「サスケくん、私が死んだら、どうする?」
腕の包帯を巻いてくれているサスケを見つめ、サクラは静かに訊ねる。
サクラが任務中に負った傷は浅いものだが、ふと、死について考えた。
医療忍者はその希少性から敵に捕獲されることはあっても、殺されることは少ない。
だが、黙々と怪我の治療を済ませたサスケに、なんとなく聞いてみたくなったのだ。「他の女を見つけて一族を再興させる」
「・・・・へぇ」
なかなか衝撃的な言葉だったが、サクラは自然と頬を緩めていた。
彼がこうも素直に感情を表に出すなど、珍しい。
泣きそうな顔で嘘をつかれても全く真実味がなかった。
「ごめんね」
治療を終えた腕で、彼の体を抱き寄せる。
放っておけるはずがない。
いくつになっても、あたたかな腕を必要とする子供のような人なのだ。
(用語解説)
液体または気体が凝固するときの温度。光は凝固しませんが想像で!
夢に出てくるのは、その人が自分のことを想っているから。
古典文学の授業で聞いた内容だ。
昔の人は随分と自分に都合のいい発想をするものだと思った。
「昨日ね、サスケくんの夢を見たのよ。私ってば、想われているのねv」
トーストを頬張りながら、サクラはにこにこ顔でサスケに話しかける。
夢なのだから、どう解釈しようと自由だ。
新聞を眺めているサスケは、聞こえているのかどうか、静かにお茶を啜っている。
サクラが何かを言えば反応するが、彼から話題を提供することは滅多にない。「一昨日とその前もだ」
「えっ?」
「夢に出てきた。お前が」
「・・・・・」
どのような顔で言っているのかと思ったが、そこに表情らしいものは浮かんでいない。
「夢の内容は?」
訊ねると、サスケはようやく顔を上げてサクラと目を合わせる。
「秘密」
夢に出てくるのは、その人が自分のことを想っているから。
または、夢の中でも会いたいという気持ちが強いから。
彼の場合はどちらだろう。
サクラにその心情を読みとること難しいが、彼が笑ったのを久しぶりに見た気がした。
(用語解説)
質量を有する全ての物体間に作用する引力。
要は2つの物体が引き合っているその力のことだと考えて下さい。
りんごが木から落ちているという時も、実は地球だけがりんごを引っ張っているのではなく、りんごの方も地球を引っ張っている。(地球の方が遥かに大きいため、その影響を目で見ることはできない)
「サスケの理想の女性って、誰だか知ってる?」
カカシに、出し抜けに訊ねられる。
戸惑うサクラに対し、にっこりと微笑んだ彼はすぐに回答を教えた。
「あいつのお母さん」
「・・・お母様?」
「うん。いのちゃんより、サクラの方が近いと思うよ。だから、大丈夫」
頭をなでられながら、サクラは何とも複雑な心境だった。「よく知らないし」
カカシと別れたあと、サクラは道ばたの小石を蹴りながらぼやく。
写真だけなら、サスケの家でたびたび見た。
しっとりとした黒髪の、外見上はサクラと共通点など一つもない美人だった。
自分に似ているなど、大嘘だとサクラは思う。
だが、自分を慰めようとしたカカシの気遣いは嬉しく感じていた。
任務の後、待ちかまえていたいのとサスケがそろって姿を消してから、サクラはずっと落ち込んでいたのだ。
「つまんないの・・・・」
ぼんやりとしていたサクラは、足下の段差にも気づかずその場で転倒する。
踏んだり蹴ったりだが、周りに人目がないのが救いだろうか。
起きあがる気力もなく座り込んでいると、ふいに手のひらを差し出された。
「ニブチン」
顔をあげたサクラは、目の前にいる人物を驚愕の眼差しで見つめる。
いのと共にいなくなったサスケだ。
「い、いのは?一緒じゃないの」
「家の観葉植物が枯れそうだから、アドバイスしてもらっただけだ」
植物のための栄養剤を買った袋を見せ、サスケはサクラの腕を引いて強引に立たせる。「よく、こんなところで転べるな」
「・・・・」
皮肉を言われても、彼がこの場にいることがサクラは嬉しい。
「足首、ひねっちゃったみたい」
顔をしかめた演技をして、言ってみる。
普段はつっけんどんな態度だが、サスケは優しいのだ。
こうすればサスケが次にどのような行動をとるか、サクラには手に取るように分かった。
「サスケくんのお母様って、どんな人だったの?」
サスケに負ぶわれながら、サクラは他の話題の合間にさりげなく訊ねる。
「物静かで、あまり大きな声を出したのを見たことがない。父さんを陰で支えて、自分は表に出ない人だった」
「しっかりしたお母様だったのね」
相づちを打ちながら、サクラは段々と憂鬱になった。
聞けば聞くほどサクラとはほど遠い、まるで正反対だ。
「サスケくん、お母さんみたいな人が好みのタイプって、本当?」
「母さんは母さんだ。俺はもっと元気な方がいい」
「・・・・そう」やっぱりカカシは嘘つきだった。
母親は尊敬していても、好みのタイプとはまた違うようだ。
大きくため息をつくサクラは、サスケに掴まっている手に無意識に力を込める。
カカシに騙されたという思いの強かったサクラは、サスケの理想が誰を指したものだったのか、少しも気づいていなかった。
(用語解説)
白子(しろこ)。人間や動植物で、メラニン・葉緑素などの色素を欠き、多くは白色となった固体。瞳の色は赤が多いようです。白ウサギやハツカネズミによく見かけますね。白ヘビや白カラスもいるそうです。(ちなみにホワイト・タイガーはアルビノではないそうです。瞳はブルーなので)
サクラが最初に思ったのは、「おいしそう」ということだった。
しかし、その対象は食べ物ではない。
昼休みに木陰で居眠りをしているサスケだ。
サクラのようにリップクリームを塗っているわけではないのに、艶やかな唇に目を奪われる。
柔らかそうなそれは、果たしてどんな味がするのだろうか。
「据え膳食わぬは女の恥っていうし・・・」
一人納得して頷くサクラは、気配を消して恐る恐る彼に近づいた。
起こさなければ怒られることもない。
心境的には、白雪姫に口づける王子そのものだ。
普段はクールなサスケだが、寝顔は年相応に可愛らしいと表現するのがぴったりだった。運がいいことに、あたりに邪魔者の気配はない。
ごくりとつばを飲み込んだサクラは息がかかるほど間近でその顔を見つめたが、唇が触れ合おうとした瞬間に、動きが完全に止まる。
黒曜石のような瞳に見据えられ、サクラは心臓が口から出るのではないかと思うほど仰天した。
「あ、あああ、あの・・・・」
どもるサクラが慌てて身を離そうとしたのと、彼女の手首が掴まれたのはほぼ同時だった。
「サクラちゃん、こんなところにいたんだー」
尻餅をついたまま動けないでいるサクラに気づくと、ナルトが笑顔で駆け寄ってくる。
見ると、サクラは目を丸くして昼寝中のサスケを凝視していた。
「何、サスケがどうかしたの?」
「な、な、ない、何もしてないわよ!」
弁明するサクラは何故か真っ赤な顔で口元を押さえている。
不審に思ったナルトがサスケへと視線を移しても、彼は気持ちよさそうに寝息を立てているだけだ。
ナルトがどうしてか面白くない気持ちになったのは、二人の間の秘密を感じ取ったせいかもしれなかった。
(用語解説)
肉眼に感じることができない光。例えば紫外線や赤外線なんかがそうです。ですがもちろん想像でそういう光を作ってもOK!
桃色の髪に緑の瞳。
顔立ちもサクラに似ていて、現時点でサスケとの共通点など一つもない。
二つになったばかりの息子をまじまじと見つめ、サクラは嘆息を漏らす。「がっかり・・・・」
「何が?」
「私ね、サスケくんにそっくりな可愛い子供を連れて外を歩くのが夢だったの。でも、サチってば私にばっかり似ちゃってる」
甘い菓子を食べるサチは不思議そうに首をかしげている。
彼に似ていれば、こうした菓子もあまり好まないはずだった。「うちは家の顔なら木ノ葉一の男前になれたのに。せめて、髪が黒だったら・・・」
なおも続くサクラの嘆きを聞き流し、サスケはサチの体を抱えあげる。
楽しげな笑い声を上げたサチと目線を合わせ、サスケは柔らかく微笑んだ。
「ピンクの髪だって十分魅力的だろ」
家族にしか見せない優しい笑顔に、サクラは思わず見惚れてしまう。
サスケが息子のフォローをしているのだと分かっている。
だけれど、それは自分に対しても向けられた言葉だと思いたかった。
瞳を開けるなり、自分より早く目覚めていた彼と目が合う。
カーテンからもれる日差しで見る彼は夢と同じ優しい顔をしていた。
「おはよう」
「・・・おはよう。寝坊しちゃった?」
「まだ目覚まし時計が鳴る前だ」
「そっか」
もそもそと布団の中で身動きしたサクラはサスケの体にぴったりとくっついた。
「サスケくん、私と同じ髪の子供ってどう思う」
「・・・何?」
「夢に出てきたの。ピンクの髪で緑の目の男の子。サスケくんと全然似てないのよ」ずっと見ていたいと思う幸せな夢だ。
そして、彼の答えは聞かずとも、サクラには分かっている。
「・・・いいんじゃないか。可愛くて」
戸惑うように言うサスケを見上げ、サクラは嬉しそうに笑った。
(用語解説)
多細胞生物で、受精後に発生を始めた卵細胞・幼生物。
動物に関して言えば、母体内から生み出される前、卵生なら孵化以前のもののこと。要は未完成な赤ちゃん。 植物なら種子中にある幼植物。要は種の中にある植物本体部分。
ピンクの布地に兔の絵が跳びはねている。
一週間かけて完成させた浴衣を身につけ、サクラはサスケの前で一回転してみせた。
髪を結い上げ、唇に薄く紅をひいたためか、いつもより大人びた雰囲気だ。
「どう、似合う?」
「・・・・縫い目が粗い」
全く色気のないその返答に、サクラはがっくりと肩を落とす。
「どうせサスケくんよりぶっきーよ。これでも頑張って作ったんだからね」
唐変木のサスケに「可愛い」という言葉を期待したのが馬鹿だった。
「もーいいわよ。早く行きましょう!」近くの神社で行われている祭りを見物に出かけた二人だが、人々の眼差し、主に若い女性の視線はサスケに釘付けになっていた。
普段から人目を引く容姿だが、浴衣姿だと襟元から肌が覗き、さらに色気を感じさせる。
その彼と手を繋いで歩くサクラは、誇らしいというより、怨念のような女性達の目が恐ろしかった。
「サスケくん・・・・なんだか人に酔ったみたい」
「大丈夫か?」
見られることに慣れているサスケはサクラの怯えの原因には気づいていない。
まだお好み焼きとたこ焼きと綿菓子と林檎飴とソース煎餅しか食べていないのは心残りだが、サクラは比較的人のいない場所を目指して歩き始める。
このまま祭りの人混み紛れれば、サスケのファンに足を踏まれるか、刺されるか、相当の危害を加えられそうだった。
「サスケくん、その浴衣随分年期入ってる感じだけど、誰の?」
「父が着ていたものだ」
「お父様の・・・・」
社務所の裏側に身を潜めながら、サクラは憂い顔のサスケの横顔をじっと見据える。
過去の話をするとき、サスケの瞳はたとえようもなく悲しげになった。
そして、サクラはきまって、抱きしめて頭を撫でてあげたいような気持ちになるのだ。「・・・って、おい」
「何」
「何、じゃない。お前の方が何やってんだ!」
自分の浴衣を脱がそうとしているサクラに対して、サスケはつい語調を荒げる。
「え、なんだかムラムラしちゃって。サスケくん、そんなに可愛い顔で誘わないでよ」
「誰が誘った!!」
サクラの手をかわそうともみ合うが、彼女はなかなか諦めない。
小さな電灯が頼りの暗がりに人気はないが、騒がしい祭りの音は耳に届いており、いつ誰が来るか分からないのだ。
「観念しなさいよ。いいじゃない、一回くらい」
「嫌だ」
サクラに強引に押し倒されたサスケはすでに上半身が露出させていたが、まだ不満げな顔をしている。
「何よー、今日にかぎって何でそんなに拒むのよ」
「可愛いのに、着崩れするだろう」
「・・・・え?」
サクラが目を丸くして驚きの声をあげると、サスケは彼女の胸元を指さした。
白い兔が跳ねている。
正面切って褒めることはないが、実は意外と浴衣姿のサクラを気に入っているらしいサスケだった。
(用語説明)
個体が液状になることなく気体になること。また、その逆の変化。ドライアイスなんかでよく見られますね。(あれは二酸化炭素の固体です)
目が覚めると、いっさいの記憶を失っていた。
自分がいるのは、火の国、木ノ葉隠れの里。
くノ一として活動していることも分かっている。
ただ、自分の名前や、関わった人間についての記憶だけがなかった。
「えーと・・・・」
寝ぼけ眼をこすったサクラはとりあえず半身を起こして周囲を見回す。
記憶がないのだから詳しく判断出来ないが、一見して自分の部屋ではないような気がした。
モノトーンの家具で統一された妙に殺風景な部屋で、年頃の少女が好きそうなものは何一つ置いていない。
普通ならば、髪のセットやメイクのための鏡くらいはありそうなものだ。
ベッドの周りに脱ぎ散らかしてあるのは自分の服、そして荷物。「あれ?」
すぐ近くにあった藍色のシャツを摘み上げたサクラは、怪訝そうに首を傾げる。
「これは私のじゃない・・・わよね」
一回り大きいそれは男物だろうかと考えたとき、サクラはようやく傍らで寝息を立てている存在に気づいた。
当然見覚えはないが、黒髪の、超が付くほどの美少年だ。
「・・・なるほど」
自分が裸だったことの意味を何となしに悟ったサクラは、彼を起こさないようにして身支度を整える。
荷物の中から出てきたアドレス帳にはサクラの自宅の住所が書いてあり、まずはそこに行ってみることにした。
「いのちゃんのところに泊まって、そのまま任務に行くんじゃなかったの?」
「んー、気が変わったの」
自分そっくりな桃色の髪の女性の言葉に、サクラはみそ汁を啜りながら答える。
突然帰宅したサクラを驚きながら迎え入れたこの母親から、大体のことは聞き出した。
朝食を食べたら自分の所属する“7班”のメンバーの集まる場所に行かなければならないらしい。
いのというのは、おそらく外泊の際に口裏を合わせてくれる友人だ。
アドレス帳にも一番最初に書かれている名前だった。「サクラ、どうかしたの?」
椅子から立ち上がったサクラが顔をしかめたのを見て、母親は心配そうに訊ねる。
「・・・平気」
まさか、昨夜の名残で体が痛いとは言えない。
どうやらサクラが彼の家に泊まったのは昨日が初めてだったようだ。
何も言わずに家を出てきたのは少々まずかったかと思ったが、今更どうしようもなかった。
「サクラちゃん、おはようー!!」
橋のたもとにたどり着くと、まず金髪の少年が嬉しそうに駆け寄ってくる。
おそらく同じ班のメンバーだろうが、弾けんばかりの笑顔が可愛らしく、子犬のようだ。
朝見た美少年よりこっちの方が好みだと思ったとき、視界の隅に彼の姿を見つけてサクラは声をあげそうになった。
「サスケの奴、なんだか機嫌が悪いみたいだから、近寄らない方がいいよ」
「そ、そうなんだ」
耳打ちするナルトに答えたものの、鋭く睨まれているサクラは引きつった笑いを浮かべてしまう。
実は同じ班だった黒髪の少年は、その眼差しから、とてつもなく怒っている様子だった。確かに、一緒に眠ったはずの相手が朝起きていなかったら、驚いて当然だ。
ふられたかと思うかもしれない。
だが、サクラとて突然の記憶喪失で、状況を把握しようと必死だったのだ。
そのわりに落ち着いて見えるのは、何があっても取り乱さないという忍びの教えが頭にあったせいだろうか。
「サクラ」
「・・・・・・・あっ、はい、はい」
名前を呼ばれて何度目かで、サクラはようやく振り返る。
まだ、“サクラ”という名前がしっくりとしないサクラは、どうしても反応が鈍い。
そして背後に立っていたのがサスケだと分かり、飛び上がりそうになった。
どうにも気まずくて、話しやすいナルトとばかり一緒に行動していたのだが、ついにこのときが来たという感じだ。
どのように責められようと、記憶がないから分からないのだと告白して、彼が信じてくれるかどうか。
口数の少ないサスケに対しては、“怖い”という印象が拭えないでいるサクラだった。「悪かった」
「・・・・・は?」
俯くサスケの口から漏れた言葉に、サクラは思わず目を見開いた。
「え、な、何で謝るの」
「・・・気に入らなかったから逃げたんだろう」
項垂れるサスケは、すでに“怖い”から“可哀相”というイメージに変わっている。
サクラが消えた理由を、一人で悶々と考えていたのかもしれない。
朝、集合場所にやってきたサクラのよそよそしい態度にも不安をあおられたのだろう。
「よ、用事を思い出しただけよ。何も言わないで帰って、ごめんなさい。サスケくんのこと、嫌いになったわけじゃないから。ねっ」
慌てて取り繕うサクラが顔をのぞき込むと、彼は安心したように表情を和らげる。
そのとき初めて、サクラははにかんだ彼の笑顔を可愛いと思った。
好みのタイプは、断然明るく人懐こいナルトだ。
だが、掴んだ彼の手のひらを離すことも出来ず、抜き差しならない状態に陥ったことを自覚するサクラだった。
(用語説明)
植物の組織培養により、培地上に形成される不定形の細胞塊。実験用に植え継いで長時間培養する。 要は細胞のカタマリ。これから色んな組織に分化する可能性を秘めている。 (分化とは、その細胞が表皮の細胞になったり、中身の細胞になったりと、役割に応じて変化する事)
「サクラちゃん、今日、一楽に寄って行こうよ!」
「いいわよ。でも、あんたのおごりね」
「えーー!!」
ナルトは青い顔で財布を確かめ、サクラは笑ってその様子を眺めた。
カカシは相変わらずイチャパラを読んでおり、サスケはただ前方を見つめている。
朝、任務に向かう途中の朝の風景だ。
「緊急の呼び出しが入った。それが終わったら帰っていいから、これ、出入り口の鍵ね」
そう言って、カカシは途中でいなくなった。
今日の7班の任務は図書館の本の整理だ。
それぞれ割り当てられた棚を片づけ始め、終わったのは日が暮れ始めた頃だった。
トイレに行ったナルトは鞄を取りに図書館へ戻ったが、何故か入り口に鍵を持ったサスケが立っている。
「あれ、サクラちゃんは?」
「もう帰った」
「ええーー!!!一緒に帰るって約束したのに」
半泣きになったナルトは、扉の前に置かれていた荷物を取ると慌てて駆けだしていく。
急げば、彼女に追いついて一楽に寄ることが出来るかもしれなかった。静かになり、ナルトの気配が完全に無くなったことを確認したサスケは、静かに扉を開く。
電灯の消えた図書室はだいぶ暗くなっていたが、一カ所だけ明かりの付いている場所があった。
そこには、本をまわりに置きながら、机に突っ伏して居眠りするサクラがいる。
よほど熟睡しているのか、隣りに座ったサスケが本を選別し始めても全く起きる気配はない。
「・・・サスケくん」
ふいに名前を呼ばれ、顔を上げたサスケだがただの寝言だ。
何か苦しそうに見えて、その頭を撫でるとすぐにサクラの寝顔が穏やかになる。
ホッとしたサスケは再び背表紙へと視線を移し、黙々とサクラのやり残した仕事を進めていく。
同じ頃、一人寂しく一楽特製みそラーメンをすするナルトは、サスケに騙されたことに気づくはずもなかった。
(用語解説)
接触している2物体が相対的に運動し、また運動し始めるとき、その接触面で運動を妨げようとする向きに力が働く現象。
いわゆる摩擦です。難しく考えると混乱するのでフィーリングで!
「トマトがない・・・」
サクラが買ってきた食材を一目見るなり、サスケは不満げに呟いた。
「ああ、忘れちゃったみたい。明日、買ってくるから」
「今日、行け」
冷蔵庫に物を入れていたサクラは、サスケのその一言にかちんとくる。
外はうだるような暑さ。
汗みずくになりながら帰ってみれば、労いの言葉もなく責められ、トマトのためだけに再び外に出ろと言う。
横暴だ。
それほどトマトが食べたいならば、クーラーのある部屋で涼んでいるサスケが行けばいいと思ってしまう。「サスケくん、トマトと私と、どっちが大切なのよ!」
「トマト」
その声は何の迷いもなかった。
頭の中で何かが切れる音を聞いたサクラは、近くにあったタマネギをサスケに投げつける。
「サスケくんの馬鹿!!!絶好よーー!!」
そのまま家を飛び出したものの、なにぶん、外は暑い。
あいにく財布を持っておらず、サクラがそそくさと非難したのはそこから一番近い担任の家だ。
運良く彼は家にいたが、すぐに仕事に行くらしく、準備をしているところだった。「痴話げんかに巻き込まないように」
「だってー、ひどいじゃないのよ。トマトよ、トマトに負けたのよ」
「他の女に負けた方が良かったの?」
「それはもっと嫌」
頬を膨らませたサクラの頭を、カカシは軽く撫でる。
「サスケ、今頃サクラを捜しているんじゃないの?」
「そんなわけないじゃない。あの人、仕事以外だと滅多に家から出ないんだから。暑いしね」
「ふーん・・・・」
サクラの座るソファーをちらりと見たあと、カカシは窓の外へと目を向ける。
黒髪の少年が、仏頂面で歩いていた。
きょろきょろと首を動かして道行く人に目を配るその姿に、カカシは思わず苦笑する。
「サクラ、ちょっと面白い実験、しようか」
「えー?」
サクラが答える暇もなく、カカシはタオルを使って彼女の視界を遮った。
「先生?」
「大丈夫、大丈夫。はい、立ってね」
ベランダに続くガラス戸が開かれ、サクラは手を引かれて歩いていく。
外はやはり暑いが、カカシの家は建物の一番高い場所にあるため、風が気持ちよい。「サスケーー、これ、ナルト用に買ったけどお前にやるー」
大きな声で呼びかけると、下を歩いていたサスケだけでなく、サクラも振り返る。
「え、サスケくんがいるの!どこ」
「まあまあ、もうちょっとじっとしていてね」
上を見上げるサスケは、ベランダにいる二人が何をしているのか分からない。
ただ、カカシが自分に向かって放ったものを無意識に受け止めていた。
それは赤く熟した美味しそうなトマトだ。
形も良く、トマトマニアのサスケはすぐに無農薬で作られた一級品だと見抜く。
一つ、二つとカカシが投げてよこすそれを見ていたサスケは、最後に落とされたものにギョッとした。
白い上着が、羽のように靡いている。「ギャーーーー!!!!」
落下するサクラは何とか体制を整えようとするが、目隠しのせいで平衡感覚がない。
取ろうにも、タオルはいやにきっちりと結ばれていてびくともしなかった。
そうこうするうちに、地面はすぐそこだ。
カカシを一生恨む。
そして、化けて出てやる。
涙のサクラは固く誓ったのだが、いつまで経っても強い衝撃は訪れなかった。
「何やってんだ、お前ら・・・・」
呆れた声がすぐ間近で聞こえ、タオルをずらすと怒ったサスケの顔がある。
彼が抱きとめたために、サクラは地面に激突せずにすんだらしい。
「し、知らないわよ。先生に急に突き落とされて」
わいわいと人が集まる中、自分の足で立ったサクラはそこにトマトがいくつも転がっているのを見つけた。
「何、これ」
「カカシの馬鹿がトマトとサクラを同時に投げたんだ」
「え?」サクラを助けるためにトマトは放り出され、熟したものは見る影もなくつぶれてしまった。
冷静に考えれば、人命を優先させるのがしごく当然なのだが、サクラは感動の涙を流している。
「サスケくん、私を選んでくれたのねー!」
「くっつくな」
ひしと抱きつくサクラを、人目を気にしたサスケは迷惑そうに引き剥がす。
とりあえず、彼女の機嫌はすっかり直ってしまったようだ。
「面倒な子達だねぇ・・・」
上から様子を眺めていたカカシは、早々に部屋の中へと戻っていく。
これで心置きなく任務に向かうことが出来そうだった。
(用語解説)
二次関数のアノ曲線です。読んで字の通り。物を投げるときに描く軌跡のこと。
「もーちょっと、内股にした方がいいわね。スカーフも曲がってる」
サスケの姿を頭から足の先までチェックし、サクラは彼のスカーフを結びなおした。
セーラー服姿のサスケなど、この先見られることは一生ないだろう。
痴漢を捕まえるためのおとり捜査とはいえ、彼にはこの上ない屈辱のはずだ。
本来ならばくノ一のサクラが担当するはずのものを、彼女の身を心配したナルトとサスケが反対したのだから仕方がない。「変化の術を使わなくても、ナルトとサスケくんってば十分美少女になれるわよね。二人とも似合ってる」
「・・・・嬉しくない」
苦笑するサクラは、ふてくされたサスケを椅子に座るよう促す。
「あとは、軽くメイクすれば完璧」
多少の日焼けはあるが、サスケの肌はすべらかで、化粧ののりもすこぶる良好だ。
筆で少々濃い色の口紅を塗っていたサクラは、彼が全く無防備な状態で目を瞑っているのをいいことに、その額に唇を合わせた。
当然、感触で何が起きたか悟ったサスケは不満げにサクラを見据える。
「おい・・・」
「えへへー。サスケくんがサスケちゃんでも、私、好きになっていたかも。可愛い、可愛いv」
「俺は同性に興味はない」
「えー、じゃあ、異性には?」
暫くして、ナルトを連れたカカシが安心した表情で戻ってきた。
サスケ同様、薄化粧をしたナルトは知り合いに会っても全く気づかれなかったらしい。
女子になりきっているナルトは調子にのってサクラにウインクまでしている。
これならば、いつ捜査を始めても大丈夫だ。「えーと、ナルトは昨日痴漢が出没した西の裏通りね。サスケは九条橋のあたり」
「ラジャー」
「了解した」
指示を聞き、駆け出した二人がいなくなると、カカシは意味ありげに笑ってサクラを見る。
「サクラには必要ないから、これで拭いた方がいいよ」
「え?」
「色が移っちゃったみたいね」ティッシュを渡されたサクラが怪訝そうに手鏡へ目をやると、唇がいつもより赤くなっている。
ナルトやサスケのメイク用に買った口紅と同じ色だ。
自分で塗った覚えはないが、キスをした際についてしまったのだろう。
「痴漢より先にサクラが引っかかってどうするよ」
「うーん・・・・」
(用語解説)
昆虫の変態(卵から孵化した後、成体になるまでに、時期までに異なる形態をとること)の一型。さなぎの時期を経過せず、幼虫から直ちに成虫になるもの。
要は脱皮を繰り返して、さなぎナシで成虫になることですね。 バッタ・カゲロウ・トンボ・セミなどの類に見られる。
※これらの昆虫の幼虫を若虫(わかむし)、あるいはニンフ(nymph←半神半人の美少女の妖精、または乙女、美少女の意味もある!)という。