サクサク 5


サクラがはたけ家に嫁に来て数ヶ月。
サクラに掛かり切りだったサクモは、親しい女性達からの電話の応対に追われていた。
まさか、「嫁がそばにいて幸せだから、君達は用済み」とは正直に言えない。
長い間連絡を取らなかった彼女達は、相当不安になっているようだった。

 

「大丈夫だって。ちゃんと愛してるよー」
多少面倒くさいと思いつつ、サクモは受話器を片手に同じ言葉を繰り返す。
本心でないのだからこれくらいは簡単に言える。
独り寝が寂しい夜、散々世話になったのだから突然放り出すわけにもいかなかった。
これで5人目という意味の「正」の字をメモ帳に書いたサクモは、廊下の隅から自分を見ているサクラに気付いてはっとなる。
「サ、サクラ・・・」
「お父様、おもてになるんですね」
「いつからいたの」
「最初からです」

どうやら掃除をしている途中でサクモの話し声に気付き、一部始終、聞くともなしに彼女の耳に入っていたようだ。
これでは子機を使ってわざわざサクラから離れた意味が全くない。
「こ、これは、あの」
「分かっていますよ。お父様、素敵だし、女の人が放っておかないですよね。愛してるなんて言われて、電話の方が羨ましいです」
花瓶を持つサクラは、あたふたとするサクモを見上げてにっこりと笑った。
その声音には嫌味な含みは全くなく、サクモの交友関係に対し純粋に感嘆しているのだとはっきり分かる。

拍子抜けしたサクモは、少しでも慌てた自分が馬鹿らしくなった。
サクラはカカシの嫁だ。
サクモがいくら他の女性と親しくしても、恋愛感情がないのだから焼き餅などやくはずがない。
サクラはただ、義理の父親としてサクモを大切にしているのだ。
そのことが無性に寂しく思えて、微笑むサクラに対しては、怒りの気持ちが湧き起こった。

 

「・・・ちょっと出てくる」
「えっ」
「夕飯はいらないから」
刺々しい声で言うと、サクモは近くにあったジャケットを羽織って玄関へと向かう。
突然態度を豹変させたサクモに、サクラは何が起きたのか全く分からない。

「お戻りは何時頃ですか?」
「さあね」
追いかけてくるサクラに、サクモは冷たく答えた。
サクラはひどく困惑した表情だったが、サクモには気遣える余裕がない。
このままそばにいれば彼女にもっとひどいことを言いそうで、家を早く出ることしか考えられなかった。

 

 

 

 

「サクちゃんー、サクラって、誰?」

ふと目を開けると、時計は0時を過ぎ、傍らには馴染みの女の顔がある。
酒を大量に飲んだせいか、深い眠りに落ちていたようだ。
忍びとして寝首を掻かれれば一巻の終わりだが、幸い彼女は仲間のくノ一。
サクモよりだいぶ年下なのに不思議と大人びた空気のある女で、母親に対するように何でも話してしまう。
サクラとはまた違った意味で、心を許している相手だった。

「・・・・何で?」
「最中に、間違えて何度か呼んでたわよ。サクラーって」
くすくすと笑う彼女はそのことを責めるつもりはないらしく、乱れた髪を治しながら半身を起こす。
ベッドの脇に転がったバッグから煙草を出すと、一応、サクモへもそれを勧めた。
「いらない」
「そのサクラちゃんが、煙草の匂いが嫌いなの?」
「・・・・」
沈黙を肯定と取ったのか、彼女は笑いながら煙草に火をつける。
「で、誰?」
「息子の嫁さん」

 

口に出すと、ますます不毛な関係に思えた。
一緒に暮らし、いつでもそばにいられる。
だが、深い関係になることは一生かなわない間柄だ。
彼女が自分を大事にしてくれているのは分かるが、それだけに辛くなる。

「他に女は沢山いるのに、なーんで息子の嫁さんなんか好きになるかなぁ、サクちゃんってば」
子供にするように、彼女は項垂れるサクモの頭をくしゃくしゃに撫で回した。
苦笑混じりだったが、彼女の声はどこか暖かい。
「サクラは他の女と違うんだ・・・・」
「恋をすると、みんなそういうこと言うのよね」
泣き出しそうな顔のサクモを、彼女はそのまま抱き寄せた。
彼女には別に好きな男がいるが、こうした弱い一面を見せられると、どうも放っておけなくなる。
「サクちゃんの大好きなサクラちゃん。今度、顔見せてね」

 

 

 

同棲中の恋人の帰宅前に追い出されたサクモは、とぼとぼと家に向かって夜道を歩いていた。
他の女のところに泊まりに行っても良いのだが、どうしても足が向かない。
少し離れていただけなのに、もうサクラに会いたくなっている。
自分が相当おかしくなっているとう自覚はあったが、どうしようもなかった。

「・・・あれ?」
家のすぐそばまで来たサクモは、ついたままの門灯に思わず首を傾げた。
はたけ家では、それはまだ家族が起きて待っているという目印だったが、時計の針はすでに1時を回っているのだ。
まさかと思いつつ歩くサクモは、扉へと続く階段を見るなり目を見開いた。
階段の隅に腰掛けるサクラが、手摺にもたれ掛かった状態で居眠りをしている。
いくらこの付近の治安が良いとはいえ、薄着の少女が階段で眠りこけるなど、無防備にもほどがあった。

 

「サクラ、サクラ」
肩を揺すると、ゆっくりと瞼を開けたサクラはサクモを見て顔を綻ばせる。
「お父様・・・帰ってきた」
「サクラ、何やっていたんだ、こんなところで」
「・・・・待っていたんです。お父様、何だか様子が変だったし。でも、寝ちゃったみたいで」
まだしっかりと起きていないせいか、サクラはだるそうに話を続ける。
思えば、カカシは今日仕事で帰らないと連絡があり、サクラは家に一人だった。
昼間から、サクモを心配してずっとここに座っていたのかもしれない。

「私、何かお父様の気に障ることを言ったんですよね。ごめんなさい・・・・」
「・・・・」
「私のこと、嫌いにならないでください。悪いところは、全部直しますから」
サクモが勝手に怒っていただけなのだが、自分に非があると思い込んでいるサクラは、目にうっすらと涙を浮かべている。
そのいじらしいサクラの姿に、サクモはたまらず彼女を抱きしめていた。
可愛いという表現などでは物足りない。
とにかく、彼女がいとおしくていとおしくて、たまらなくなった。

 

 

「サク・・・」
「何やってんのー、二人とも」
感極まったサクモが思いのたけを告白しようとしたそのとき、タイミング良く第三者の声が割り込む。
こうしたときに入る邪魔といえば、彼しかいなかった。
重いリュックを背負い、疲れ切った顔で立つカカシを見たサクラは弾けんばかりの笑顔を浮かべる。
「先生!おかえりなさい」
「ただいま。はい、そこ。ブレイク、ブレイク」
サクモの腕からサクラを奪い取ったカカシは、彼女を大事そうに抱え上げた。

「子供は寝る時間でしょー。まさか二人で今まで出歩いていたんじゃないよね」
「違う。お父様の帰りを待っていて・・・・何で先生がいるの?」
「助っ人が来たせいで、早めに任務が終わったのよねー。というわけで、詳しい話はあとにしてもう今日は寝ましょう」
大きな口をあけて欠伸をすると、カカシはサクモに向かって小さく手を振る。
「じゃあ、親父、おやすみー」
「お、おやすみなさい、お父様」
盛り上がっていた気持ちがカカシの登場によってすっかり萎んでしまい、サクモは扉の向こうに消える二人をただ見送るしか出来ない。

 

息子の嫁だろうと何だろうと、可愛いものは可愛いし、好きなものは好き。
この日はっきりとサクラへの想いを再確認したサクモは、障害である打倒カカシを強く心に誓う。
サクラを胸に抱いて眠れる日は近い、はずだった。


あとがき??
サクラ、可愛いなぁ・・・・。
ただのサクサクでラブラブ話だったんですが、また「カカシ先生が出てこない・・・(涙)」と言われると申し訳ないので登場させてみる。
どんどん生々しい話になっていきますよ。
サクモパパに気持ちが揺れてしまうサクラちゃんというのも見てみたいと思ったのですが、それでは浦行きになってしまう。
あくまで、サクラちゃんはカカシ先生一筋でないといけないのです。先生を裏切れないわ・・・。(サクラ?)

このシリーズの全体的なイメージは三原ミツカズ先生の『ハッピーファミリー』。あれは親子で母ちゃんを奪い合っているんだけど。
三原作品は殆ど読破しましたが、『ハッピーファミリー』が一番好きです。
というわけで、『ハッピーファミリー』ネタでどかどか続けたいと思います。


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