスケくんー、遊園地に行ったときの写真、出来たわよーv」
サクラは現像した写真をすぐさまアルバムに入れ、サスケの前まで持ってくる。
サスケの方は相変わらず無愛想だが、彼と腕を組んで写るサクラはどれも笑顔だ。
楽しげにアルバムをめくっていたサクラだが、気づくとサスケが彼女の顔をじっと見据えていた。
「えっ、何?」
「・・・・お前、太ったんじゃないか?」
冷静な眼差しで問うサスケに、サクラはハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
「ううっ、女の子に対して、失礼だと思わない・・・」
「はいはい」
泣きながら訴えるサクラに、いのは適当に相槌を打つ。
「それで、本当に太ったの?」
「1、2キロ・・・。でも、しょうがないのよ!サスケくんの料理、どれも絶品なんだもの」
「ふーん」
「そのうえ・・・」
言葉を切ると、サクラは再び瞳に涙を滲ませる。
「サスケくん、料理を美味しそうに食べる女の子が好きだなんて、言うから!」わっと泣き崩れたサクラの頭を、いのは軽く叩いた。
サスケはそれほど深いことを考えずに、思ったまま口に出したのだろう。
おそらく、サクラが多少ぽっちゃり系になろうとも、サスケの気持ちは変らないはずだ。
むしろ、些細な変化を見逃さないあたりは、日ごろよくサクラのことを見ている証のような気がした。
昔、偉大な作曲家が言ったらしい。
自分の恋人はピアノなのだと。
東側の窓を開け、耳を澄ますと、ピアノの音が聞こえてくる。
向かいの家の娘が、毎日毎日練習しているのだ。
サスケの家に通い出してすぐは、実におぼつかない指の動きだったが、今では随分と腕を上げている。
自然と、閉め切っていた窓を開けてみようという気にもなった。
3時のティータイムの密かな楽しみだったというのに、ピアノの音はある日を境に突然途絶える。「どうしたんだろうね」
紅茶のカップを持つサクラは、首を傾げながらサスケに意見を仰ぐ。
サクラ手作りのマフィンを飲み込むと、サスケはさして表情を変えることなく答えた。
「誰かに恋をしたんだろう」
「・・・・・なるほど」
その答えはサクラを満足させたが、同時に笑いが漏れていた。
現実世界の恋人を選んだ隣りの家の娘と、ふられてしまった可哀相なピアノ。(サスケ予想)
サスケの口から出た「恋」という単語が、妙に可愛かった。
『分かった』
『ああ』
『そうか』
「・・・・何、これ?」
「サスケくんからのメールの返事。いっつも一行なのよ!」
いのの花屋でくつろぐサクラは、憤りを彼女へとぶつける。
「私がさ、いくら長いメールを出してもこうなのよ。たまにはさ、サスケくんの感想とか、身の回りのこととか書いてくれたっていいと思わない?」
「いーじゃない、返事がすぐ来るんだから。全部肯定の返事みたいだしさ」
「・・・・肯定の返事」
いのの言葉にぴんと来たサクラは、すぐさま携帯電話を出してメールを打ち始める。
いのが後ろからのぞき込むと、そこには『好き』という文字がハート付きで大きく書かれていた。「さて、なんて返事が来るかな〜〜。もしかしたら同じように「好き」とか言ってくれるかな。「俺も」とか!?」
「・・・あんまり期待しない方がいいんじゃないの」
一人で浮かれているサクラを尻目に、いのはせっせと店に出すブーケを作っている。
何分か待ち、受信を知らせるメロディーが鳴ると、サクラは瞳を輝かせてメールを開いた。
いろいろと飾りを付けたサクラのメッセージと違い、サスケの返事は実にシンプルだ。
『知ってる』
「それで、俺の大活躍で任務は成功に終わったんだ!!」
「ふーん、大変だったのねー」
「・・・それだけ?」
「よく頑張った。えらい、えらい」
サクラが小さい子にするように頭をなでると、ナルトは嬉しそうに顔を綻ばせる。
背伸びしないと手が届かないほど身長差が出来てしまったが、二人の上下関係は昔と全く変わっていない。
別々に任務をするようになっても頻繁に顔を見せるナルトは、サクラの可愛い弟分だ。「あ、そういえば、この前サスケの奴に会ったよ」
「えっ!」
その名前にすぐさま反応したサクラは、ナルトの服を掴んで矢継ぎ早に問いかける。
「ど、どこで!?誰かと一緒だったの?何してた」
「・・・・」
興奮気味のサクラを見て、暫しの間呆気にとられたナルトはたまらず吹き出した。
彼らの距離は以前とは比べものにならないほど縮まっているはずなのに、サスケのことになると未だに目の色を変える。
もはや条件反射のようなものだ。「・・・何よ」
「んー、サクラちゃんは可愛いなぁと思って」
サクラはふてくされていたが、ナルトは笑顔のまま言葉を続ける。
「サスケはずーっとサクラちゃんの「特別」なんだね」
近所に住む三歳児の子守を任された。
母親が買い物中の間だが、もともと子供好きのサクラは嬉しそうに面倒を見ている。
太郎という名前の子供の方も、サクラが気に入ったようだ。
「太郎くん、私のこと好きー?」
「うん」
飛行機のおもちゃをいじる太郎に訊ねると、笑顔で返事をされた。
「じゃあ、お嫁さんにしてくれる?」
「うん」
「嬉しいな」
抱きついてきた太郎を抱えたサクラは満面の笑みを浮かべる。
黒髪の彼は、以前アルバムで見たサスケの幼い頃に少しだけ似ている気がした。「子供に妙なこと教え込むな」
ふと顔をあげると、台所に飲み物を取りにきたサスケが立っている。
「あれ、焼き餅?」
「誰が」
ふてくされた表情で通り過ぎたサスケを、サクラはくすくすと笑って見つめる。
「あーあ、サスケくんもこれぐらい小さかったらなぁ。私好みに育てるのに。太郎くんみたいに、素直に好きって言ってくれるように」
「・・・・」
「サスケくん、私のこと好きー?」
太郎を抱えたままサスケの背中に寄りかかるサクラは、先ほどと同じ質問をしてみた。
「たぶん」
「じゃあ、お嫁さんにしてくれる?」
「料理が上達したらな」
即答されたサクラは不満げに頬をふくらませる。
「やっぱり素直じゃない。再教育ね」
サスケとキスをする夢を見た。
冷たく素っ気ない彼のイメージとは全く違い、唇は優しくあたたかだ。
ずっとこのまま眠っていたいと思うのに、覚醒の時は来てしまう。
夢の名残を追いかけるように、サクラは必死に手を伸ばした。
行かないで、ずっとそばにいて欲しい。
「待って!」
自分の声に驚いて、サクラは目を開いた。
そして掴んでいたのはサスケではなく、ナルトの腕だ。
「サクラちゃん、起きた?」
「・・・ナルト」
公園の木陰で居眠りをしていたサクラに付き添い、ナルトは傍らに座り込んでいる。
肩にはナルトのジャンパーがかかっていた。「有り難う」
「うん」
ジャンパーを返すと、ナルトはにっこりと微笑する。
「サスケくん、いなかった?」
「サスケ?俺が来たときは、サクラちゃんだけだったよ」
「・・・・そう」
何となくがっかりしたサクラは、肩を落として嘆息した。
夢と現実をごっちゃにするなど馬鹿げている。
唇に柔らかな感触が残っているように思えたのも、きっと気のせいだ。
女子達の憧れの的であるサスケは綺麗で、同じ班になって随分経つというのに、サクラは未だに見惚れてしまう。
愁いを帯びた表情が多いのは、家族を失った事件のせいだろうか。
目を離せばそのまま消えてしまいそうな、危うい空気が、美貌以上に周囲の人々を引きつける要因かもしれない。
「大丈夫だよ」と、抱きしめて、言ってあげたくなる。
サクラの手など必要ないと、眉間に皺を寄せて言う姿が目に浮かぶようで、何だか笑ってしまった。
「ん・・・・」
ふと気づくと、明かりの大部分が消えた図書館の中だった。
今日の任務は本の入れ替え作業だったが、途中でうっかり寝入ってしまったらしい。
机の周りにあった整理途中の医学書は綺麗になくなっている。
誰かが、サクラの代わりに所定の場所へと戻しておいてくれたのだろう。
近くの窓を見ると、外はすでに真っ暗だ。「嫌だ、みんな私を置いて行っちゃったの!?」
泣きそうな気持ちで振り向くと、自分の荷物が放られて、サクラは何とかそれを受け止める。
「お前は、近頃居眠りばかりだな」
二つ先の本棚の前に立つのは、仏頂面をしたサスケだ。
「・・・・ちょっと、シリーズもののミステリーを読んでいるから」
読み始めると止まらず、つい寝不足になっていた。
おかげでふとしたときに、睡魔が襲ってくるのだ。
「ナルトとカカシは先に帰った。行くぞ」
「あ、うん、ごめんなさい」
立ち上がったサクラは慌てて歩き出したサスケのあとを追う。
ナルトやカカシではなく、どうして彼が残っていたのか分からないが、サクラが目を覚ますまで待っていてくれたのが嬉しい。
寝顔を見られたのが気恥ずかしくなり、涎のあとがないかと頬を触ったサクラは、はたと気づく。居眠りばかり。
サスケは先ほど、そう言った。
しかし、サクラが昼間につい寝入ったのは、今日の他は昨日の公園での事だ。
あのときサクラを見つけたのはナルトだった。
そしてサクラは暫くしてナルトと帰ったのだから、サスケには会っていない。
ナルトに聞いたのかと首を傾げたサクラだが、傍らを見ても、その横顔から何かを読みとることはほとんど不可能だった。
外に出ると、道々にある街灯など必要ないほど、月が明るい。
くノ一とはいえ夜道は怖いという印象のあるサクラだが、今日は例外だ。
憧れのサスケが隣りにいるのだから、いつまでもこの道が続いて欲しいとさえ思ってしまう。
浮き立つ心を抑え、ちらりとサスケの様子を窺ったサクラは、そのまま目が離せなくなってしまった。
女のサクラにさえない色気が、彼の首筋あたりから香っている気がする。
月の光もサスケを照らすために煌めいているようで、もはや目の前にいる少年が人かどうか、分からなくなった。
絵画の中の天使がそのまま姿を現したと言われれば、信じてしまいそうだ。「・・・・サスケくんって、何でそんなに綺麗なの」
怒られると分かっていながら、サクラは口に出していた。
心の底からの、感嘆の声だ。
惚けたように自分を凝視してくるサクラに、サスケは呆れてしまって、苦笑するしかない。
「綺麗なだけの人間はこの世にいない」
「えっ」
「悪いところを人一倍持っていて、内側に隠しているから傍目にはそう見えるんだ」
どういう意味だろう。
それを問う前に、口が塞がれる。
月の光は相変わらず神々しく、瞼を伏せた長い睫毛は繊細で美しい。
優しくあたたかな唇の感触は昨日と全く同じだったように思えた。
7時から始まる花火大会。
サクラが帰宅したのはその丁度一時間前だ。
「30分したら起こしてね!」
そう言って、サクラはソファーで横になり、仮眠を取る。
どうやら昨夜は徹夜で重傷患者の治療を行っていたらしい。
本来ならばそのまま寝室に向かうところだが、毎年楽しみにしている花火大会は絶対に行きたかった。ぐっすりと熟睡するサクラの体に、サスケはタオルケットをかける。
近頃、サクラは泊まり込みで仕事をすることが多かった。
疲れているようで、サスケがその髪に触れても全く起きる気配はない。
そうこうするうちに30分はあっという間に過ぎたのだが、サクラを見るとどうも起こす気にはならなかった。
「うう、ひどいー。起こしてって言ったのに」
「悪かった」
素直に謝られては、それ以上責めることも出来ない。
代わりと言っては何だか、二人は庭でバケツの水を用意して、線香花火をしていた。
サクラが目を覚ましたのは深夜の1時で、音の大きな花火は無理だ。「あーあ、明日、みんなが花火大会の話をしていたら、仲間はずれなっちゃうわね」
木ノ葉の夏の風物詩である花火大会には、病気や怪我で動けない人間以外はほとんどの住人が参加する。
火の国というだけあって、花火師の技術は目を見張るものがあり、他国からも多くの客が招かれているのだ。
明日、サクラは世界で一人だけ取り残されたような気分を味わうことになることだろう。
ため息をついて花火を見つめたサクラは、ふと気づく。「あれ、そういえば、サスケくんも花火に行かなかったんだよね」
「ああ」
「何で?」
「目が覚めたとき一人だと、不安になるだろ」
新しい花火に火を付けながら、サスケは静かに呟いた。
サクラを起こせなかったのも、彼女に対する気遣いからだ。
花火大会に対する未練が消え去り、自然と笑顔になったサクラは、傍らのサスケにぴったりとくっつく。
「まあ、いいか。サスケくんと二人なら、世界に取り残されても生きていけそう」
「・・・・俺さ、別に人の服装についてとやかく言うつもりはないけど」
集合場所にやってきたサスケをしげしげと眺め、ナルトは訝しげに眉を寄せた。
「似合ってねーぞ」
「うるさい」
不機嫌そうに言い返したサスケは 柄にもなく、ピンク色のシャツを着ている。
カカシの記憶が確かならば、それは先週まで真っ白だったはずだ。
「お前でも失敗するんだな。何か、赤いものと一緒に洗って色落ちしたんだろう」
「・・・・うるさい」
穏やかに話しかけたカカシに対しても、サスケはつっけんどんな口調だ。
しかし、普段は青や黒、白といった色の服しか着ないサスケが、何を洗ったのかと不思議に思った。「カカシ先生ー、今日の任務は草むしりの続きでしょう?」
「あ、そうそう。先方には8時に行くって言ってあるから・・・・・」
振り向いたカカシは、サクラの姿を見るなりそのまま黙り込んだ。
サクラの服の赤が、前より色あせているような気がする。
「先生?」
「ああ、ごめん。じゃあ、出発しようか」
なんとなく納得したカカシは、サクラの頭を撫でてにっこりと笑う。
果たして、洗濯に失敗したのはサスケとサクラ、どっちだろうか。
ふと顔をあげると、サスケが眉間にしわを寄せて傍らに立っていた。
おそらく、サクラが煙草を吸っているのが気に入らないのだ。
サクラもサスケがいるときは極力控えているのだが、忙しいとイライラして、つい手が伸びてしまう。
今、ソファーに腰掛けながら読んでいる書類も、昼間終わらなかった仕事を持ち帰ったものだった。「サスケくん、煙草嫌い?」
「嫌い」
即答され、サクラは思わず苦笑いをする。
もう何度目か分からない会話だったが、全く禁煙をする気配のないサクラに、この日サスケはついに実力行使に踏み切った。
「え、ちょ、ちょっと・・・」
「うちの中は煙草禁止」
サスケはサクラの手元の煙草を奪い取り、鞄の中に隠し持っていた箱も全部没収する。
当然、サクラは抗議した。「ひどーい!横暴よ!!」
「煙草臭い奴とはキスはしない」
冷ややかな眼差しと共に言われ、サクラは言葉に詰まる。
サクラにとって何よりの脅し文句だ。
日々、煙草に口を付けるのと同じくらい、サクラは彼に唇をくっつけている。
それがないともはや生きてはいけない。
「煙草やめたら、今度はキス中毒になってやるー」
しくしくと涙しながら、サクラはよく分からない恨み言を呟いていた。
「煙草は体に悪いんだ。特に、女の場合は将来子供を産むとき胎児に影響が出る」
「・・・うちは家の繁栄のため?」
ふてくされたサクラの頭を撫でると、彼はその額に優しく口づける。
「サクラのため」
行方不明だった猫が発見された。
猫同士の諍いでテリトリーから離れ、家に戻れなくなっていたらしい。
今回は隣町まで行って迷い猫の張り紙をしたサクラの努力が実を結んだようだ。
そして、同じことがあってもすぐ連絡をもらえるよう、猫の首には住所と名前を書いたネームプレートが取り付けられた。「・・・なんだか、嫌そうな顔をしてるわよ」
「猫のためだ」
サクラは心配そうに猫を見たが、サスケは取り付く島もない。
今まで無かったものが付いたため、窮屈に感じるのか猫はしきりに首を気にしていた。
「ちょっと、可哀相かなぁ・・・・」
猫の体を撫でていたサクラは、ふいにその手をサスケに掴まれる。
「え、何?」
「お前にも買ってきてやった」
「く、首輪を!!?」仰天したサクラだが、付けられたのは首輪ではなく、指輪だった。
大粒の宝石が光る指輪を左手の薬指にはめられ、サクラは目と口を大きく開ける。
「な、な、何・・・これ」
「迷子防止」
あたふたとするサクラを見つめ、サスケは静かに告げた。
彼は元々何を考えているのか掴みづらい性格だが、今日は一層表情がない。
困惑するサクラは彼の顔色を窺いながら訊ねる。
「私のため?」
「俺のため」
食堂の日替わり定食のメニューは、焼き魚だった。
小骨はあるが値段のわりに美味い。
正午の食堂は人でごった返し、ふと顔をあげると、向かいの席には見知らぬ中忍達が座っていた。
一人で食事に来たサスケは話す相手もおらず、自然と彼らの会話が耳に入ってくる。「それで、OKしてもらえたのかよ」
「ああ、お互い午後は任務が入っていないから、これからデートなんだ。映画館で待ち合わせ」
「よかったなー」
「サクラちゃん、可愛いもんな!」
三人目の中忍の言葉に、サスケはわずかに反応した。
サクラという名前のくノ一は、サスケが知っているだけで彼女の他に2人いる。
まさかとは思うが、妙に落ち着かない気持ちになった。
「あ、サスケ、お前もここに食べにきたのかー!元気だったかよ」
久しぶりに顔を見たナルトが隣りに座ると、向かい側の彼らの話はほとんど聞こえなくなる。
ナルトの声は人一倍賑やかだ。
舌打ちしたいところだが、にこにこと笑って喋っているナルトになんら罪はない。
「どーした、サスケ。なんか変な顔してるぞ」
「・・・・魚の骨がノドにつかえた」
「そーか。水でも飲んだらどうだ?」
サスケが適当に言い繕うと、ナルトは全く気づかず話を続ける。
そのうち向かいの席にいた中忍達はいなくなり、サスケはあとを追うようにして食堂から姿を消した。
近頃は大きな任務はなく、サクラは医療忍者として病院の手伝いをしているはずだ。
任務報告を書く時間を割き、病院へと足を向けたサスケはサクラの姿を捜して首を巡らせる。
いつも、彼女がいるはずの医師達の詰め所に、サクラはいない。
胸騒ぎがした。
サクラにかぎってと思う反面、あの中忍の嬉しそうな顔が瞼をちらつく。
こんなのは自分らしくない。
サクラが追いかけてくるのが普通なのに、何故こんな場所をうろついているのか、サスケは理解できなかった。「サクラのアホたれ!!!」
「何でよ!!」
つい口から出た怒りの言葉に、すぐさま反応が返ってきた。
驚いて振り返ると、頬を膨らませたサクラが立っている。
「びっくりさせようと思ったのにさ、変なこと言うからつい声を出しちゃったわよ」
むくれるサクラは気配を消して近づいていたらしい。「自販機にジュースを買いに行っていたのよ。でも、サスケくんが何でこんなところにいるの?なんだか嬉しそうだけど」
「・・・ノドに刺さった小骨が取れたんだ」
「ああ、それで病院に来たの。でも、先生に診てもらう前に取れて良かったわね」
納得して頷くサクラの頭に手を置きながら、サスケはほっと息をついて言った。
「まあな」
「サスケー、これ、誕生日プレゼント!」
任務の帰り道、ナルトに呼び止められたサスケは紙包みを渡される。
「勉強になる」と言っていたところを見ると、忍術の巻物か何かだと思った。
家に帰ってそのまま机に置いてあったのだが、サクラは目ざとく紙包みに気づく。
「何これ。開けていい??」
「あー、それはナルトが・・・・」
サスケが返事をする前に包みを開いていたサクラだが、中身を見るなり二人は揃って硬直する。
裸の美女が悩ましげなポーズをする写真が表紙の、一目でいかがわしいと分かる本だ。
ちなみに『えろっ娘』というタイトルが付いている。「サスケくん、これ・・・・・・」
「ち、ち、違う!!俺が買ったんじゃない!!ナルトの奴が」
本を見つめたまま呟くサクラに、真っ赤な顔のサスケは慌てて弁明しようとする。
だが、振り返ったサクラの顔は何故か満面の笑みだ。
「よかったーー。サスケくんもこういうの、興味あったんだ!!」
「・・・・は?」
「ちょっと心配していたのよ。部屋をあら捜ししても全然エッチな本とか出てこないし、もしかしたら女より男の方が好きなのかと」
唖然とするサスケに、サクラは笑顔で続ける。
「ちゃんと17歳の男の子だったのね」嬉々とした表情で本をめくったサクラは、なにやらひたすら関心しているようだった。
「うわっ、凄いわよ、サスケくん。これなんて・・・・ひゃーー」
「アホ!女がこんなの見るな!!」
我に返ったサクラはサクラの手から素早く本を奪い取る。
「いーじゃない。ケチ!」
「全く」
本を丸めるサスケはそれを何の未練もなくゴミ箱に放り込んだ。
ナルトは明日半殺しにしよう。
そう、心に決めた。
TVを付けると、時代劇専用チャンネルが映った。
二週間連続の『暴れん坊将軍』特集だ。
CMが入ることなく、朝から晩まで将軍様が暴れている。
すぐにチャンネルを変えようと思っていたサクラだが、煎餅を食べながら眺めているうちに、次第に話に感情移入していった。
「うう、お姫様、可哀相・・・」
鼻を啜ると、傍らからティッシュの箱を差し出された。
茶を運んできたサスケが、いつの間にか隣りに座っている。
目元が赤く見えるということは、かなり前からそこにいたのだろうか。
「夕方になったら、つなぎをつけるから」
「戌の刻には帰ってきてよ。元締めの家は、ご新造さんの気が短いんだから」
一晩中『暴れん坊将軍』を見ていた影響か、次の日のサスケとサクラの会話には古めかしい言葉が使われている。
無意識のことだったが、カカシとナルトの頭には「?」マークが浮かんでいた。
「・・・何言ってるかよく分からないんだけど」
「ねぇ」
「王子様よー、キラッキラッしてるの。すぐ分かるってー」
へべれけに酔っぱらったサクラは、「王子、王子」と繰り返して言う。
今夜サクラと飲んでいたのは同盟国の砂のくノ一だ。
足下をふらつかせるサクラを何とか支えているものの、彼女は立ったまま居眠りをしている。
連絡を入れた恋人がサクラを迎えに来るらしいのだが、砂のくノ一は彼の顔を全く知らない。
待ち合わせ場所にいても、どれがその人なのか分かるはずがなかった。「もっと、特徴を言ってくださいよ、サクラさん。彼氏さんじゃない人に声をかけられても任せちゃいますよ」
「んー、だから、王子様が来るんだってばーー・・・」
「はいはい、サクラさんにとっては王子様なんですよね。冗談はそれぐらいにして、本当のこと・・・を・・・・・・」
なおもサクラを詰問しようとした砂のくノ一は、最後まで言うことが出来ずにあんぐりと口を開ける。
視線の先に、王子がいた。
人混みにあっても、ひときわ目を引く顔立ちの彼はまっすぐにサクラ達のいる方へと歩いてくる。
呆然とする砂のくノ一は目の前で立ち止まる彼を穴が空くほど見つめ続けた。
確かに、彼の存在感は圧倒的で、キラキラと表現するのは実に正しい。「悪い。迷惑をかけたな」
砂のくノ一の手からサクラの体を受け取ると、サスケは彼女を軽々と抱え上げた。
彼が動くと、それだけでCMやドラマのワンシーンのようだ。
「えへへー、私の王子様だ」
「寝ぼけるな、この酔っぱらい」
首筋に腕を回してきたサクラに、サスケは叱るような口調で言う。
砂のくノ一に一度会釈をして、サスケはそのままサクラを抱えて帰路に就いた。
明日は早くから任務が入っているというのに、良い迷惑だ。
だが、電話をかけてきたサクラは呂律が回っておらず、結局は心配で迎えに来てしまった。
明日になればサクラは夜のことを覚えていないのだから、始末に負えない。
「本当に王子様だったんだ・・・・」
二人の後ろ姿を見送りながら、砂のくノ一は小さく呟く。
どうすればあれほどのいい男をゲット出来るのか。
今後の参考のためにも、絶対にサクラから聞き出すことを誓う砂のくノ一だった。