期待してもいいの?
休み時間にサクラが訪れたとき、カカシがすっかり私物化している保健室は最悪な状態だった。
サクラが風邪で数日休んだだけで、荒れ放題となっている。
捨てずにたまったゴミ袋が床にいくつも転がり、流し台には洗い物の山、洗濯物もカゴにぎっしりと積まれていた。
「全く、小さな子供じゃないんだから、自分でちゃんと片づけて欲しいわよ」
「・・・・何で俺まで」
箒を使うサクラの傍らで、雑巾がけをするナルトはげんなりとした口調で言う。
「何か言った!?」
「いえ、何も」
たまたま保健室の前の廊下を通りかかり、掃除の手伝いをさせられているナルトにすればいい迷惑だが、サクラには逆らえない。
主であるカカシはどこにいったのか、先ほどから姿が見えなかった。
どのみち手伝わずにごろごろしているのだから邪魔なだけだが、いなければいないで気に障る。「サクラちゃん、これ、捨ててもいいのかなぁ」
「えー??」
ナルトが古い雑誌を何冊か手に持ったとき、間に挟まれていたものが床に滑り落ちた。
立派な台紙に入った写真で、中には綺麗な着物を着た女性が微笑みを浮かべて写っている。
「・・・・・これって、もしかしてお見合い写真?」
「・・・・」
もしかしなくても、絶対にそうだ。
写真を拾おうとして座り込んだサクラは、ショックのあまりそのまま動けなくなってしまう。
「あっ、先生が帰ってきた」
廊下を移動する健康サンダルの音に反応したナルトが振り返るのと、扉が開くのはほぼ同時だった。
「あれー、掃除してくれてるの?有り難うねぇ」
「先生先生、これ、見たってばよ!!」
サクラが止めようとしたときはすでに遅く、写真を持って立ち上がったナルトはそれをカカシの目の前に持っていく。
「この人とお見合いするの!!?すげー美人で、羨ましいってばよ!」
「あー、それ。見ちゃったんだ」
カカシはちらりとサクラに視線を投げたが、彼女は俯いたままで表情が分からない。
「校長先生の薦めでね。受け取ったけど、やっぱり断っちゃったよ」
「ええーー、何で!!!?もったいない」
「・・・・・」
ようやく顔を上げたサクラに、カカシはにっこりと笑いかける。
「他に好きな人がいるから」その瞬間、彼と目が合ったサクラは顔を耳まで赤くした。
二人の目配せに全く気づいていないナルトは、不思議そうに質問を続ける。
「好きな人って??先生あんまり外に出ないし、この学校の先生とか?」
「先生じゃないけど、今、この保健室にいるよ」
かなり具体的になったというのに、鈍いナルトはまだ首を傾げている。
「え、ここにいるって、もしかして・・・・・・・・・・・・お、俺!?」言葉にするなり、青い顔になったナルトは急にカカシから距離を取って壁に張り付いた。
「お、お、お、俺は、サクラちゃんのこと好きだから、駄目だったばよ!!男に興味ないし!!!」
「・・・・・俺だってないよ」
慌てるナルトと眉を寄せるカカシの会話に、サクラはたまらず吹き出した。
「ナルトってば、可笑しいーー」
サクラの笑いは暫く止まらなかったが、カカシが呆れている理由も含めて、ナルトには分からないことばかりだった。
お勉強会はポテチとビデオ持参で
「お帰りなさいませ、ご主人様〜〜vvv」
「・・・・・・・・・・・」
買い物から帰宅したサスケを出迎えたのは、留守の間管理を任せている家政婦、ではなくメイドだった。
「食事のしたく出来ていますよ。それとも、先にお風呂ですかーー??」
ひらひらのエプロンドレス姿で微笑むサクラの襟首をサスケは無理やり引っ張る。
そのまま家の外へつまみ出そうとしたが、とっさに柱に掴まったサクラは何とか留まろうと必死だ。
「待ってよサスケくんーーー!!ちょっとメイドで新婚さんごっこをしただけじゃないのー!」
「不法侵入だ。警察を呼ぶぞ」
「テスト前の一週間、一緒にお勉強会をするって約束したじゃないーー!!!ちょっと早めに着いたから、家の中いろいろとお掃除してあげたのに」
そう言われるとそんな話をサクラがしていたような気もするが、サスケは肯定した覚えはない。
「どうやって入った」
「この前来たとき、スペアキー見つけたから勝手に合鍵作っちゃったv」
「没収」
鍵を二つとも奪われたサクラは、「ひどいーーーー!!!」と泣き叫んでいる。
実はもう一つ予備で鞄に入っているのだが、それだけは絶対に死守だ。「お前、まさかその格好でここまで来たんじゃないだろうな・・・」
「ううん、ここで着替えたのよ。サスケくんはむっつりスケベーだから、絶対これでイチコロって言われたのに・・・・。おかしいなぁ」
「・・・・・誰の情報だ、それは」
「同じクラスの犬塚キバ」
なんとなく予想していた答えに、サスケは大きくため息をつく。
「あっちの部屋で、さっさと着替えて来い」
「うん。あっ、そうだ、これお土産」
サクラがサスケに渡したのは煎餅の詰め合わせとポテチとビデオテープだ。
サクラは大抵何かしらおやつを持ってくるが、妙な取り合わせだった。
「お煎餅は私が買ったんだけど、サスケくんの家に行くって言ったらチョウジがポテチ、キバがこのテープをくれたの」
見ると、ビデオテープには何もラベルが貼っていない。
「勉強になるから二人で見ろって言われたけど、英会話のビデオかしらね?」
非常に嫌な予感がして、サクラが着替えている間にテープをチェックしたのは正解だった。
テープを再生してまず出てきたのは、いかがわしい洋物の映画のタイトルだ。
冒頭から金髪美女がセクシーなドレスで登場し、内容は英会話とはいえテスト勉強の役に立ちそうに無い。
サクラが戻ってくる前に早々に再生を停止したサスケは、それを彼女の目の触れない場所に隠した。「サスケくんー、じゃあ勉強始めましょうか。今日は何の教科からやる?」
制服に着替えて机の前に座ったサクラは、付けっぱなしになっていたTVを見やる。
「そういえば、あのテープどうしたの?」
「勉強には関係ない。スポーツ番組が録画してあった」
「何だー。そういえば、ワールドカップが始まったし、サッカーの試合の?」
「ああ」
淡々と答えるサスケは机に数学の教科書と参考書を広げる。
「サクラ」
「ん?」
「あんまりキバに近づかない方がいい」
「えっ、何でー??」
「馬鹿がうつる」
弁当にトマトを入れるのだけは勘弁
「今日、何だかサクラちゃんの様子が変だったてばよ」
「・・・・またなの」
いつもの調子でナルトの相談に乗るいのは、あきれた口調で言う。
幼い頃から一番身近にいたいのに聞けば、サクラのことは何でも分かるため、ナルトはどうしても頼ってしまうのだ。
「変ってどこがー?」
「口数が少ないっていうか、ぼんやりしているっていうか・・・」
「あんたが何かサクラの機嫌を悪くすること言ったんじゃないの。よく考えてみなさいよ」
「うーん・・・・」
腕を組んで考え出したナルトは、はっとした様子で顔をあげる。
「もしかして」
「何なの??」一人暮らしをしているナルトのために、サクラは毎日弁当を作ってきている。
その弁当の内容に、昨日ナルトがクレームをつけたのだ。
「それはひどいわねー。サクラだって毎朝早起きして一生懸命作ってるのに」
「だって、俺ってば野菜が苦手だから、入れないで欲しいって言っただけだってばよ」
「それが我が侭だってのよ。サクラだって、あんたの体を思ってやってることなんだから」
「・・・・・うん」
反省したナルトはがっくりとうなだれる。
「理由はそれねー。何とかしないと、サクラに捨てられるわよ」
「そんなの嫌!!」
野菜は嫌いだが、サクラのことは何があっても手放したくない。
だとすれば、ナルトの取る道は一つしかなかった。
放課後、委員会の仕事を終えて帰路についたサクラは、校門前にいる人影を見て首を傾げる。
先に帰るよう言っておいたはずのナルトが、そこに立っていた。
「あれ、待っていてくれたのー?」
「サクラちゃん!!!」
サクラの前に立ちはだかったナルト、いつになく真顔だった。
夕日を背に立つナルトの勢いに呑まれたサクラは、怪訝そうに目を細める。
次に、ナルトが無造作に懐から取り出したのは、熟して真っ赤になったトマトだ。
目を瞑り、思い切ってそれにかぶりついたナルトを、サクラは唖然として見つめている。「お、俺、野菜嫌いが治ったってばよ!これからサクラちゃんの料理、何でも食べる、約束する!!」
「えっ・・・そ、そうなの」
「俺、サクラちゃんのことが大好きだってばよ!!」
「・・・有難う」
蔕ごとトマトを食べつくし、涙を流して自分の両手を握ったナルトにサクラは頷いて答える。
何が何だかまるで分からなかったが、ナルトが野菜を好きになってくれたことは、心から良いことだと思った。
「いのー、ナルトが何だか変なんだけどー」
「あいつが変なのはいつもじゃない」
「そうだけど・・・・」
花屋に寄ったサクラはいのに全てを打ち明けたが、まるで取り合ってもらえない。
ナルトに「捨てないで!」などと繰り返して言われた理由も不明だ。
「それより、頭痛の方はどうなの」
「ああ、いのからもらった薬を飲んだら、すぐよくなったわよ。でも、副作用のせいで今日一日眠くてぼんやりしちゃって・・・」
「んー、あの薬効くんだけど、それが困るわよねー」