恋しちゃダメだなんて誰が決めたの?
「サクラー」
休日に手酒鞄を一つ持ち、街をぶらついていたサクラはその声に反応して振り返る。
書店から出できたところらしく、彼はブックカバーを付けた本をいくつか小脇に抱えていた。
白い髪だが若い男だ。
背が高いため、見上げる形になるサクラはやや首に負担を感じながら彼の顔を眺める。「丁度良かったー。あのさ、茄子を使う料理って、みそ汁以外に何がある?」
「な、茄子ですか」
「いやー、農業やってる友達が大量に茄子を送ってきてさ、困ってるんだよ。男の一人所帯で、料理なんかろくにしたことないし。サクラ、レシピ教えてくれない?」
「いいですけど・・・・」
サクラがびくつきながら答えると、彼は心底嬉しそうに微笑む。
「良かったー。じゃあ、さっそくうちに来てよ。すぐ近くだから」
「ええっ!!い、今から?」
「善は急げって言うしー」言うが早いか、自分の手を取って歩き出した彼の横顔を見つめ、サクラは心の中で「誰、この人ーーーー!!!?」と叫んでいた。
確かに見覚えはあり、声も聞いたことがある。
しかもかなりの色男だ。
おかげで、名前も思い出せないというのにサクラはのこのこと彼にくっついてきてしまった。
好みのタイプだったのだから、仕方がない。
「ああ、あそこのアパートだよ。築30年でぼろいけど、今時家賃が一ヶ月5万以下って珍しいでしょう」
「はあ・・・・」
気の抜けた声で返事をしたあと、郵便受けに書かれた氏名を見るなり、サクラは目を見開く。
『はたけカカシ』。
サクラの通う中学校に今年の春から就任し、用もないのに教室に出没している怪しい保健医だ。
「か、カカシ先生ーーーー!!?」
「はーい・・・・って、何、突然大きな声出して」
「ご、ごめんなさい」改めてじろじろとカカシの顔を凝視したサクラは、思わずため息をつきそうになる。
白衣と口元を覆っているガーゼのマスクがないだけで、全く気づかなかった。
「・・・先生ってマスクがないと別人みたいね」
「ああ、昔からアレルギー性鼻炎なんだ。春はスギやヒノキ、秋はブタクサ、一年中何かしら飛んでるよ。今日は曇ってるから平気みたい」
カカシはいつものようにサクラの頭を軽く撫でたが、サクラの鼓動は妙に高まる。
互いに私服で学校の外、今二人は保健医でも生徒でもない。
校内での恋愛は御法度だが、治外法権というやつだ。
「先生、学校が終わったら、毎日料理作りに来てあげようか。茄子の」
「わー、本当ー??それは助かる」
今日にかぎって嫌に愛想のいいサクラを不思議に思いながらも、カカシは嬉しそうに相づちを打つ。
「ねえ先生、これからも学校にいるときはマスク付けておいてね」
「え、何で?」
「何でも」
自転車を二人乗りしながら大爆笑
「・・・・いつの間に」
「お昼休み。道具そろえれば、結構簡単だったわよ」
にこにこ顔で答えるサクラに、サスケは額に手を当ててため息をつく。
サスケが通学に使用している自転車は学内の駐輪場に置いてあった。
方向が一緒でも自転車があるため、サスケは徒歩のサクラと一緒に帰れないと断っていたのだが、それでへこたれる彼女ではない。
この日サスケがいつものように駐輪場に向かうと、後ろのタイヤの上に見慣れない荷台がくっついている。
そして、どこからか現れたサクラが笑顔で言ったのだ。
「これで一緒に帰れるねv」
勝手に改造された自転車をこぐサスケは終始無言だ。
そして、その後ろの荷台にまたがって座るサクラは、サスケの体にしっかりと抱きつきご満悦の表情だった。
「・・・・見えるぞ」
「えー??」
「スカートの中」
視線を自分の足下へ向けたサクラは、笑いながら答える。
「平気よー。下に体育の授業用の短パン履いてるし。ねえねえ、これからどこに行こうか」
「お前、真っ直ぐ帰るって言っただろう!!」
「そうだっけ?」
それが自転車の後ろに乗せる条件だったというのに、彼女はあっけらかんとしている。「私ねー、見たい映画があるんだ。でも、今からじゃちょっと帰りが遅くなっちゃうわね。えーと、他にはー」
「・・・・・・」
人の話を聞かないのにもほどがある。
腹部に手を回したサクラがやたらと体を密着させてくるのも気になるが、指摘して意識していると思われるもの癪だった。
「あっ、サスケくん、ナルト、ナルトがいるわよ!」
「・・・・本当だ」
坂道を歩く学ランの少年は金髪で、肩にかける鞄には蛙のバッジが付いている。
思えば、ナルトも帰る方角はサスケ達と一緒だ。
「ナルトー、あんたも一緒に映画観に行くー??」
「馬鹿、やめろ!!」
大声を張り上げるサクラをサスケは赤面して注意する。
往来にいる人々が怪訝そうに二人乗りの自転車を見つめたが、ナルトだけは何故か呼びかけに反応せず前方を見つめていた。
「何よ、無視してーー!!バカバカーーー!!!」目くじらを立てたサクラはナルトに当たり散らしたが、それは仕方のないことだった。
距離が近づくにつれ段々と違和感が生じ、通り過ぎる瞬間垣間見た学ラン姿の少年の顔はナルトと似ても似つかない。
共通点は髪だけで、あばた面の、眼鏡をかけた神経質そうな顔立ちをしている。
そうとは知らず別人を怒鳴りつけていたサクラは、一瞬の沈黙のあと、思わず吹き出して笑ってしまった。
体を震わせているところをみると、前にいるサスケも笑っているのだろう。
夕焼けに染まる家並みに目を向け、可笑しくて楽しくて、少しだけ幸せな気持ちになったサクラだった。
分かりやすく順序だてて話してね
「サクラー、ナルトが2組の子とキスしたって噂になってるわよ。知ってたー?」
「え、嘘!!」
「本当ー。しかも教室のみんなの前で、大胆よねー」
間髪入れず振り返ったサクラに、いのはにんまりと笑った。
2組の女子といえば、校内でも美人揃いで有名だ。
さらに、長い間ナルトに片思いをしているヒナタも2組にいる。
「相手は、誰よ!!」
「それは秘密ーー」
がなり立てるサクラにいのは意地悪な笑みを浮かべるだけで名前を言わない。
そのうちに他の女子達も集まってきたが、誰もが「ああ、ナルトのことねー」と納得気味に頷き、噂になっているのは本当のようだ。
知らないのはサクラだけだったらしい。「・・・・ナルトに聞くからいいわよ」
「いってらっしゃいー」
「教えてくれるといいわねー」
いのと同様、からかうように笑う女子達に背を向け、サクラは駆け出した。
気持ちが悪い。
サクラにとって、ナルトが自分を好きなのは当然なのだ。
熱心に口説かれた結果、友達以上恋人未満の微妙な関係になっていたが、他の誰かに奪われるなど我慢ならなかった。
「何で逃げるのよーーーー!!!」
「追いかけてくるからだよーーー!!」
憤怒の形相で走ってくるサクラを見るなり、ナルトはとっさにその場から逃げ出していた。
『廊下、走るな』の張り紙が目に入ったが、もちろん止まらない。
ナルトがこの世で一番好きなのはサクラだが、一番怖いのもサクラなのだ。
何が理由だか分からないが、怒っているサクラから逃げるのは条件反射のようなものだった。「ゲッ!」
足を止めたナルトは、行き止まりになった音楽室の扉の前で震え上がる。
傍らに窓はあったが、ここは3階。
助けを求められそうな生徒も付近にいなかった。
「つーかーまーえーたーーーー・・・・」
「ひーーーー!!」
甲高い悲鳴を上げたナルトは一歩一歩険しい表情で詰め寄るサクラを怯えた瞳で見やる。
まるで殺人鬼のジェイソンに追いつめられた乙女のような心境のナルトは、サクラに服を掴まれ体を縮こませた。「さあ、分かりやすく順序だてて話してもらいましょうか。一体、浮気相手は誰なのよ!」
「・・・・えっ?」
とたんにきょとんとした顔つきになったナルトを、サクラは鋭い眼差しで牽制する。
「しらばっくれても無駄よ。キスしたんでしょう、2組の子と。相手の名前を言いなさい!」
「ああ・・・・そのことね」
合点がいったように頷いたナルトだが、いつまで待っても返答はない。
普段ならばサクラが脅せばすぐに言うことを聞くナルトが随分とおかしな態度だった。
「ナルト?」
「・・・・言えないよ、そんなの」
不機嫌そうに自分から視線を逸らしたナルトに、サクラは後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
ナルトが浮気相手をかばうとは、想定外だ。
自分よりも、彼女のことを思っているということだろうか。「さ、サクラちゃん」
「触らないでよ、もうあんたなんか知らない!」
自然と滲んできた涙を拭い、サクラは自分の肩に手を置くナルトを振り払う。
気の強いサクラが泣くのは、よっぽどのことだ。
観念したのか、大きなため息をついたナルトは頭をかきながら渋々声を絞り出した。
「・・・・山田だよ、山田。俺がキスした相手」
「へっ」
鼻の頭を赤くしたサクラは、目を見開いてナルトの横顔を注視する。
彼女の頭に浮かんだのは、2組に所属している少々ぽっちゃり系の男子生徒だ。「男じゃないの」
「男だよ。だから言いたくなかったんだよ、もーーー。休み時間に教室でキャッチボールしていたら、滑って転んでたまたま居合わせたあいつと・・・。キスっていうより顔面殴打だよ」
「・・・・」
「見ていたみんなは大爆笑で、噂が変に広まるし最悪だよー。サクラちゃんにまで妙な誤解されるしーー」
いのや他の女子達が意味深な笑いを浮かべていた意味を悟り、サクラは体から力が抜けていくのを感じた。
ナルトがなかなか口を割らなかったせいで、よけいな涙を流してしまった気分だ。
「で、どうだった?」
「えっ、何が?」
「キス」
神妙な顔で訊ねるサクラに、ナルトは男子生徒との事故の状況を思い出したのか、顔を思い切りしかめる。
「歯が当たって血が出るし、痛かっただけだって。サクラちゃんとのキスの方が何倍も良かったよ」
「そっか・・・・」
あらぬ誤解をされたことは迷惑だったが、にっこりと笑ったサクラを見ると、嫉妬されるのもたまには悪くなかった。