今すぐに私のものになって/今すぐ俺のものになってよ

 

 

「ちょっとサクラ、あそこにいる人、私の好みよ!!本当に保健室の先生なの?」
「ママ・・・・」
卒業式が終了し、校門の前で卒業生が下級生や恩師と写真を撮る中、サクラと並ぶ母はうっとりとカカシを見つめている。
どうやら男の好みは母と娘に共通しているらしい。
カカシが珍しくスーツを着て姿勢を正しているため、普段よりも男前に見えるのは確かだ。
「私があと10歳若くて、独り身だったら絶対放っておかないわ〜」
「・・・ママ、実は私、あの保健室の先生と結婚するって言ったらどうする?」
「えっ」
一瞬驚いた表情で固まったあと、サクラの母は笑い出した。
「あんな格好よくて大人の先生が、あんたみたいな子供を相手するわけないじゃない。どうしたのよ」
「そ、そうよね」

母と一緒に笑いながら、内心はがっくりと落ち込んだ。
サクラ自身が思っていることを、はっきりと言ってもらったように感じてしまう。
カカシが突然結婚話をしてきたときは驚いたが、あれ以来二人の間にそうした話題が出たことはなく、相変わらずキス止まりの関係なのだ。
そして今日、サクラは学校を卒業し、今までのように毎日顔を合わせることはなくなる。
会えなくなれば気持ちも離れていってしまいそうで、サクラは不安で仕方がなかった。

 

「サクラ、卒業おめでとう」
「カカシ先生・・・・」
母が担任だったイルカに挨拶に行き、一人になったサクラはカカシに声をかけられる。
「これでもう、先生と生徒じゃなくなるねー」
「・・・そうですね」
一緒にいられる時間が減るというのに、にこにことしているカカシをサクラは横目で睨む。
「サクラの顔を毎日見られなくなるのは寂しいけど、一ヶ月ちょっとの辛抱だし、頑張ろう。子供はサッカーチームが出来るくらい作ろうね」
「・・・・え?」
意味不明の言葉の数々にサクラが首を傾げると、遠くから母が戻ってくるのが見えた。

「あらあら、保健室の、えーと、カカシ先生でしたっけ」
「はい、はたけカカシです。こんにちは」
カカシがにこやかに挨拶をすると、サクラの母も嬉しそうに顔を綻ばせる。
「サクラがお世話になったそうで・・・」
「いえ。近いうちにお宅にご挨拶に伺おうと思っていたんですよ」
「えっ」
心配そうに会話を聞いているサクラを一度見て、カカシは彼女の母へと視線を戻す。
「サクラを俺にください」

 

 

4月のサクラの誕生日に合わせて式を挙げ、新婚旅行のあとはすでに購入してある新居で暮らすというのがカカシの計画らしい。
結婚してすぐ専業主婦にはならず、サクラは高校をきちんと卒業させます、とカカシは胸をはって言った。
「一ヶ月ちょっとの辛抱」という言葉の意味が分かったサクラだが、突然そうした話を聞かされた母は呆然とするしかない。
サクラは出張中の父がこの場にいないことを心から神に感謝した。
一人娘を溺愛する父が心の準備もなく娘の結婚相手と対面すれば、ショックで倒れていたことだろう。

「ごめん、あとから合流するからー」
友達同士の打ち上げの誘いを断ったサクラは、カカシの元へと駆けてくる。
「先生、うちのママ、何だか頭が痛いから先に帰るって」
「そうなんだー。一緒にご飯でも食べようと思ったのに、残念だなぁ」
誰が頭痛の原因なのかと胸の内で突っ込みを入れ、サクラは笑顔でカカシを見上げた。
「結婚って、本気だったんだ」
「俺はサクラには嘘はつかないよ」
微笑むカカシはサクラの背中に手を回して抱きしめる。

「先生ー、他の生徒が見てますよ」
「いいもん、サクラはもう卒業したし、俺も新しい職場に移ることが決まったんだから。思う存分イチャイチャしないと」
「そっか」
エヘヘッと笑うサクラは、頬をカカシの胸に押し当てる。
「ずっと離さないでね、カカシ先生」

 

 

 

 

境界線なんて僕らの間に存在しない

 

 

ナルトと同じく元気が取り柄のキバは、その日珍しく切なげな表情である女子生徒を目で追っていた。
上級生、下級生を問わず、男子に絶大な人気がある日向ヒナタだ。
顔が可愛く穏和な人柄、スタイルも良いとなれば他に文句を付けようがない。
一学年上のヒナタの従兄が目を光らせていなければ、すぐに男子生徒が群がっていたことだろう。
「誘えるはずないよなぁ・・・」
手元にある遊園地のペア入園券に視線を落とすと、キバは大きくため息をつく。
知り合いにもらったものだが、どうしても勇気を出せないのだ。

 

「どーしたのよ。元気ないわね」
「・・・・サクラか」
入園券をサクラに見せたキバは、頬杖をついたまま訊ねる。
「お前、俺と一緒に行く気あるか?」
「遊園地?いいわよ」
にっこりと笑うサクラは、キバの差し出す入園券の一枚を受け取った。
驚いたのはキバだけでなく、その後ろの席でつい会話を聞いてしまったサスケも同様だ。
「えっ、マジで!?」
「今度の日曜、10時に時計台公園の噴水の前ね。ちゃんとした服装で来てよ」
「おいおい、相手はサスケじゃなくて俺だぞ」
「分かってるわよ、そんなの」
念を押すキバに、サクラは怪訝そうに答える。

キバがちらりと様子を窺うと、内心はどうか知らないが、サスケは素知らぬ顔で本を読んでいた。
男友達を誘って行くよりは、女のサクラの方がまだ格好が付くかもしれない。
そもそもヒナタでないなら相手は誰でも一緒だ。
「10時だな」
「うん」
あまり乗り気ではなかったが、せっかくもらったチケットを無駄にするのももったいなかった。

 

 

まだ恋人未満の関係なのだから、サクラが誰とどこに行こうと関係ない。
裏切られたように感じたのはただのエゴだ。
家にいても落ち着かず、公園の植え込みに隠れるサスケは噴水の付近に目を凝らす。
キバは時間より少し前に現れ、足下には愛犬がぐるぐると走り回っていた。
「サクラはまだか・・・」
見上げると、憎らしいほどの晴天だ。
当日は土砂降りの雨になることを願っていたサスケとしては、実に不本意な結果だった。

「あっ、すみません・・・・」
ふいに後ろから押されたサスケは、やや前のめりになりながら振り返る。
その顔を見るなり仰天したサスケはつい噴水の前にいるキバに目をやり、それから再び彼女に視線を戻した。
「あれ、サスケくん。何でこんなところに??」
きょとんとした表情で首を傾げたのは、サスケと同じ姿勢で植え込みに隠れるサクラだ。
「お、お前こそ、何をやってるんだ」
「私は観察よ、観察。せっかくお膳立てしたんだから、上手くいくかどうか見届けないと」
「はあ??」

二人がこそこそと会話する間に、噴水の前に待ち人はやって来た。
水色のワンピースに大きめの胸を隠すようにジャケットを羽織ったヒナタを、愛犬を抱いたキバは呆然と見つめている。
「きょ、今日は誘ってくれて、有り難う」
「え・・・・」
「サクラちゃんが、これ、キバくんから預かったって」
はにかんで笑うヒナタは、鞄から遊園地の入園券を取り出す。
キバがずっとヒナタを眺めていたことを知っていたサクラが、彼に代わって彼女に声をかけたのだろう。
感動に打ち震えるキバは、このときほど他人に感謝したことはなかった。

 

「お前、最初からこのつもりで・・・・」
「そうよー。キバがヒナタを好きなことなんて、見てればすぐ分かるじゃないのー」
にこにこと笑うサクラは、ふと気づいたように傍らを見やる。
「そういえば、サスケくんも今日は二人のことが気になってここに来たの?」
「あ、ああ、そうだ」
もちろん、といった風に頷くサスケに、サクラは「友達思いねー」と感心している。
いつ自分の計画をサスケにもらしたのか疑問に思ったが、知らないうちに話していたということで、納得していた。
それ以外にサスケがここにいる理由など考えつかない。

キバとヒナタが歩き出したのを見届けて、サクラはようやく屈めていた体を伸ばして深呼吸をする。
「ヒナタも何だか嬉しそうだったし、上手くいくといいわよねー」
「そうだな」
肩の荷が下りた気持ちのサスケは、晴れやかな笑顔を浮かべるサクラに微かな笑みで応える。
「サスケくん、今日暇ならキバ達を追いかけて遊園地に行きましょうよ。一緒に行ったことなかったでしょう?」
サスケの手を引いて強引に歩き出したサクラは、少しも抵抗する力が加わらないことに、訝しげな表情をした。
「あれ、「誰がそんなところに行くか!」とか、言わないの?」
「言って欲しいのか?」
慌てて首を横に振るサクラを見て、サスケは苦笑を漏らす。
心が妙に軽くて、サクラの言うことをたまには素直に聞いてもいいような気がしたのだ。
憎らしいと思っていた天気は今となっては有り難く、戸惑うことの多いサクラの掌はいつの間にか離しがたいものに変わっていた。

 

 

 

 

 

泣いてほしいと願っているのかも

 

 

「彼、私よりずっと考え方が大人だから。少しくらい我が儘言っても聞いてくれるのよ」
「へー・・・・」
教室で友人の話を聞くサクラは、年上の恋人がバイトした金で買ってくれたというプレゼントを見て、相槌を打った。
サクラは物にはあまり執着がないが、テスト前になると勉強をみてもらえるのは羨ましいと思う。
サクラの場合は逆にナルトに教える立場だ。
「いろいろ甘えさせてくれるし」
「ふーん・・・・」
始終ナルトに甘えられているため、これもまた自分とは縁遠い話だと考えてしまった。
側で見ていないとどうも危なっかしいナルト。
頼りがいのある、年上で大人の恋人に少し憧れていると言ったら、また泣いてしまうにちがいない。

「あれ、サクラ、風邪なの?」
小さく咳き込んだサクラに、友人は怪訝そうに声を掛けた。
「あー、平気。熱はないし、ちょっと咳が出て喉が痛い程度だから」
「そう。お大事に」
授業開始のチャイムを合図に、友人はそそくさと自分の席に戻っていく。
「あれ?」
ふと斜め前の机に目をやったサクラは、そこに見慣れた金髪の後ろ姿がないことに気づいた。
次はナルトが一番苦手とする数学の授業だ。
「またさぼったのね・・・・」
目をつり上げたサクラは、険しい表情で空席を睨む。
嫌なことから逃げ回って、結局テストの前にサクラに泣きつくことになるのだ。
一度強く言っておいた方がいいと、握り拳を作ったサクラは固く心に誓った。

 

ナルトがエスケープしたのは一時間目の授業だけで、次の休み時間にはしっかりと教室に戻ってきた。
そして、サクラの姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。
「サクラちゃ・・・・」
「ナルトーー!!!!」
何かを言いかけたナルトを遮ると、サクラは怒りの形相で彼に詰め寄った。
「あんた、この前の数学の成績散々だったのに、授業さぼるなんていい度胸してるわね!!!また赤点取りたいの!」
「ご、ご、ごめんってばよ」
畏縮するナルトは、すでに涙目になっている。

「あの、サクラちゃん、風邪は・・・・」
「そんなのもう治ったわよ。もともと、少し喉が痛いだけだったんだから」
「・・・・そう」
肩を落としたナルトは悲しげに目を伏せた。
サクラはさらにナルトがどこに言っていたか聞き出そうとしたが、チャイムの音が耳に入る。
すごすごと自分の席に戻っていくナルトを、サクラは興奮さめやらぬ様子で見守った。
「ねえねえ、サクラー」
「何よ」
後ろから肩を叩かれたサクラは、思わず厳しい声音で応える。
「あのー、あんまりナルトを怒らないであげてよ。たぶん、前の授業さぼったのって、私のせいだから」
「えっ?」

 

 

朝から咳をしていたサクラを、ナルトは非常に心配していたらしい。
どうすれば治るかを訊ねられたいのは、「咳や喉の痛みには、飴がいいんじゃないのー」と適当に答えたそうだ。
思えば、先程教室に入ってきたナルトは紙袋を持っていた。
授業をさぼるのはいけないことだが、自分のだめに飴を買いに行ったのかと思うと頭ごなしに叱りつけたことをサクラは反省する。
二人は昼休みに屋上で弁当を食べる習慣だったが、ナルトがまだびくついているのは、また叱られると思っているからだろう。

わざとらしく咳払いをしたサクラは、ナルトの顔をちらちらと見ながら声を出す。
「あー、何だか午後になったらまた咳が出てきたみたい。のど飴でもあれば、助かるんだけど」
その瞬間、表情を明るくしたナルトは、鞄からいそいそとハーブ入りの飴を取り出した。
「サクラちゃん、俺、のど飴持ってるってばよ!!」
「もらっていいの?」
「もちろん」
甘みが少なく妙に苦みの残る飴だったが、サクラは無理矢理笑顔を作ってナルトの頭を撫でる。
「有り難うね」
「うん」

好意そのものといった眼差しを向けられるサクラは、どうも気恥ずかしくて俯いてしまう。
あまりに素直で、分かりやすい。
この先ナルト成長して「頼りがい」などという言葉が似つかわしくなるのは、一体何年先になるか。
それでも、もう暫くはドジで泣き虫なままでいて欲しいような気もするサクラだった。

 

 

戻る