子供扱いされたくないから

 

学校内は基本的に禁煙だ。
教師の中には愛煙家もいるが、校舎の外の決められた場所で吸わなければならない。
もちろん、保健室で寝泊まりしているカカシはその範疇ではなかった。
廊下で煙草を銜えているところを見つかっては、生活指導の教師に怒られている。
基本的にマイペース、あまり人の話を聞かずただ好きなように過ごすことがカカシのモットーなのだ。

 

トイレから戻ったカカシが保健室の扉を開けると、椅子に座り、煙草をくゆらせる後ろ姿が目に入る。
不在中、保健室に入り込んでくつろいでいるのはいい。
しかし、喫煙は許すわけにはいかなかった。
「サクラー、引き出しの中また勝手にいじったなー」
「見られて困るものばっかり入れてるのが悪いのよ」
椅子をきしませて振り向いたサクラは、カカシの愛読書である18禁本をぺらぺらと捲ってみせる。
「こらこら」
足早にサクラに近づくと、カカシは彼女の手から愛読書を奪い取る。
そして、吸いかけの煙草を摘むと、自分の口元に持っていった。

「学校は禁煙ですー」
「俺はいいの。子供は駄目」
不満げに抗議するサクラだったが、美味そうに煙草を吸うカカシは平然と答えた。
カカシにかまって欲しかっただけで、本当は煙草に興味がないとはいえその言い分がサクラの気に障る
「何よ、子供扱いして!」
「サクラは子供じゃないの」
「大人よ。生理だってあるんだから」
「体よりも社会的立場のことですよ」
淡々と会話をしながら、「そうか、初潮はもうきていたのねー」とカカシはよけいなことを考える。
あまりに凹凸の少ない体のため、発育不良なのではと少々心配していたのだ。

 

「女の子は将来子供を産む大事な体なんだから、なるべく煙草は吸わない方がいいのよ」
「・・・カカシ先生ってば、どっかの心配性のおばーちゃんみたい」
珍しく叱責されたサクラは、口を尖らせてそっぽを向く。
「今が良ければ別にいーじゃない。私の将来の子供のことなんて言われたって現実味ないわよ。先生に関係ないし」
「あるよー」
カカシは机の上に出しっぱなしになっていた消毒液を棚に戻しながら声を出す。
彼の後ろ姿を見つめるサクラは、椅子の上で足をぶらぶらと動かした。

「あるの?」
「サクラ次第」
棚のガラス戸を閉めたカカシは、サクラと目が合うとにっこりと笑う。
「もう煙草吸わない?」
「・・・・うん」

 

 

 

 

 

コンビニで買ったチューペットを半分コ

 

「サスケー、これ、前から回ってきた」
「あ?」
授業中、こそこそと話しかけてきたキバを見たサスケは、てっきり何かのプリントが配られたのかと思った。
素直に手を伸ばしたのだが、キバに渡された物は授業には何ら関係のない物だ。
裸の女性がポーズをとる写真集。
思わず声をあげそうになって、サスケは慌てて口元に手を当てる。
「お前にも貸してやるってよー。中はもっと凄いぜ」
「いらん」
にやつくキバに、サスケは目くじらを立てて本を押し返す。
教壇に立つイルカが丁度テストに出るという肝心な数式について語っているというのに、いい迷惑だった。
ナルトと学年最下位の成績を争うキバと違い、サスケは優等生なのだ。

「ま、お前には必要ないだろうけどなー」
「話しかけるな」
「サクラがいるから、こんなの見なくても平気なんだろ」
「・・・・・」
ぺらぺらとページを捲るキバは、サスケの目が段々と険しくなっているのを気にせず話し続けた。
「キスくらいは当然すませてるよな。やっぱり、それ以上も進んでるのかー?サクラは・・・」
「先生」
唐突に、椅子を引いて立ち上がったサスケは手を挙げてイルカに合図する。
「ん、どうしたサスケ?何か質問か」
「犬塚くんが授業中にいやらしい本を読んでいます」

密告(?)によりキバは放課後に居残り勉強を余儀なくされ、女子達からは軽蔑の眼差しを向けられる日々を送ることになる。
キバの恨みがましい視線など、痛くもかゆくもないサスケだった。

 

 

 

サクラが年中ひっついて歩いているため、周囲からは付き合っていると認識されているようだが、実際はそう親密な間柄でもない。
授業が終わったあとに、一緒に周りをうろついて帰るだけだ。
この日もサクラはうちは家に上がり込んでいたが、キバとのやり取りのおかげでサスケは妙にそわそわとしている。
今まで何も考えていなかったとはいえ、サスケは一人暮らしをしているため、常に二人きり。
何があっても邪魔が入る心配はない。

「サスケくん、食べないのー?」
サクラの口元を眺めてぼんやりとしていたらしいサスケは、突然声をかけられハッとなる。
手にはコンビニで買ったチューペットの片割れを握りしめていた。
凍らせてあるため、シャーベット状のアイスキャンディーとなっているのだ。
「もしかして、メロン味よりパイナップル味の方が良かった?」
「お、俺は別に、何もやましいことは考えてないぞ」
「・・・・そう?じゃあ次はオレンジ味かしらね」
どこかちぐはぐな会話をしながら、サクラは二本目のチューペットをどれにするか物色し始めた。

菓子を買い与えたために、まだまだ長居するつもりのようだ。
ふと見ると、無造作に投げ出されたサクラの足はスカートが捲れ太股まであらわになっている。
もともとクラスの女子の履いているスカートは異様に短い。
落ち着かない気持ちで目を逸らしつつ、下手に注意して、意識していると思われるのも癪だった。

 

「やっぱりメロン味はいやなの?もう半分溶けちゃってるよ」
「あ」
サスケが答える前に、食べかけのチューペットの片割れを奪ったサクラは素早く口にふくむ。
「えへへー、サスケくんと間接チューv」
「ば、馬鹿!意地汚いことするなよ」
「ごめんなさい」
素直に謝罪したが、サクラは悪びれた様子もなくにこにこと笑っている。
サクラの何気ない行動に翻弄されるサスケは、鼓動の早くなった胸に手を当てながら、キバを怒らせたことをほんの少し後悔した。
このままでは、それ以上どころか、キスにたどり着くまでに心臓が悪くなりそうだ。
少しは、その類の本を目にして免疫をつけておいた方が良かっただろうか。

「サスケくんー、今日、泊まっていってもいい?」
「駄目だ!」
無邪気に笑うサクラが心底恨めしかった。

 

 

 

 

 

頼むよ、お願い、プリーズ!

 

「頼むよ、お願い、プリーズ!」
「またなのーー?」
両手を合わせて頼み込むナルトに、サクラは自分の英語のノートを手渡す。
宿題の英訳を忘れてきたらしい。
授業中に居眠りばかりしているナルトは教師に目を付けられ、今日宿題のノートが真っ白ならば夏休み返上で補習を受けることに決まってしまう。
国語も、数学も、全ての教科でナルトの成績はどん底なのだ。
「たまには自力でやってきなさいよ」
休み時間を利用し、せっせとノートを書き写すナルトに、サクラは呆れながら言う。
ナルトはしっかり頷くが、どうせ同じことを繰り返すに決まっていた。

「サクラちゃん、サンキューv愛してるってばよ」
何とか授業開始のチャイムの前に作業を終了したナルトは、自分の席に向かいつつ投げキッスをしてみせた。
頼みごとのあとに聞きたくない台詞だと思いながら、サクラは苦笑で応える。
いつまでたっても頼りなく、子供っぽい。
だからこそ、サクラはナルトがいとおしい。

 

「春野さん・・・」
「えっ?」
振り向くと、後ろの席の女子が怪訝そうな表情でサクラを見つめている。
数週間前に転入してきた生徒で、席が近いこともあり、サクラとは親しい間柄だ。
「春野さん、うずまきくんと付き合ってるって、本当なの?」
「うん」
「何であんなガキっぽいのが春野さんの彼氏なの。何かって言うとサクラちゃん、サクラちゃんって、うざくない?」
「・・・・・」
サクラが黙り込むと、彼女は慌てて言葉を繋ぐ。
「ごめん。でも、春野さんなら頭がいいし、可愛いし、もっと素敵な恋人を作れるんじゃないかと思って・・・」
「確かに、ナルトってばいつも馬鹿ばっかりやってるけど、いいところも沢山あるのよ」
少々面白くない気持ちだったが、相手が転入してきたばかりということもあり、サクラはやんわりと笑って言う。
「それに、ナルトが私を必要としているんじゃないわ。私がナルトを必要としているの」

 

 

 

あれは、中学に入りたての頃だろうか。
担任のイルカに頼まれ、数学で0点を取ったナルトに勉強を教えてやって欲しいと頼まれたのだ。
クラス委員で主席の成績のサクラならば、安心して任せられると言われた。
冗談ではないと思ったものの、教師達の印象を悪くしたくなかったサクラは、渋々それを承諾する。
そして、それがナルトと付き合いだしたきっかけになったのだから、人生というものは分からない。

 

「サクラちゃん、どうかしたの?」
ナルトの心配そうな声を聞いて我に返り、サクラは慌てて机に向き直った。
放課後に図書館でナルトと参考書に目を通していたのだが、ぼんやりとしてしまったらしい。
「平気よ。それより、問題は解けたの?」
「・・・・・」
サクラがノートをチェックすると、先ほどから全く鉛筆が止まっていた。

「説明したばかりじゃない!!!ここにも書いてあるのに、あんた、日本語が読めないの!?」
「・・・・ごめんってばよ」
しゅんとしたナルトを見て、サクラは口をつぐむ。
また、言い過ぎてしまった。
近頃サクラはクラスメートの友達とうまくいっていないため、そのイライラをついナルトにぶつけてしまうのだ。
成績が優秀すぎるせいか他の生徒達から浮いてしまい、さらには教師達におべっかと遣う嫌味な女子と思われているらしい。

 

「サクラちゃんって、本当に凄いってばよ!!」
一つ一つ問題を丁寧に解いて教えていくサクラの話を聞きながら、ナルトは目を丸くしている。
「魔法使いみたい!!」
「・・・・別に、こんなの教科書読んでいれば誰でも出来るわよ」
「そんなことないよ。先生の話聞いてるよりずっと分かりやすいし、楽しい」
戸惑うサクラに、ナルトはにっこりと笑いかける。
その笑顔が全く裏表のないものだったから、サクラの心にあったモヤモヤが、ふいに綺麗に拭い去られたような気がした。
「サクラちゃんは、本当に勉強が好きなんだね」
「・・・・みんなみたいに、ガリ勉って言いたいわけ?」
つい棘のある声を出してしまったが、ナルトは気にした風もなく笑顔のままだ。

「人によって、絵を書くことが好きだったり、本を読むのが好きだったり、野球が好きだったり、いろいろあるけど、サクラちゃんは学ぶことが好きなだけでしょう。ガリ勉とかって、別に悪く考える必要ないんじゃないの。俺は自分が苦手なことを好きでいるサクラちゃんを、尊敬してるよ」
「・・・・・」
「ねっ」
にこにこと笑うナルトの言葉がすんなりと胸に響き、サクラは何故だか涙が出てきそうになった。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたのに、自然と人を諭す力を持っているナルトの方がずっと大人だ。
そして、この日からサクラにとってナルトは、大切な心の支えとなる存在になったのだった。

 

 

 

「サクラちゃん、箸、忘れたーー」
昼休みになると、コンビニで買った弁当を持ったナルトがサクラに泣きついてくる。
「はいはい、ちゃんと予備のお箸を持ってきてるわよ」
「本当!?あー、良かったー」
サクラの前の席に座ったナルトはホッとした様子で笑みを浮かべる。
正直で、嘘がつけず、誰よりも純粋なナルト。
彼に好きだと言ってもらえている間は、サクラは胸を張って生きていけるような気がするのだ。

 

 

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