私の知らない大人の顔

 

 

「サクラー、保健室のカカシ先生、今朝の新聞に顔写真が載っていたわよ」
「え!!」
毎朝、新聞を熟読してから登校するいのの言葉に、サクラは顔を青くした。
「な、何をしたの!強盗事件とか殺人事件のわけないし・・・・・やっぱり、痴漢で捕まったとか!?」
「・・・・・あんた、カカシ先生のこと気に入ってるんじゃなかったの?」
すでに泣きそうになっているサクラをいのは呆れて見つめる。
「そういった事件じゃないわよ。自分の目で確かめたら?」

いのが鞄から出した新聞を机に広げ、サクラはさっそくカカシを探し始める。
小さな記事だったが、そこにある写真と名前は確かにサクラのよく知るカカシに間違いなかった。
会議の席で何かを発表している最中らしく、いつもの眼鏡とマスクは取り、しっかりとスーツを着ている。
カカシの素顔を見たことがあるサクラといのでなければ、同姓同名の別人だと思ったかもしれない。
普段のカカシは保健室に引きこもり、愛読書を読むか、寝ているか、どちらかのずぼらな保健医なのだ。

「・・・・・難しくてよく分からない」
サクラは記事を念入りに読み込んだが、医学の専門用語が並ぶその内容が全く頭に入っていかなかった。
「私もだけどさ、どっかの会社と共同研究して、画期的な薬を作ったみたいよ。この病での死者が大幅に減ることになるって」
「・・・・うん」
頷くサクラは、白黒のカカシの写真をじっと見据えている。
これほど真剣な表情のカカシは見たことがない。
海外の有名大学を10歳で卒業したという話も聞いたことがあり、本来ならば中学校の保健医などをしている身分ではないのだ。
保健室に行けばすぐ会えるはずのカカシは、今はひどく遠くにいるように思えて、サクラは何故か無性に寂しくなってしまった。

 

 

「あー、それ。俺、不細工に写ってるよねぇ。本当はもっといい男なのにさぁ」
ぶつぶつと不満を呟くカカシに、サクラは思わず破顔する。
保健室に入るとカカシは昼間でも布団に入って寝ていて、普段となんら変わらなかった。
「いつもはヤマトっていう後輩に公の場に出てもらっているんだけど、このときは病欠でね。突然呼び出されて本当に困ったよ」
「・・・・先生、もっとしっかりした設備の研究所とかに行った方がいいんじゃないの」
「えっ?」
驚いた声をあげて振り向いたカカシから目をそらし、サクラは難しい医学書が並んだ本棚へと目を向ける。
思えば、前にこの中の一冊を手に取ったが、全くちんぷんかんぷんだった。
カカシはこれら全てに目を通しているのだろうし、サクラの知らないところで研究も続けているのだろう。

「まぁ、いくつか誘いはあるんだ。そのうち選ぼうと思ってるけどね」
自分から言い出したことだというのに、カカシの返答に、サクラは胸がつぶれる思いがした。
沈んだ顔で俯いてしまったサクラを見て、カカシは苦笑を漏らす。
「サクラが卒業して、ここからいなくなってからの話だよ」
優しく頭を撫でるカカシと目が合い、サクラは少しだけ口元を緩める。
サクラの卒業。
遅かれ早かれいつかやってくる別れの時のことは、今はまだ考えたく無かった。

 

 

 

 

 

顔が筋肉痛になるまで笑って話そう

 

 

「サスケくんの教科書って、つまらない・・・・」
サスケの席の向かい側に椅子を置き、ぱらぱらとページを捲っていたサクラは不満げに呟く。
「どういう意味だ」
普通、教科書に面白いも何もない。
怪訝そうに自分を見たサスケに、サクラは教科書に載っている人物写真を指差して言った。
「みんな、こういうところに眼鏡とか、髭とか、悪戯書きするじゃない。サスケくんの教科書ってマーカーペンでチェックしてある以外は新品みたいなんだもの」
「悪かったな」
サスケは「誰がそんな子供みたいな真似をするか」という表情で横を向く。

 

「サクラ、ちょっといい?」
「えっ、何」
後ろから肩を叩かれて振り向くと、同じクラスの女子が笑みを浮かべて立っていた。
サスケとの会話を中断したサクラは、彼女から手渡された葉書をしげしげと見つめる。
「えーと、試写会の案内?・・・・あれ、これってミッチーの新作映画じゃないの!!」
「そう、抽選で当たったのよー。映画に主演してるミッチーも来るらしいわよ。サクラも行くわよね」
「あったりまえじゃなのーーーー!!!ミッチーに会えるなんて、もう二度とないチャンスよー!」
興奮して叫んだあと、サクラはハッとして動きを止めた。
今週の日曜日、何か大事な予定が入っていたような気がする。
考えながら横を向いたサクラは、サスケと目が合うなり、その予定を思い出した。
フランスの有名美術館から来た絵画が木ノ葉美術館に展示されると聞き、サクラはサスケを誘って見に行くことにしたのだ。
それが確か次の日曜日だった。

「び、美術館の展示は来月まで変わらないしね。サスケくん、約束来週にしてもらっていい?」
「ああ」
意外にもあっさりとサスケはサクラの言葉を承諾する。
先に約束をしたというのに、それを反故されたのだ。
いつものように怒られることを覚悟していたサクラとしては、いささか拍子抜けだった。

 

 

ミッチーは年頃の少女達の憧れの的で、国民的アイドルだ。
サスケのことを好きな気持ちとは別の次元で、サクラも彼に夢中だった。
だが、今回の件はサスケよりもミッチーを選んでしまったようで、妙に罪悪感が残る。
試写会へと向かう道すがら、小さくため息をついたサクラを、傍らを歩くクラスメートの女子は怪訝そうに見やった。
「何よ、サクラ、ミッチー好きだったんじゃないの?」
「あ、ごめん。もちろん大好きよ。ほら、こうして写真だって持ち歩いてるし」
慌ててミッチーの写真の入ったパスケースを鞄から出したサクラは、それを一目見るなり目を見開いた。

「さ、サクラ?」
突然黙り込んだサクラは少しの間を空けて笑い出し、立ち止まったクラスメートの女子は唖然としている。
「あ、ご、ごめん。これ・・・」
笑いすぎて目の端に浮かんだ涙を拭きながら、サクラはパスケースを彼女に見せる。
そこには、白い歯を輝かせて写るミッチーのブロマイドが入っている、はずだった。
「な、何よこれー!!誰の悪戯!?」
「さあ」
哀れ、ミッチーの写真は眼鏡と髭が黒のマジックで描かれており、元が美形なだけに嫌に滑稽だ。
そういえば、写真の入ったファイルをサスケに預かってもらったことがあるが、そのときだろうか。
口に出さないだけで、やっぱり怒っていたのだ。
「サスケくんってば、可愛いなぁ・・・・」
後で問いつめたら何と言うか、考えただけで笑いがこみ上げてくるサクラだった。

 

 

 

 

 

わざとじゃないけど傘を忘れてしまったから

 

 

その日、遅刻ぎりぎりに教室に入ってきたナルトは全身びしょ濡れだった。
朝から激しい降りの雨で、傘を持たずに外に出れば当然の結果だ。
「何やってるのよー!!馬鹿ねー」
「ごめんってばよ」
タオルで頭を拭くサクラが叱るような口調で言ったため、ナルトは思わず謝罪の言葉を口にする。
「今日は一日雨なのよ。帰るときもまだ降っているんだからね」
「サクラちゃんがいるから大丈夫」
「・・・・私と相合い傘をしたいから、持ってこなかったってわけじゃないんでしょう」
「えへへーー」
半眼になったサクラに、ナルトは曖昧な笑顔で応える。
その意味をサクラが知るのは、授業が終了したあと、いつものように肩を並べて帰路に就いたときだった。

 

 

ナルトが毎日通る砂利道は、近くに民家が無く、いつ行っても人気がない。
地面が舗装されておらず歩きにくいせいだが、雨ともなればさらに静まり返っている。
サクラがナルト愛用しているオレンジ色の傘を見つけたのは、その道だ。
広げた状態で草むらに転がっており、サクラは怪訝そうに傍らを見やった。
「何であんなところにあるのよ?」
「行けば分かるよ」
ナルトの微笑みの意味はすぐに知れる。
近づくと可愛らしい泣き声が耳に届き、サクラは驚きの表情で傘の下を確認する。
段ボール箱に『ひろってください』の文字があり、ナルトが置いたと思われるタオルに一匹の仔猫がくるまっていた。

「濡れたら可哀相だしさ。どうしようかと悩んでいたら遅刻寸前だし、一応傘だけ置いてきたんだ」
ナルトが体を撫でると、仔猫は嬉しそうに喉を鳴らす。
「俺のところ、動物禁止なんだよねぇ。大家が煩くて」
「うちもパパが嫌いなの」
段ボール箱の前でしゃがむ二人は、視線を合わせてため息をつく。
「困ったときは、あの人を頼るしかないよなぁ・・・」
「そうね」
阿吽の呼吸というやつで、ナルトの言う人物がすぐに分かったサクラは小さく頷いた。
優しい彼らの担任は、生徒が涙ながらに頼めば断ることなど出来るはずがない。

 

立ち上がった瞬間、くしゃみをしたナルトの頭をサクラが軽く撫でる。
「ナルトは優しいね」
「風邪ひいたら、付きっきりで看病してくれる?」
「馬鹿は風邪ひかないから大丈夫でしょうー」
にっこりと微笑んだサクラのあんまりな言葉に、ナルトはがっくりと肩を落とした。
素直な反応にくすくす笑いを漏らしたサクラは、背伸びしてその頬に口づける。
「冗談よ。看病でも何でもしてあげる」

 

 

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