キスさせてくれたら許してあげる
「あれ、田中先生お休みなんですかー?」
職員室に顔を見せたカカシが何気なく訊ねると、とたんに周囲の教師達が喋るのを止めた。
しんとした職員室で、カカシは一人目を瞬かせる。
「あのう・・・」
「ちょっと事件を起こしまして、今は休職処分なんですよ、田中先生」
棒立ちになったカカシに、近くにいた教師がぼそぼそと耳打ちする。
穏和な田中教員の顔を思い出したカカシは、怪訝そうに首を傾げた。
「何でまた?」
「教え子の女子生徒に手を出したそうですよ。休日に自宅に連れ込んだそうで。全く、教師の風上にも置けない・・・・」
眉を寄せて答えた彼に、カカシはごくりと唾を飲み込んだ。「あれ、カカシ先生顔色悪いですよ。風邪ですか?」
「あ、そう、そうなんです。それじゃあ、これで」
「お大事にー」
踵を返したカカシは心配そうに声をかける教師達に頭をさげ、部屋をあとにする。
まさに今、気になる女子生徒がいるカカシには耳が痛くなる言葉の数々だ。
教師達の神経がぴりぴりしているのだから、彼女からなるべく距離を置こうと心に決めたカカシだった。
「ああ・・・もう・・・・」
自分の職場である保健室に戻ったカカシは、早くも決意を揺るがすその事態に頭を抱えて蹲る。
カカシが普段寝泊まりをしているベッドに、桃色の髪の少女が入り込んでいた。
近頃頻繁に保健室にやってくるサクラは、全く遠慮せずに勝手に茶を入れて飲んで帰る気ままぶりだ。
近づいて顔を覗き込むと、体調が悪いようには見えず、すやすやと寝息を立てている。
なかなか帰ってこないカカシを待っているうちに、ここで眠ってしまったのだろうか。
「おーい、もうお昼休み終わってるぞー」
小さく呼びかけてみても、寝言らしいものを呟いただけで彼女は依然眠り続けている。
愛らしい寝顔に加えて妙に良い香りが鼻腔をくすぐり、カカシの中の「理性」という言葉はあっという間に崩れ去った。「ちょっとくらい・・・いいよね」
彼女が目を覚まさないことを祈りつつ、唇を合わせたカカシは何ともいえぬ柔らかな感触に胸がドキリとする。
そして、唐突に開いた緑の瞳を間近に見つめ、死にそうなほど驚いた。
自分が何をしたのか気づいたのは、慌てて飛び退いた後のことだ。
「ああ、あの・・・ご、ごめ・・・」
「ファーストキス・・・・」
「えっ」
「今の、私のファーストキスなの。どうしてくれるのよ」
眉間に皺を寄せて身を起こすサクラは、寝起きのためかすこぶる機嫌が悪い。
いや、理由はカカシが勝手な行動を取ったせいもあるのかもしれない。
「乙女の唇を無断で奪った罪は重いわよ」
「・・・・はい」
もはやどのような裁きでも受けるといった心境のカカシは、サクラに手招きをされてベッドに近づく。
だが、よく見ると、ドスの利いた声とは裏腹にサクラの顔は満面の笑みだ。
「キスさせてくれたら許してあげる」
演技をやめたサクラはカカシに思い切り抱きついてくる。
田中教員の顔が頭にちらりとよぎったものの、腕の中にある暖かなものを手放すのは、何とも惜しい。
「カカシ先生、大好きv」
炭酸飲料は振ってからオープン
テストでは全教科100点満点の成績で、常に学年主席のサクラと同様に、サスケも通常ならばTOP10に入る優秀な生徒だった。
しかし、前回の中間テストで数学の点数が低かったサスケは順位が30位以下と大幅に落ち込んでしまう。
理由は試験前に一週間風邪で授業を休んだせいだ。
元々苦手な教科だっただけに、一人で学ぶにも限度がある。
そして、毎日足繁く職員室に通ったサスケの熱意を評価し、数学の教師は放課後に彼の補講を決めたのだった。
「数学なら私がいくらでも教えてあげるのにー。手取り足取り尻取り」
「出ていけ」
補講を行う会議室をうろちょろしていたサクラは、サスケに首根っこを掴まれて廊下へと摘み出される。
「何よ、ケチーー!!!邪魔しないから、そばにいるくらいいいでしょー!」
「気が散る。さっさと帰れ」
「ひどいーーー、サスケくんの馬鹿ーーー、浮気者ーーーー!!」
サクラは暫くの間扉を叩いて抗議したが、やがて観念したのか離れていく足音が聞こえてきた。
ホッと息を付いたサスケが扉を押さえていた手を離すと、数学の女教師が意味ありげに笑っている。
「随分と仲良しなのねー」
「・・・・そうでもないです」
サクラが補講に付き合うと言って聞かなかったのは、相手の教師が20代前半の色気のある美人だったからだ。
二人きりにしてもしものことがあればと、気が気でない。
もちろん当人達にそうした雰囲気は微塵もないのだが、それでも心配なのが恋する乙女心だった。「じゃあ、始めましょうか。うちはくんが休んだときにやってたのは、この辺りまでよね」
「はい。この数式が・・・・」
席についてようやく教科書を開いたそのときに、唐突に扉が開かれた。
サスケと女教師が同時に振り向くと、そこに立っていたのは、肩で息をするサクラだ。
「お前・・・」
「差し入れよ!!これを置いたら本当に帰るわ」
機先を制したサクラは、サスケが怒鳴りつける前に飲み物が入ったビニール袋を指し示す。
そして、机にコーラの缶を置くとにっこりと微笑んで言った。
「これでも飲みながら、お勉強頑張ってね」
「・・・・・・」
サスケが炭酸飲料は苦手なことを知っていて、嫌がらせをしているのだろう。
文句の一つも言ってやりたかったが、これでサクラが大人しく引き下がるなら易いものだ。
「正直に言えばいいのに。春野さんと同じ高校に進学したいから、頑張って勉強してるって」
サクラが出ていくと、女教師はくすくすと笑いながらサスケを見やった。
図星を指されたサスケは、それを否定することも出来ずに横を向く。
「でも、何で春野さんに教わらないの。春野さんだったらたぶん私よりずっと数学の知識はあると思うわよ」
「集中出来ないんです。あいつが一緒だとすぐに話が脱線して、お茶を飲みに行こうだの、映画に行こうだの」
「それで、逆らえないから近づけないようにしてるんだ。なるほどー」
「・・・・・」
明らかに楽しんでいる口調の女教師に、サスケは憮然とした表情になった。
これ以上突くと爆発すると判断したのか、彼女はぴたりと笑うのをやめて教科書に向き直る。
「じゃあ、始めましょうか」
「はい」
サクラからの差し入れの紅茶の缶に口を付けた教師は、真面目な表情で補講を始める。
そしてサスケも何ら疑いを持つことなく缶のプルタグを引いたのだが、その直後、サクラの嫉妬の威力を十分に思い知る結果となったのだ。「か、彼女、本当に可愛いわねーー。ああいう子好きよ」
勢いよく中身が吹き出し、コーラまみれになったサスケを唖然として見ていた女教師は、状況を呑み込むなり大爆笑していた。
額に手を置いたサスケは、何とか平常心を取り戻そうと深呼吸を繰り返す。
「・・・・・あげませんよ」
いちゃつくなら他所でお願い
「最近、サクラちゃんに避けられてる気がするってばよ・・・・・」
肩を落とすナルトは今にも泣きそうなほど目を潤ませていのを見つめた。
廊下で呼び止められたいのにすれば、この場で泣かれては、彼女が何かひどいことをしたようで焦ってしまう。
「気のせいよー。あんた達、いつもラブラブじゃない」
「あー、まあ、サクラちゃん三日に一度はうちに泊まりに来てるし、端から見るとラブラブかもしれないけどさ。でも、休み時間はいつもどこかに姿を消すし、放課後も先に帰っちゃうことがあって、近頃不審な行動が多いんだよー」
「・・・・そうですか」
聞いているのが馬鹿馬鹿しくなってきたいのだったが、肩を掴まれている状態では逃げるに逃げられない。
「心配だー、心配だー」と繰り替えすナルトの話を聞いているうちに、休み時間が終わってしまった。
おかげでトイレに行く時間がなくなったいのは、不満で一杯だ。
「ねーねー、いの、こんな感じでどうかな?」
刺繍とアップリケの付いたTシャツを「うわっ、ダサッ!!!」と思ったいのだが、サクラがそれを大真面目に作っている事実を知っているために、滅多なことは言えない。
「・・・・い、いいんじゃないの。そろそろ完成ね」
「うん。ナルト、喜んでくれるかなぁ」
慣れないことをして針で刺したのか、指を絆創膏だらけにしつつもサクラは満足そうな表情だ。
可愛い狐のキャラクターと『NARUTO』と名前の入ったTシャツは、もちろん彼へのプレゼントだった。「バレンタインにはちょっと間に合わなかったけど、その分愛情はたっぷりこめたのよ」
「あー、サクラ、彼氏が教室に近づいているわよーー」
「え、本当!?」
教室の入り口で立ついのの報告を聞いたサクラは、慌ててそれを鞄の中に詰め込む。
プレゼントをするまで内緒にして、びっくりさせる計画なのだ。
「あともうちょっとで出来るのに、ナルトが周りをうろちょろするから大変よ。いのも絶対に黙っていたね」
「はいはいーー」
適当に相槌を打ったが、サクラに頼まれて見張りをしていたせいで、休み時間が終わってしまった。
おかげでトイレに行く時間がなくなったいのは、不満で一杯だ。
「見てくれよー、これ、いかしてるだろーー」
「あー、素敵、素敵」
学生服の前を開け、満面の笑みでTシャツを見せびらかすナルトに、いのは顔をしかめて頷いた。
だが、幸せの絶頂にいるナルトには迷惑そうないのの態度に気づく余裕はない。
「俺のためにサクラちゃんが何ヶ月もかかって・・・・ううっ」
「あーもー、あんた本当にすぐ泣くわよね。ほら」
「あ、有り難うー・・・」
ハンカチを手渡されたナルトは、それで涙を拭いつつ勢いよく鼻をかむ。
くしゃくしゃになったハンカチを返そうとしたナルトを、いのはもちろん拒絶した。「それでさ、サクラちゃんがさ・・・」
「あのさー、いちゃつくのはいいけど、いちいち私に報告しに来なくていいから。どっか私の見えないところでやって」
「えー、何で??」
またしても休み時間にナルトに掴まったいのは、きょとんとした顔で首を傾げるナルトから数メートル先にあるトイレに視線を移し、ぽつりと呟いた。
「そのうち膀胱炎になりそうだから」