サクサク 2


当時、木ノ葉隠れの里は未曾有の戦力不足だった。
他の里との確執、国内での治安も悪く、任務は次々と舞い込んでくる。
いくら人手があっても足りない状況だ。
そんな中、“木ノ葉の白い牙”と異名を持つサクモが妻や子供と共有する時間はごく僅かで、赤ん坊だったカカシを腕に抱けた回数は数える程度。
寂しい思いをさせているという自覚はあったが、サクモにはどうすることも出来なかった。

 

「いってらっしゃい」
幼いカカシを抱いて玄関先で見送る妻に、サクモは目を伏せたまま告げる。
「帰ってくるのは、一ヶ月くらい先だと思う」
「そう・・・・」
怖くて顔をあげられないが、おそらく彼女は無理をして笑顔を作っている。
結婚前は明るく朗らかな性格だったのに、一緒に暮らすようになって、悲しげな表情ばかり見ている気がした。
愛しているのにそばにいられない苦痛は、家にいる彼女の方が強いかもしれない。
忍びとして優れた力を持っていても、戦場での生死は運によって左右される。
こうして見送って、そのまま帰ってこない可能性の方が圧倒的に高いのだ。

「・・・・この任務が終わったら、今度こそ休暇を取るよ。どこか行きたいところ、ある?」
「海が見たいわ」
思いがけず、即答される。
生まれ育った国を一度も出たことがない妻は、心なし興奮している様子だった。
写真や映像で見た、青くて広い海は昔から妻の憧れだ。
国境付近はまだ道が整備されておらず、海へたどり着くまでに立ち寄る隠れ里は火の国と犬猿の仲。
まるで夢物語だ。

 

あの時、自分は何と答えたのか。
「いつかね」か「そのうちね」。
素直に肯定できたとは思えない。
そして、危険な場所に行く自分が先に死ぬはずだったのに、彼女は数年後にあっけなくこの世を去った。
長期任務のために死に目にも会えず、最後に見たのは一人佇んで自分を見送る小さな妻の姿だ。
仕事を引退して、自由な時間を手に入れた今になって、よく彼女のことを考える。

おぼろげになってしまった声と笑顔。
いとおしく思う気持ちだけが胸に残った。
はたして、妻は自分と過ごした日々を、どう思ってくれていただろう。

 

 

 

 

「お父様、朝ごはんが出来ましたよ」
カーテンを開けられ、顔に朝の日差しを浴びたサクモは意識を覚醒させた。
見上げた視界にいるのは、死んだ妻と同じ空気を持つ少女。
柔らかく微笑む彼女に、自然と笑みがこぼれた。
「んー、おはよう」
半身を起こしたサクモはサクラを手招きし、いつものように朝の挨拶をねだる。
彼の頬にキスをするのは、サクラの日課の一つだ。

「目が覚めました?」
「うん」
サクラの口付けに満足したサクモは、彼女を抱き寄せて子供のように笑う。
昔の活躍を知っていても、サクラはどうしても彼が可愛く見えて仕方がない。
同じ父親でも、実家の父とはまるで違うと思うサクラは、扉の陰にいるカカシ気づくなり「げっ」と声を上げそうになった。

 

 

「あいつー、俺のサクラに毎朝あんなことをやらせていたのか!隙あらばサクラに触ろうとして」
「・・・・先生、いい加減にしてよ」
「いや、許せない。サクラがチューしていい相手は俺だけなんだよ」
朝食の間中サクモを睨んでいたカカシは、任務に向かう支度がすんでもまだブツブツと文句を言っている。
ため息をつくサクラは、屈んで荷物チェックをするカカシの頭を軽く叩いた。
「先生、お父様と手を繋いだこと、ある?」
「え、ないよ、そんなの」
「そう」
話の合間、サクラは考えるようにして口元に手を当てる。
サクモはサクラによくしてくれるが、時々、自分を通して他の誰かを見ているようなふしがあった。
それが何なのかサクラにも分からないが、彼の中にある漠然とした不安のようなものは伝わってくる。

「お父様・・・・きっと寂しいんだと思う。だから私に構うのよ」
「えー、結構遊び相手いるんだよ、お袋が死んで以来、とっかえひっかえ楽しんでるみたいだし」
「そういうのとは、違うのよ・・・」
上手く言葉で説明出来ずにいるサクラを横目に、立ち上がったカカシはリュックを背負う。
もう時間的に遅刻ギリギリなのだが、サクラに玄関に立たれると、どうも名残惜しくて動けない。
結婚してサクラを手に入れれば安心できると思ったのに、家に余計な住人がいるせいで心配は増すばかりだ。

「ううっ、サクラ・・・。俺がいない間、くれぐれも気をつけてね」
「お父様がいるから平気でしょう。それより、急がないとまた遅刻よ」
カカシの気がかりがそのサクモだということも知らず、サクラは早く出て行くようせっついている。
サクラが家の手前の道に出てきて手を振ると、いつの間にか後ろに立っていたサクモが彼女の肩に手を回していた。
もちろん、カカシの神経を逆なでするためだ。
歯噛みするカカシはこのときから父との別居を考え始めるのだが、実現するのは随分と先の話だった。

 

 

 

 

「やっと邪魔な奴がいなくなった。思う存分イチャイチャできるね、サクラ」
「はい」
本気で口説かれていると知らないサクラは笑顔を浮かべてサクモを見上げる。
「今日はいい天気になりそうですね。家にいるのがもったいないくらい」
「うん。サクラ、行きたいところある?どこでも連れて行ってあげるし、何でも買ってあげるよ」
「え、でも、今日はお洗濯を・・・」
「あとでいいよ、そんなの。カカシは暫くいないんだし、少し遠出をしても良いかもよ」

上空に広がる青空とサクモの笑顔。
その提案にサクラの心は動いた。
あとからカカシが知れば、煩く騒ぎ出すことは確実だ。
だが、彼は任務で三日も留守にするのだから、少しくらい羽を伸ばしても良いような気がした。

 

「私、海が見たいです」
サクラの、ほんの思いつきだった。
ハッとしたサクモに、彼女はゆっくりと言葉を続ける。
「カカシ先生が忙しくて、去年は一度も行けなかったんです。泳ぐにはまだちょっと早いですけど・・・・・」
伏し目がちに呟くその姿は、いつもの元気なサクラとは別人のようだ。
叶えられなかった約束。
今日妻の夢を見たのは何かの縁だろうか。
彼女とよく似た面影の少女に、海を見せてあげたいという衝動がサクモの中で湧き起こる。
平和な今だからこそ実現できる道行きだ。

「じゃあ、行こう!」
「えっ」
勢い込んで言われ、海行きを提案したサクラの方が驚いた。
否定されることを覚悟していただけに、すぐには信じることが出来ず目を瞬かせている。
「い、今すぐですか!?」
「うん。俺もちょうど行きたいと思っていたんだよ。今からなら夜までに帰ってこられるさ」

 

 

 

 

家の戸締まりをし、準備を始めると自然と気分が浮き立った。
カメラに日傘にお弁当。
泳ぐことは出来なくても、波打ち際で遊ぶことは十分可能な気候だ。

「でも、先生があとで聞いてすねないかしら・・・・」
「じゃあ、二人だけの秘密にする?俺はそっちでもいいよ」
荷物の用意をしつつウインクするサクモに、サクラはクスリと笑った。
「私、本当にお父様がいてくれて良かったです」
「え?」
「結婚してお父様と同居するって分かったとき、怖い人だったらどうしようかと思ったんです。でも・・・」
「こんなに優しくて格好良いお父様だったと」
言いたかったことを代弁され、サクラは笑顔で頷いてみせた。

素直で賢く、可愛いサクラ。
カカシが是非にと請うて結婚したのも頷ける。
だけれど、カカシは日々の任務で忙しく、家で過ごした時間はサクモの方がずっと長い。
サクラの横顔を眺めながら、夢での妻の顔が、再びサクモの瞼にちらついた。

 

「・・・サクラ、後悔していない?」
「えっ」
「ほら、カカシは上忍で忙しいし、あまり家にいないだろ。だから・・・・」
口籠もるサクモは、最後まで言葉を続けられない。
だが、サクラはサクモの言いたかったことを十分に理解したようだ。

「それは、先生がそばにいてくれたらって、思うことはあります。でも、好きな人と一緒になれたのに後悔なんかするはずないじゃないですか」
サクモを見上げて微笑むサクラは、心からの本音を口にした。
上忍のカカシを選んだときから、覚悟はしている。
それでも、サクラは確かに彼の手を取りたいを思ったのだ。
「私の役目は先生の帰ってくる場所を守ること。普段は心細くても、「ただいま」の声を聞けて、無事な姿を見られれば嬉しくて全部吹き飛んじゃいますよ。だから、私は幸せなんです」

明るく語るサクラを見ているうちに、ふと、その面影がいとしい人と重なった。
目の前にいるのはサクラだと分かっているのに、何故か、死んだ妻と話しているような気持ちになる。
後悔はしていない。
あなたに会えて幸せだったと、サクラを通して、彼女がそう言ってくれたようだった。

 

「有難う」
「・・・お父様?」
抱きしめられたサクラは、涙声で告げるサクモに、思い切り動揺する。
自分が何か変なことを言っただろうかと思ったが、見当が付かない。
困惑するサクラはサクモが泣きやむまで、その背中を優しく撫でさする。
サクモの心の傷を癒した自覚のないサクラには、それぐらいのことしか出来そうになかった。


あとがき??
サクサク、考え出すときりがないカップリングですねぇ。
サクモさんはサクラ似の奥さんのことがずっと胸の残っている感じです。
それをサクラも承知しているから、サクモさんに優しいのかな??
そして、先生とサクモパパのサクラ争奪戦はまだまだ続く・・・・。


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