弱いところも見せてほしいの

 

 

物心が付いたときには母はおらず、父と二人で暮らしていた。
その父も幼い時分に死に別れたために、親と過ごした記憶というのがあまりない。
それでも、カカシは繰り返し同じ夢を見るのだ。
枕元で、子守歌を歌って子供を寝かしつける母親。
仕事で夜遅くに帰ってきては、子供部屋の様子を窺い、寝ぼけ眼の彼の頭を優しく撫でる父親。
想像の中の話だけで、本当はそのようなことはなかったのかもしれない。
だが、その夢を懐かしいと思うのは、彼らの愛情を感じた瞬間が確かにあったからだろうか。

 

 

「あっ、起こしちゃった?」
軽やかな少女の声がして、髪に触れていた手が慌てて離れていく。
椅子に座ったままうたた寝をしていたカカシは、傍らにいるのがサクラだと分かると、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「あれー、もう休み時間なの?」
「うん」
現実の世界では、カカシは子供ではなく中学校の保健医で、保健室を住居に生活する毎日だ。
時計を確認したカカシは、パイプ椅子に座ったサクラが何か言いたげな表情で見つめているのに気づく。
「何?」
「・・・・先生、泣いてるみたいだったから、どんな夢見ていたのかなぁって思って」
「えっ・・・・」
頬を確認するカカシに、サクラは「そう見えたってだけよ」と付け加える。

「先生、何か心配事があるなら、何でも言ってね。力になれるよう、頑張るから」
思い詰めた表情で語るサクラに、カカシの顔は自然と綻ぶ。
サクラが本当に自分を心配していると分かったから、とても嬉しかったのだ。
「何よ、私は真剣なんだからね!私みたいな子供じゃ役不足かもしれないけど・・・」
「ごめん、ごめん。サクラのことは、ちゃんと頼りにしてるよ」
にっこり笑ったカカシがサクラの手を握ると、怒気を孕んでいた彼女の顔はすぐに真っ赤になった。

 

幼い頃にそばにあった両親の手は、今はもうない。
だけれど、今はそれと同等に愛情を注いでくれる手がすぐ近くにある。
もう二度と失われないよう、大事に守っていくことが自分の役目。
サクラの笑顔が代償だと思えば、どんな困難にも立ち向かえそうな気がした。

 

 

 

 

 

夜の学校という名のスリル

 

 

「7時を過ぎると向こうの店で野菜が安くなるんだ。急がないと」
「サスケくんって、主婦みたいよねぇ・・・・」
買い物カゴを片手に商店街の店々を回るサスケに、後ろを歩くサクラは感心して呟く。
どこの店の魚が一番新鮮か、果物が安くて美味しいか、全てを網羅している。
さらには、主婦に混じって子供が買い物をしているために、店の人がおまけをしてくれる場合も多かった。
「きっと、いいお嫁さんになるわよー」
豆腐屋でもらったコーヒー味の豆乳を飲むサクラは、満足げに笑って言う。
「そんなものにはならない」
「あっ!!」
サスケの言葉など聞こえていないようで、サクラは唐突に大きな声を出した。

「な、何だよ」
「忘れ物しちゃった!!学校に取りに行って来る」
「・・・今から?明日でもいいんじゃないか」
時計を確認したサスケに、サクラは首を振って応える。
「駄目。とっても大事なものなの」
話しながら、サクラは学校に向けて駆け出していた。
「また明日ね、サスケくん」

 

 

正門の鍵はすでに閉まっており、裏門までの距離を歩くのが面倒になったサクラは柵を乗り越えたのだが、それは間違いだった。
夜の学校は昼間とはまるで違う顔を見せていて、ひっそりと静まり返る無人の教室はどこか不気味だ。
裏門を通って、用務員に声をかければよかったと思うが引き返すのもまた怖い。
そうしたときに限って、生徒の間で広まる七不思議などを思い出してしまうのが恨めしかった。
「あれ・・・・」
最期の授業で使った女子更衣室に来たサクラは、スイッチを何度も押したが明かりがつかない。
「電球を交換しないと駄目なのかしら」
首を傾げるサクラは、びくつきながら中に入る。
外からの明かりを頼りに目を懲らし、手探りで戸口の近くにある非常用の懐中電灯を捜した。
七不思議では、更衣室に出る幽霊は自殺した女子生徒だっただろうか。
誰もいないはずの更衣室から「苦しい・・・助けて・・・・」というすすり泣きが聞こえ、それから・・・・・。

「おい」
「ギャァアァーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
肩に何かが触れた瞬間、サクラは全身の力を振り絞って絶叫していた。
驚きのあまり「もう死んだ」と思ったのだが、それは彼女の肩を叩いた人物にしても同じだったらしい。
「・・・あれ、サスケくん?」
振り向いたサクラは、蹲ったまま動かない人影を確認すると、首を傾げて訊ねた。
顔はよく分からないが、この髪のハネ具合は間違いない。
「お前・・・、声デカすぎ」

 

 

サクラの捜し物、家の鍵はそれからすぐに見つかった。
電柱の明かりの下を歩きながら、サクラはサスケの買い物カゴを不思議そうに見つめる。
「サスケくん、何で学校に?野菜の特売はどうしたの」
「野菜なんかよりもお前の方が・・・・・・」
中途半端に止まった言葉の続きは、いつまで待っても聞こえてこない。
サクラが傍らを窺うと、サスケはそっぽを向いていた。
「心配して追いかけて来てくれたのね。有り難うv」
勝手に解釈して礼を言うサクラに、サスケは無言の返事を返す。
空いている方の手を強引に繋いでも何も言わないのだから、たぶん怒っているわけではないのだろう。

 

 

 

 

 

たまには言葉がほしいと思う日も

 

 

「ナルト、あんまりしつこくするとサクラに嫌われるわよ」
いのの痛烈な一撃に、ナルトは大きな衝撃を受ける。
「お、俺、そんなにしつこくしてないってばよ・・・」
「何言ってるのよ。あんた我が儘ばっかりじゃない」
片手を腰にあてたいのは、人差し指をナルトに突きつけた。
「サクラがあんたに何か注文を付けたことある?」
「うっ・・・・」

勉強をしろ、野菜を食べろと言われることはあるが、それらは全てナルトのための小言だ。
ナルトの方は、弁当のおかずに文句をつけ、困ったことがあるとサクラに泣きつく。
さらに、サクラが誰か他の男と楽しそうに話していればすぐに邪魔をしに行き、暇があればサクラの後ろを付いて歩く毎日だ。
とにかくサクラを独り占めしたくて仕方がない。
「・・・うざいと嫌われるの?」
「うん」
瞳が潤み始めたナルトに、いのはさっそく本題を切り出すことにした。

 

「私がサッカー部のマネージャーをやってるの、ナルトも知ってるでしょう」
「・・・うん。確か、顔がいい男子生徒が多いからって」
「そうそう。って、よけいなことはいいのよ。私ともう一人一年生の女の子がマネージャーの仕事をしていたんだけれど、その子がちょっと怪我をして入院中なの」
「えっ、大丈夫なの?」
「うん、それほどひどくないみたい。だけど大会までの一週間、私一人で仕事をさばききれないのよね。だからサクラを貸して」
「・・・・・へっ??」
話が呑み込めず、ナルトはきょとんとした様子でいのを見つめる。

「サクラにはもう話を付けてあるの。ナルトが納得したらいいって条件が出てるのよねー」
「・・・・・サクラちゃんがサッカー部のマネージャーに」
小さく呟いたナルトは、ハッとして目を見開いた。
「そ、そ、そんなの駄目だったばよ!!!イケ面揃いで有名なサッカー部なんかに、サクラちゃんを近づけたらどうなるか!きっとサクラちゃんが部室に連れ込まれて野獣達の餌食に!!」
「いや、みんな紳士的で優しい人ばかりよ」
「よけいに駄目だったばよーーーー!!!!」
わめき声をあげるナルトを、いのはじろりと睨め付ける。
「サクラに嫌われてもいいの?」
値千金の一言というのは、こうしたことを言うのかもしれなかった。

 

 

サクラと手を繋いで下校出来ない一週間が、ナルトにはどれほど長く感じられたことか。
掃除当番を終え、校門の前で待っているサクラを見たときは、思わず飛びつきそうになった。
だが、我慢だ。
しつこくすると嫌われるのだから、せめて人目があるうちだけでも耐えなければならない。

「久しぶりねー、ナルトの家に行くのも。ちゃんと掃除と洗濯してた?」
「う、うん、大丈夫だってばよ」
実際は昨日慌てて片づけたのだが、黙っておく。
ナルトの顔を見つめるサクラは、先程からずっとにこにこと楽しげに笑っていた。
「・・・何?」
「うん。ナルトとあんまり一緒にいられなくて寂しかったから、嬉しいの」
「えっ、サクラちゃんも寂しいとか、思うの!」
「何よ、それ」
頬を膨らませたサクラは、少しだけすねたような声を出す。
「私はいつもナルトといたいと思ってるわよ。ナルトがかまって欲しいなーって顔でこっちを見てくれてないと、つまらないし」
「サクラちゃん・・・」
堪えきれなくなったナルトは、まだ家に着く前だったがサクラの体を思い切り抱きしめた。
「やっぱり、大好きだってばよ!!」

 

 

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