大人になるまで待ってなんて言わない

 

 

白衣でないカカシと一緒に外を歩くのは初めてで、サクラは少しばかり緊張していた。
休日に待ち合わせて映画を見に行くのだから、デートということでいいのだろうか。
傍らを歩くカカシの様子を窺うと、丁度彼もサクラに視線を向けたところだった。
「そのワンピ、可愛いねvふわふわした感じで」
「うん、有り難う」
はにかんだ笑みを浮かべたサクラは、ほんのりと頬を染める。
雑誌でも取り上げられた人気のデザインで、今日のためにお小遣いをはたいて購入したのだ。
こうして素直に褒めてもらえると、ますますカカシのことを好きになった気がした。

「手、繋ごうか」
「えっ」
「私服だしさ、誰も校医と生徒とは思わないでしょう」
サクラの返事を待たずに彼女の手を握ったカカシは、「ちょっと寄り道していこうよ」と公園へと入っていく。
確かに、二人は白衣も制服も身につけていない。
それならば、自分達はどういった関係に見えるのか。
自分よりもだいぶ上背があるカカシを見上げるサクラは、今更ながらに年齢差を感じ、少し俯いてしまった。
カカシにすれば、どれほどめかし込んでも、サクラなどまだまだ子供だ。
今日も子供の遊びに付き合う感覚で映画に誘ったのかと思うと、妙に落ち込んでしまう。

 

「サクラ、あそこ、凄い人だかり。結婚式をやっていたみたいだ」
カカシに手を引かれるままに歩いていたサクラは、楽しげな笑い声のする方へと目を向けた。
有名な結婚式場がすぐ隣りにあるらしく、公園の噴水の前で写真撮影をしていることがよくあるのだ。
人々の輪の中心に白い衣装の男女が立ち、サクラは思わずため息を漏らす。
女に生まれたからには一度は憧れるウェディングドレスの花嫁は、幸せそうな微笑みを浮かべていた。

「綺麗だねぇ」
「うん」
カカシの呟きにサクラは頷いて応える。
「サクラもああいう衣装着てみたい?」
「もちろんよ」
「じゃあ、結婚しようか」
「そうね」
祝福される新郎新婦を眺め、何となく相づちを打っていたサクラは、暫く時間が経ってからようやく我に返った。
「えっ、何て言ったの?」
「結婚しようよ、俺と」
にっこりと笑ったカカシを、サクラは穴が空くほど見つめ続ける。

「・・・・・冗談」
「俺はサクラにはいつも本気ですよ」
「だって・・・・、私、まだ13だし」
「いいじゃない、法律なんかどうでも。そのうち変わるよ」
「・・・・・」
心の中で「よくないでしょう」と突っ込みを入れたが、サクラは黙っていた。
カカシの笑顔が優しかったから、今だけは、他のことは頭から消してしまうことにする。
「宜しくお願いします」

 

 

 

 

階段を上るときはいつだってグリコ

 

 

「じゃんけんぽん」
サクラのかけ声を合図に、サスケはチョキ、彼女はグーを出す。
「私の勝ちー。グ、リ、コ!」
満面の笑みを浮かべたサクラは、弾んだ足取りで石段を上がっていく。
家に帰るには最短距離なのだが、普段は自転車登校なため階段があるこの場所は迂回していた。
出掛けに雨が降り、徒歩で通学するときにだけ通る道だ。

「雨、午前中でやんで良かったねー。じゃんけん、ぽん」
再びサクラがグーで、サスケがチョキを出す。
パーで勝てば「パイナップル」、チョキで勝てば「チョコレート」という文字数の分進めるのだが、サクラは先程からグーで勝利するため「グリコ」の三段しか進めない。
「グ、リ、コ。ねえねえ、サスケくん、どうせなら賭をしましょうよ」
「どんな?」
距離が少し開いてしまったため、二人は少し大きめの声で会話をする。
「先に上まで付いた方が、相手の鞄を持って家まで送るの。どう?」
「分かった」

 

 

ロッカーをあまり使用せず、毎日しっかり教科書を持ち帰り、自習しているサスケの鞄は重かった。
今日はさらに、分厚い英和辞書まで入っているらしい。
「鬼ーーーーーーー。女の子にこんなもの持たせるなんてーー」
「お前が言い出したんだろう」
サクラに鞄を持たせ、傍らを歩くサスケは涼しい表情で言う。
何も言い返せないサクラは、悲しげに俯くと二つの鞄を抱えなおした。
サスケは一度も口にしなかったが、サクラはグーやチョキを三回続けて出す癖があり、それが分かっていれば負けることはない。
じゃんけんに勝利したサクラがあまりに無邪気に喜ぶから、今まではつい勝ち損ねていただけだ。

ふらふらとした足取りのサクラが丁度家と学校の中間地点までやってきたところで、サスケは彼女の抱える鞄に手を伸ばした。
「サスケくん?」
「買ったばっかりだからな。落として汚されたくない」
さりげなく、彼女の分の鞄も持っているサスケに、サクラはにっこりと微笑む。
口調はぶっきらぼうでも、彼の中にある優しさをサクラはよく知っていた。

 

「何か食べて帰りましょうよ」
「いいけど、お前のおごりだぞ」
「えーーー!!!」
「勝負に勝ったのに、俺は荷物を持っている」
「・・・・・・」
少々ふてくされながらも、サクラはあれこれとサスケの好みそうな店の名前を考え出す。
自分の誘いにのってくれるようになっただけでも、進歩だと思うより仕方がなかった。

 

 

 

 

君の声が僕に届く距離にいてほしい

 

 

ナルトは一ヶ月に一度近くの床屋で髪を切ってもらっている。
幼稚園の時からの通っているため、店長とは気心の知れた間柄だ。
最初は本棚にある漫画本を読んでいたのだが、リラックス出来る店内で、ついうとうととしたのが間違いだった。
目が覚めたとき、ナルトは鏡に映る自分を珍妙な顔で見つめる。
それが誰なのか本当に分からなかったのだ。
「これから夏だし、涼しくていいだろー」
床屋の店長はにこにこと満足げに笑っている。
徐々に事態を呑み込み、沈んでいったナルトの心とは正反対の、明るい声音だった。

 

 

翌朝、ナルトが教室に入るとそれまで騒がしく話していたクラスメートは一斉に口をつぐみ、一瞬後に大爆笑がわき起こる。
あまりに想像通りで、ナルトはもう涙も出ない。
今時、野球部の部員でもやらないんじゃないかと思う、完璧な坊主頭だ。
どこかで「つるぴかハゲ丸」という囁きが聞こえたが、「これはハゲじゃない」という気力すらなかった。
床屋の店長には今まで世話になった恩義があるが、もう二度と足を向けないことだろう。

「どうしたんだよ、そのマルコメ頭はー」
「失恋でもしたのか?」
「やめろってのー。もうあっち行けよーー!!」
面白がって頭を触ってくるクラスメートを、ナルトは手を振り回して追い払う。
「ナルト」
「煩いよ!!」
怒鳴ってから後ろを振り向いたナルトは、思わず「あっ」と声をあげた。
「サ、サクラちゃん・・・・・」
ごくりと音を立てて唾を飲み込んだナルトと目が合うと、サクラは悲しげに眉を寄せる。
「その髪、どれくらいで元の長さに戻るの?」

サクラに顔面パンチをされたときより、衝撃があった。
やはり、彼女も丸坊主の自分とは一緒にいたくないのだと思うと、死にそうになる。
床屋の店長に復讐するしかない。
殺意をこめた眼差しを窓の外へと向けたナルトを、小首を傾げるサクラは不安げに見つめていた。

 

 

「これから夏だし、涼しくていいんじゃないのー」
昼休みの屋上で、サクラが呟いたその一言にナルトは目を丸くする。
サクラはナルトの新しい髪型を気に入らなかったはずだ。
そうでなければ、教室であのような発言はしない。
「き、気を遣ってるの?」
「何で私がナルトに気を遣わないといけないのよ」
おずおずと訊ねてみると、逆に怒ったような口調で言われてしまった。

「えっと、変だと思ったからいつ元に戻るか訊いたんじゃないの?」
「ナルトが泣きそうな顔をしていたからよ。私はナルトが坊主だろうと長髪だろうと、何だっていいもの」
サクラの笑顔は全くいつも通りで、少しもナルトを拒絶している気配はなかった。
「ナルトの金色の髪、好きだったけどね。どんな髪型だって、ナルトはナルトだし」
「サクラちゃん・・・・」
それまで、自分を無条件に肯定してくれる存在に恵まれなかったナルトとしては、涙を流さずにいられないほどの感動だ。
「ずっとずっと、俺のそばにいてね」
「うん」
頷いたものの、泣き虫なところは少々治して欲しいと思うサクラだったが、それを言えばまた別の涙が流れそうなので止めておいた。

 

 

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