ハートの国の王子様


「好きです」
「・・・・・・・・・・・・・・」
そっと掌を握られたサクラは、本気で新手の嫌がらせを仕掛けられたのかと思った。
サイはいつもどおりの表面的な微笑を浮べたままで、その思惑を見抜くことは不可能だ。
彼とは昨日大喧嘩をしたため(主にサイが一方的に殴られた)、今日は集合場所に行くのが億劫で仕方がなかった。
そして、サクラを見るなりサイの発した開口一番の言葉が冒頭のものだ。
「・・・何のつもりよ」
「サクラのことが好きだと言っているんです。あなたはどうですか?」
「嫌い」
顔をしかめたサクラが一秒も考えることなく返事をすると、サイの笑みがさらに深まる。
「本当に照れやさんだな、サクラは。ハハハッ」
そのままおでこをつつかれて、目の前が真っ白になったサクラは、危うく気を失いそうになってしまった。
一体、何がどうしてこうした状況になったのか、一から十まで説明してもらいたい。

「・・・・まさか、私が殴りすぎたせいで頭がおかしくなったんじゃあ」
はっとしたサクラは、行き着いた結論に青ざめた。
「もともと危ない奴だとは思っていたけれど、私のせいで悪化したのね。ごめんなさい、いい病院を紹介するから早く入院を・・・・」
「何を勘違いしているのか知りませんが、僕は健康なので病院は必要ないですよ」
切羽詰った眼差しで詰め寄るサクラに、サイは冷静な返事をする。
「実はこのところどうしてか、サクラのことが頭から離れなくて・・・・・。隊長に相談したら、それは恋だと言われたんだ。そう考えれば、全て納得できる」
「・・・・・・・・・・・・」
心の中でヤマトにパンチを浴びせたサクラは、俯いたまま肩を震わせた。
よけいなことを言ってくれたものだ。
つい最近まで感情というものを必要としない生活を送っていたサイは、ヤマトの言葉をそのまま鵜呑みにしてしまったに違いない。
実際は、ナルトと共に毎日サクラに殴られ続けて、怒りの対象として印象が強くなっただけなのだろう。

 

「あのね、サイ、それは」
「子供は何人くらい欲しいかな?」
にこにこと微笑まれたサクラは、思わず「ひぃ・・・」と声を上げそうになる。
彼の頭の中では、すでに随分と未来のことまで妄想が進んでいるらしい。
顔はさして悪くないとはいえ、思ったことを垂れ流しにする嫌味な男と結婚するなど、真っ平御免だ。
「ちょ、ちょ、ちょっとナルト、何であんた黙っているのよ」
その場にいる唯一の傍観者に助けを求めると、ナルトはしみじみとした声音で呟く。
「サクラちゃんがやり込められてるなんて、珍しいなぁと思って・・・」
「面白がってるんじゃないわよ!!」
「最初の子供は、女の子がいいと思うんだけれど」
どうもかみ合わない会話を続ける三人だったが、班の隊長であるヤマトはなかなか姿を現さない。
おかげで朝のこの時間だけでサクラは大幅に体力を消耗し、その日の任務はいいところがまるで無い状態で終了になってしまった。
全てはサクラに熱っぽい眼差しを向けてくるサイの、いや、彼に妙なことを吹き込んだヤマトの責任だ。

 

 

 

「もう、うんざりよ・・・・」
いのが店番をする花屋に逃げ込んだサクラは、げっそりとやつれた顔で泣き言を並べる。
近頃では、親元を離れて一人暮らし中のサクラの家にまでサイが押しかけるようになっていた。
どんな術を使っているのか、サクラがいくら鍵をかけても彼は簡単に中に入ってくる。
腕力に物を言わせようものなら、「そういう趣味があっても好きだ」などと世迷言を呟かれるため、むやみに殴ることも出来ない。
「サイさんにそこまで思われてるなんて、羨ましいじゃないのーー。彼があなたの王子様だったってことね」
「いのは奴の本性を知らないから、そんなことが言えるのよ」
しくしくとハンカチで涙を拭くサクラは、「こんにちはー」と挨拶をしながら入ってきた客に、大げさに体をびくつかせた。
反射的に逃げようとしたが、すでに腕を掴まれている。

「あら、サイさんいらっしゃい」
「な、な、何しに来たのよ!!!」
サクラは毛を逆立てながらサイを睨みつけたが、彼は柔らかな笑顔で応える。
「あなたに会いたくて」
鳥肌の立ったサクラとは対照的に、両手を合わせたいのは夢見るような瞳でサイを見つめた。
彼が凄まじい毒舌の持ち主だと知っていれば、彼女もまた違った反応を示したことだろう。

「サクラがそばにいないと、一分一秒でも耐えられないんだ。ずっと僕のそばにいてくれ」
「何、とちくるってるのよ、馬鹿!!」
「本当に、素直じゃないな。君だって同じ気持ちなくせに」
サクラが真剣に嫌がっていても、涼しい顔を崩さないサイはフフフッと楽しげな笑い声をもらした。
もう耐えられない。
「い、いの、助け・・・・」
「お似合いよ、二人とも!」
縋るような眼差しはまるで通じなかったらしく、いのに体を押されたサクラはそのままサイに抱きついた格好になった。
サクラの一番の理解者であるいのがこれでは、他の誰にも救済は望めない。

「人前なのに、困ったな」
「サイさん、サクラのことよろしくお願いしますねー」
サイにぎゅうっと抱き締められ、彼に頭を下げるいのの言葉を聞きながら、サクラは眩暈がして自力で立っていられなくなる。
一体、何がどうしてこんな最悪な事態に・・・・。
ここから救い出してくれるなら、サクラは悪魔が相手だろうと魂を売ったかもしれなかった。


あとがき??
たぶん続きます。飽きたら、ここまでということで。
元ネタは『ハートの国のアリス』ですよ。サイにぴったりかと。
どのキャラかは、ゲームをした方ならすぐ分かると思います。


駄文に戻る