「浮気してやる!」
些細なことで喧嘩をしたときに、つい言ってしまったのだ。
それでも、サスケは全く慌てた様子はなかった。
「今夜は帰らないからね!!男の子の家にお泊まりしちゃうんだから」
息巻いたサクラが当てつけで言っても、追いかけては来ない。
本当に彼とは縁を切るつもりで、サクラは扉を乱暴に閉めて駆けだしていった。
「どうしたの?元気ないね」
「え、そ、そんなことないわよ」
愛想笑いを浮かべながら、サクラは心の中でため息をついていた。
知り合いに頼んで合コンの席に紛れ込んだものの、どうも気分が盛り上がらない。
隣りに座った青年はサスケほどではないにしろ、整った顔立ちでなかなかサクラ好みだ。
彼ならば浮気に最適だと思ったのだが、実際は妙に体を離して座ってしまっている。「はい、飲み物が来たよ」
「有り難う」
手を伸ばしたサクラは、コップを受け取る前に掌を握られて目を見開く。
「サクラちゃん、彼氏いないんでしょう?」
「・・・うん」
「じゃあ、俺が立候補しようかな」
酒の勢いで抱きつかれたサクラは、嫌悪感もあらわに顔をしかめた。
周りの人間ははやし立てているが、気分が悪くて仕方がない。
相手がサスケならば天にも昇る思いだが、好きでもない男に抱きしめられるのがこれほど不快だとは思わなかった。「ごめん!帰る」
突然立ち上がったサクラを皆が不思議そうに見たが、扉に向かって走る彼女は風のようにいなくなってしまう。
サクラに言い寄っていた青年は、取り残されて唖然としていた。
「お前がしつこかったからじゃないのかー?」
「まだ何もしてないって」
「ねえねえ、これ、早く食べないと冷めちゃうわよ」
それなりに盛り上がっている店内では、サクラ一人がいなくなってもあまり問題はないようだった。
家の前に立つサクラは、恐る恐る鍵を開けて中に侵入する。
喧嘩をした手前、堂々と入っていくことはできない。
顔を合わせたらなんと言うか考えながら明かりを付けたサクラは、思わず悲鳴を上げそうになった。
真っ暗な玄関で座り込んでいたらしいサスケが、サクラを真っ直ぐに見据えている。「おかえり」
「た、ただいま・・・・」
サクラの返事を聞いたサスケは、立ち上がって階段を上り始める。
その後を追いかけるサクラは、彼の腕を掴んで話しかけた。
「待っていてくれたの?」
「ああ」
「帰らないって言ったのに」
「でも、帰ってきただろう」
「・・・・」たいした自信だった。
サクラがどうやっても他の男になびかないことを、サスケはよく分かっているのだ。
取り澄ました横顔が何とも憎らしく思えたが、サクラはたまらずに彼に抱きつく。
「やっぱり大好き!」
サクラの落ち着ける場所は彼の腕の中意外あり得ない。
少々酒臭いサクラの背中を、サスケは軽く叩く。
「悪かった」
喧嘩の原因はもう思い出せないが、心配して帰りを待つのはもうごめんだった。
(用語解説)
A→Bという反応が起こっていながら、B→Aの反応も起こるために、一見して何も起こっていないように見える状態。
普段ならば、サスケの姿を見つけた瞬間にサクラは笑顔になる。
だが、このときは「しまった!」という感情がそのまま顔に出ていた。
ナルトではないが、草むしり任務が続くと嫌になってしまって、たまに休憩を挟んでいる。
そして、日当たりの良い芝生に寝転がっているときに、サスケが現れたのだ。「何やってるんだ」
「光合成」
まだ作業の終わっていない草むらを見つめて訊ねるサスケに、サクラはとっさに答えていた。
おそらく、彼は受け持っている場所の作業が終わり、ナルトとサクラの様子を見に来たのだろう。
「えーと、私が植物なら、サスケくんが水でナルトは二酸化炭素」
適当に言い繕ううちに、何だか分からなくなってきた。
「・・・・酸素は?」
「私の笑顔」
叱ることなく話に乗ってくるなど珍しいと思ったが、サクラは言葉の通り笑顔で彼を見上げる。
二人が仲良くすれば嬉しいのだから、言い得て妙だ。「水分補給」
サクラの体を起こすためか、手を伸ばしたサスケに抱きついた。
光よりもまず、水がないと植物はひからびて死んでしまう。
果たして彼にサクラの思いが伝わったのかどうか。
(用語解説)
お馴染み、植物が行うアレです。ミドリムシも行いますが。
生物、主に葉緑素を持つ植物が、光のエネルギーを用いて吸収した二酸化炭素と水から有機化合物(要はデンプン)を合成すること。その排出物として酸素ができる。
地球温暖化が騒がれている今、重要な天然現象のひとつですね。
サスケが、珍しく微笑みを浮かべていた。
一体何を見ているのかと彼の視線を追ったサクラは、道端に猫の親子がいるのを見つける。
母猫にじゃれる仔猫が、何とも可愛らしい。
そして、微笑ましい光景を見つめて嬉しそうなサスケはもっと可愛いと思った。「サスケくん、猫、好きなの?」
声をかけると、彼はハッとして振り返る。
「・・・・別に」
今更取り繕っても無駄だが、サスケはいつもの仏頂面で答える。
頬が心なし赤いのは照れのせいだろうか。
「サスケくんってば!」女心をくすぐるサスケの表情に、サクラはたまらず彼に抱きつく。
「サスケくんって、結構将来子煩悩なパパになりそうよねv」
「くっつくな」
眉を寄せたサスケが引き離そうとしても、サクラはびくともしない。
少女らしく細い腕だが、サスケに関するときだけは別の力がわいてくるようだった。
(用語解説)
副腎髄質ホルモン。主な作用は血圧の上昇、血糖値の上昇、脂肪の分解。一般に酸素消費を高める。
「お土産は絶対に桃ね!!桃、桃」
朝、出勤するサスケに言ったときは、こんなことになるとは思いもしていなかった。
電話連絡によると、任務中に頭を強く打ったサスケが一時的に記憶を喪失したらしい。
つまり、サクラのことはすっかり忘れてしまったのだ。
土産どころではない。
仕事を放り出して病院に駆けつけたサクラだったが、病室での光景を一目見るなり呆然と立ちつくす。
サスケのいるベッドの周りには、二重、三重と少女達の輪が出来ていた。聡いサクラは、危機的状況をすぐに察する。
今ではサスケはサクラの売約済みとなっているが、その記憶が全くないのだ。
サスケに横恋慕していたくノ一達にとって、恋人の地位を射止めるまたとないチャンスだった。
扉の開いた音に反応したサスケはちらりとサクラを見たが、その眼差しは冷たいものだ。
取り巻きがまた一人増えた、と思ったのだろうか。
一見して、包帯を額に巻いているだけで他に外傷はないようだった。「あら、サクラ。近くにいかないの?」
少女達の中に紛れていたいのは、すごすごと帰ろうとするサクラを見咎める。
「・・・出直してくる」
ひたすら、悲しかった。
思い人を10年かけてものにしたというのに、苦労が水の泡だ。
再び彼を振り向かせようとしたら、また10年かかるということだろうか。
そのとき、サクラはもう30近い年齢だ。
そして、以前と同じようにサスケが自分を好きになってくれるかも、分からない。
とりあえず、ショックを和らげるために、何かを飲んで一息つきたかった。
「荷物、まとめた方がいいのかな・・・・」
家に帰ったサクラは、ぼんやりと居間に座り込んで呟く。
いつの間にか同居生活をしていたが、もともとはサスケの家だ。
そして、一度出ていけばもうこの家で暮らすことはないかもしれない。
新しい恋人が居座り、自分以外の人間とここで幸せに過ごすサスケを想像すると一層気分が暗くなった。
未来は予測出来ず、まさに「一寸先は闇」ということだろうか。「はいはーい」
チャイムの音を聞いて我に返ると、サクラは判子を持って扉へと向かう。
おそらく、昨日電話で注文した通販グッズが届いたのだろう。
「どうも、ごくろうさ・・・・」
扉の前に立つ人物を見るなり、サクラは「あっ」と声をあげていた。
仏頂面をしたサスケが、そこにいる。
「お前か」
「さ、さ、サスケくん!!!何で?思い出したの??」
「違う。記憶がないだけで、怪我はたいしたことないから家に帰ることにした。住所は病院で聞いた」
サクラの横を素通りしたサスケは、靴を脱いで中にあがりこむ。
そして、思い出したように手に持っていた荷物をサクラに渡した。
それは果汁が白く、甘みが強いことで知られている白桃だ。「えっ、何で、桃!?」
「食べたいって言ったんだろ、お前が」
「そう、だけど・・・・」
確かにサクラは土産に桃をねだったが、まさか本当に買ってくるとは思わなかった。
さらに、サスケは記憶を喪失した身なのだ。
「お前の声だけが頭に残っていた。桃、桃って、うるさいんだ、お前は・・・・名前は?」
「春野サクラ。あの・・・、私、ここに居ていいの?」
「何で」
「だって、サスケくん、知らない人が家にいたら嫌でしょう」
「・・・・・」
病室にサクラがやってきたとき、とくに何も思わなかった。
ただ、自分に何も言わずにいなくなったサクラに、サスケは何故か急に落ち着かない気持ちになったのだ。
だから誰かと約束をしていた桃を買い、家の中から出てきたサクラを見て、納得こそすれ違和感はなかった。「お前はこれからも、この家の住人だ」
きっぱりと言い切ったサスケを、サクラは不思議そうに見ている。
「お前が必要だ」と明言出来ればいいが、そうしたことは記憶があったとしても、言わないような気がした。
(用語解説)
胚(卵の中の未完成な赤ちゃん)のどの部分が将来どのような組織や器官になるかを、その胚の予定運命という。予定運命ごとに胚の部分部分を色分けしたものを予定運命図、と言うそうです。例えば将来神経になる部分は青く塗ってあるとか。
お題としては、胚とか関係なく、言葉の通りに受け取っていただいて構いません。
「私のお父さん、5人兄弟なのよ。お母さんなんて7人兄弟。きっと多産な家系だと思うのよね」
「・・・・・それで?」
「大きな怪我や病気もしたことがないし、まるっきりの健康体。安産型だって言われたし子供を沢山産む自信があるから、大丈夫よ」
「・・・」
体を押し倒された状態で「大丈夫」と言われてもサスケは全然安心できない。
夜這いというのは、普通男がするのもではないかと思う。
泊りがけの7班の任務、今までは宿をとっても4人で雑魚寝だったが、今回はたまたま個室を与えられた。
サクラにとっては千載一遇のチャンスだ。「大丈夫。この日のためにいっぱい本で読んで研究したから。サスケくんはそのまま横になっていて」
「ちょ、ば、馬鹿!!やめろ」
浴衣を脱がされたサスケは最後の一枚である下着を何とか死守しようとしている。
確かに一族の再興は彼の夢だ。
だが、それは子供がいえれば良いという短絡的なものではない。
大事な部分を触られたサスケが悲鳴を上げたのと襖が開かれたのはほぼ同時だった。
「サスケー、眠れないからUNOでもやろ・・・う・・・・・・」
カードゲームを持って廊下に立つナルトは、その光景を見るなり硬直してしまう。
そして、何とも恥ずかしい場面を見られたサスケは顔を赤くして上に乗るサクラを押しのける。
「馬鹿―ーー」
浴衣を持って駆け出したサスケは泣いているようだった。
残されたのは布団の上に座り込むサクラと、立ち尽くすナルトだ。「あんたってタイミング悪いわねー。もうちょっとだったのに」
「ごめん・・・」
なんだかよく分からないが、反射的に謝ってしまうナルトだった。
(用語解説)
緑藻類オオヒゲマワリ目植物の一属。和名が大鬚回り(オオヒゲマワリ)というそうな。ボルボックスはラテン語(学名)。
鞭毛を持つ小さな個体が集まり、球状の群体を作って生活しています。 多細胞生物と群体の中間的存在。親の球の中に子ども(やはり球状)ができて、親を破って出て行くそうです。
何というか。個というものが薄れて全体になる一歩手前みたいな生き物。
サスケが、昼休みに美味そうな弁当を食べていた。
その弁当箱や箸ケースを見れば、それが手作りのものだと分かる。
考えてみると、サスケは毎日弁当を持参しており、よほどまめな彼女がいるのだと思った。「なぁ、サクラちゃんって、どんな子なの?」
サスケと知り合って間もない上忍の仲間は、手前の席に腰かけて訊ねる。
名前だけは人づてに聞いていたが、どんな人物かは全く知らなかった。
「・・・・変な奴だ」
顔を上げてちらりと彼の顔を見ると、サスケは再び弁当箱へと視線を落とす。
あとから何か言葉が続くのかと思ったが、どうやらそれだけだったようだ。「変って、どう変なんだよ」
「人の風呂は覗くし、隠し撮りした俺の写真を密かにコレクションしているし、俺からかけた電話を全部録音して取ってあるし、夜中にそれを聞いてニヤニヤしているし、料理はお結びしかできないし」
「えっ、じゃあその弁当は?」
なおも続きそうな話をさえぎり、上忍仲間は首を傾げた。
「俺が作ったに決まってるだろ。全く、毎朝毎朝、遅刻ギリギリにしか目を覚まさなくて、弁当を二人分作る身にもなれってんだ」
「・・・・へぇ」
額の汗を拭きながら相槌を打つ上忍仲間は心底不思議に思った。
サスケほど整った顔の男ならば、どのくノ一でも選り取りみどりのはずだが、何故、そのサクラという娘が恋人なのか。
話に聞いただけでもよほどの人物だ。
「サクラちゃんの、どこが良いの」
「・・・・・それは俺にも謎だ」
眉を寄せたサスケは、暫し思案したのちに答えた。
サクラが隣りにいるときは、他の誰といるよりほっと出来る。
迷惑をこうむっても、サクラが相手だと怒りが持続しなかった。
どのみちサクラに説教をしても、次の日にはすっかり忘れきって笑顔で話しかけてくるのだから、無意味だ。「・・・何でだ?」
低い声で呟いたサスケは、彩りの見事な弁当を見つめて自問自答する。
このままサクラと一緒にいれば分かるときがくるだろうか。
なんとなくだが、答えが出るのは今わの際のような気がした。
(用語解説)
未知数を含み、その未知数に特定の値を与えたときにだけ成立する等式。この特定の値をその方程式の解といい、これを求める事を方程式を解くという。
お題としては、厳密に追求なさらなくてももちろんOKです。
「ああーーーーーー!!!!」
飼い猫がサスケにキスをしている場面を目撃したサクラは、家中に響くような声をあげていた。
「サスケくん、ひどいーーー!!!私以外の女とチューするなんて!!浮気者ーー!!!」
「人聞きが悪い」
サスケは襟元を掴んで詰め寄るサクラに対してデコピンをする。
軽くやったつもりだったが、額を押さえてうずくまるサクラは恨めしい目つきでサスケを見上げた。
「浮気者・・・」
「猫に妬いてどうする、馬鹿」
打ち拉がれるサクラを無視して、猫を抱えたサスケはすたすたと隣りの部屋へ行ってしまった。
そのときの猫は確かに勝ち誇った目でサクラを見ていたが、サスケに言えばまた「馬鹿」だと言われることだろう。「私がこんなに愛しているのにさ。もっと可愛がってくれたっていいじゃない」
すねるサクラは座り込んだまま彼らの出ていった戸口を見つめている。
サスケが優しく笑いかけてくれて、抱きしめもらえるなら、いっそ猫になってしまいたいとさえ思う。
猫ならば年中サスケにひっついていても、全く文句を言われないのだ。
猫になる。
変化の術を使えば簡単だが、どれだけ猫になりきれるかが問題だ。
「うーん。猫耳としっぽ、語尾に「ニャ」を付けるだけじゃ駄目かニャー・・・・」
「何の話だ」
腕組みをして考えるサクラは、背後から聞こえた声に仰天する。
そして、何かを言う前に頭に麦わら帽子を被された。
「出かけるぞ」
近頃、サクラにあまりかまっていなかったことを気にしたのだろうか。
近くに買い物に行くだけだったが、サスケと手を繋いだサクラは満面の笑みだ。
猫に嫉妬していたことなど忘れてしまう。
整った彼の横顔をちらちらと見ながら、サクラは自分が猫でなくて良かったと思った。
サスケのガードは堅いが、人間だから、こうして手を繋いで歩ける。
ゆっくりとした自分の歩調に合わせてくれているだけでも、胸がいっぱいだった。
(用語解説)
動物の個体や集団が競争者を侵入させないよう占領する一定の地域。立派な生物学用語です。
サクラは確かに火の国の公用語を喋っていた。
言葉の意味は理解出来る。
だが、話の内容を呑み込むまでに、非常に長い時間を要してしまった。
「・・・え?」
「生理がこないの。もう一ヶ月くらい遅れてる」
思わず聞き返したサスケに、サクラは繰り返して言う。
一人暮らし中の互いの家を行き来し、同棲に近い生活を送っているのだからこうした事態は十分予想出来た。
だが、朝家を出る前、「いってらっしゃい」に続く言葉としては、いささかヘビーすぎる話題だ。順番が後先にはなったが、サクラとは結婚の意思があるのから問題はない。
今すぐプロポーズをするべきなのか、それとも、仕事から帰ってきてから改めて話を切り出すべきなのか。
黙り込んだサスケの思考を察したサクラは、扉を開いて彼を促す。
「ほら、早く行かないと遅刻しちゃうわよ」
「えっ、おい」
「そんなに考え込まないでよ。サスケくんの子かどうか分からないんだし」
兄イタチの裏切りを知った時と同レベルの衝撃だった。
気持ちが悪い。
肉体的なことではなく、精神的なことが原因なのははっきりとしている。
生真面目な性格なため、ついいつも通りの道順を歩いて職場に来てしまったサスケだが、本当ならば仕事など放り出して旅にでも出たい心境だ。
サクラが自分を好きでいること。
サスケにとって太陽が東から昇ることよりも常識的なことだった。
それが覆されてしまったのだから、頭はずっとパニック状態のままだ。「体調が悪いなら、早く帰った方がいいんじゃないか?」
顔を上げると、ぼんやりと席に座って窓の外を眺めるサスケを皆が心配そうに見ている。
「・・・大丈夫だ」
傍らに立つ同僚に何とか返事をしたが、手元の書類に目を落としたサスケは再び難しい顔で考え始めた。
プライベートでのサクラの行動は、聞かずとも彼女が話すのだから、大体把握している。
だとすると、サクラがサスケ以外に親しい男を作ったのは忍びとしての仕事をしているときだ。くノ一がその体を武器として使うことはままある。
しかし、綱手の元で医療忍者として働くサクラには全く縁のないことだと思っていた。
果たして、そうだろうか。
任務となればサクラとて他の男に色目を使うことがあるかもしれない。
「サスケ・・・、やっぱり帰れって」
机に突っ伏したまま動かなくなったサスケの肩を同僚が叩く。
サクラの発言以上にショックだった。
サクラの押しに負けて仕方なく付き合っていたつもりが、彼女の存在は何よりも重要なものになっていたらしい。
顔も知らない相手の男に対して殺意を抱くなど、自分で自分が信じられなかった。
「そんなこと、言ったっけ?」
家に戻ると、サクラはきょとんとした顔で首を傾げた。
「子供が出来たかどうかまだ分からないから、病院で調べてくるって伝えたかったんだけど。あ、結果はね、ちょっと遅れているだけで問題ないって」
あっけらかんと答えるサクラを見て、サスケがこの上なく脱力したのは言うまでもない。
(用語解説)
酸とアルカリを等量ずつ混ぜるとき、その各々の特性を失うこと。また、異なる性質のものが融合して、おのおのその特徴もしくは作用を失うこと。
要は、中正で程よく調和する事。
もともとは、サクラが拾ってきた猫だった。
サスケは飼うことに反対していたのだ。
しかし、サクラの懇願と愛くるしい猫の仕草に負け、結局は彼が世話をすることになった。
不思議とサスケにばかり懐くと思ったサクラだが、猫がメスだと分かって妙に納得してしまう。
人間の顔の善し悪しは猫にも伝わるものらしい。
「可愛くなくなってきた」
座布団に座るサスケは猫を大事そうに抱えていて、サクラは思わず頬をふくらませる。
どこに行くにもついてくる猫がいるせいで、どうも二人きりという気がしない。
サクラでさえ、負んぶはあるが、抱っこをしてもらったことはないのだ。
「生意気よ!」
サスケにしがみつく猫を無理矢理引きはがすと、サクラが代わって彼の膝の上に乗った。
「えへへーv」
「・・・・・重い」
サスケに体を押され、床に転がったサクラを見て猫は笑っているようだった。「ひどい、ひどいよサスケくん!」
すねてそのまま寝転がるサクラが恨み言を呟くと、サスケは大きくため息をつく。
彼はただ、静かに読書をしたいだけなのだが、どうしてこうも邪魔が入るのか。
気が散ってしまって全く集中出来なかった。
「・・・おい」
手招きをするサスケに気づいたサクラは、表情を一変させて笑顔で近づいてくる。
誰かの膝枕で横になるのは初めての経験だ。
猫のように抱っこはしてくれないが、これくらいは許してもらえるらしい。
無意識に髪を撫でてくる手のひらを感じながら、サクラはうとうととまどろんでいく。
あたたかく、安心できて、何ともいえず居心地の良い場所だった。
(用語解説)
哺乳鋼の一目。フクロネズミ目。胎生ではあるが、胎盤が不完全で、子は極めて未成熟の状態で生まれ、母親の腹部にある育児のうの中で育てられる。オーストラリア、ニュー・ギニアと南アメリカ(一部は北アメリカにも分布)にのみ生息。
要は、カンガルー、コアラ、フクロネズミやフクロオオカミ(絶滅)のこと。
家に帰ってすぐ、倒れたサクラが視界に入る。
慌てて駆け寄ったサスケだったが、抱き起こした瞬間にサクラの腹が大きく鳴った。
「・・・・腹が減ったのか」
力無く頷くサクラを、無性に放り出したくなる。
心配して心臓が止まりそうになった自分が馬鹿のようだった。
「ううっ、美味しいよーvv幸せ」
涙を流しながら、サクラはサスケが作ったパスタ料理を食べ続けている。
かぼちゃのスープ、特製ドレッシングのかかったサラダ、アルデンテのパスタも絶品だ。
サスケの料理は和洋中、何であってもプロ級の腕前だった。
「お前な、飢え死にしそうになったら何でも食え。冷蔵庫に食材が入っているだろ」
「うん」
デザートに手作りアイスを出されたサクラは、瞳を輝かせて頷く。
サクラの好みに合わせて作ったイチゴアイスも、もちろん絶品だった。「サクラ、電話だ」
「んー」
アイスを頬張るサクラは、サスケから受け取った電話の子機を耳に当てる。
相手は仕事仲間のくノ一で、明日の任務についての確認だった。
「え、さっき電話に出た人?違う違う、彼氏じゃないわよー」
聞くともなしにその会話を耳にしたサスケは、思わず眉をひそめる。
振り向いたサスケと目が合うなり、サクラは悪戯な笑みと共に言葉を続けた。
「あれは、私の妻」
(用語解説)
一方だけに利益があり、他方には利も害もない共生現象。例えばナマコとその肛門に隠れるカクレウオの関係。カクレウオには絶好の隠れ場所だから利がある。が、ナマコにとってみれば得も損もしない。大切なのは、害もない(損もしない)ということ。