はじまりの空 1


「今日は来てくれて本当に有難うね」
「いいわよー。その代わり、明日仕事の手伝いお願いね」
「うん」
サンダルを履いて表に出たサクラは、建物を出てすぐの道でいのを見送る。
昨日のうちに必要な家具類は運び込んだが、細々とした片付けで一日があっという間に過ぎてしまった。
念願の一人暮らし、少々不安なところもあるが、今からそんなことは言っていられない。
どのみちいつかは親元から自立しなければならないのだから、遅いか早いかの違いだ。

「そういえば、サクラ知ってる?」
「えっ」
「満月の晩に、月に向かってお願いすると「運命の人」が現れるんだってさー」
喋りながら天を仰いだいのに釣られて、サクラも月へと目を向けた。
少しも欠けることなく丸くなった月が、暗い夜空に銀色に浮き上がって見える。
実際は太陽の光を反射しているだけなのだが、なんとも神秘的な輝きを放っているように思えた。
「何、それ」
「本当みたいよ。でもね、その「運命の人」を逃すと一生独身で寂しい老後を過ごすことになるんだって。ちょっと怖いわよねー」
「・・・・・」
思わず老婆になった自分が荒れた部屋で生活している姿を想像したサクラは、激しく首を横に振る。
「そ、その人がどんな風に登場するか知らないけど、どうして「運命の人」だって分かるのよ」
「さあ。よほどインパクトのある出会い方をするんじゃないのー?何しろ「運命の人」だし」
素直な反応を示すサクラに、いのはくすりと笑って片手を上げた。
「じゃあ、また明日ねー」

 

 

ただ月に願って「運命の人」に出会えるなら、誰も苦労はしない。
いのの姿が見えなくなるまで手を振っていたサクラは、踵を返すと、もう一度月を見やった。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、つい両手を合わせてしまったのは藁にも縋る思いからだろうか。
サクラの外見は人並み以上で、一応もてないことはないのだが、今まで一度も好きな人と両思いになったことがなかった。
面食いのサクラは、頭脳の方も自分と同レベルな人間とでないと付き合いたくないと思っている。
理想が高すぎると言われようとも、まだまだ手近な相手で妥協をするつもりはない。

「お月様、私にもどうか素敵な恋人が出来ますように!」
小さな声で願い事を呟いてみたが、もちろん何か劇的な変化があるはずもなく、周囲は静まり返っている。
くだらない噂話だ。
少しでも期待してしまった自分が恥ずかしくなり、サクラが今度こそ建物に入ろうとしたとき、背後に響いた大きな物音に自然と体が飛び上がった。
何か重いものが高いところから落下してきたようだが、暫くは砂埃でその正体が掴めない。
「な、な、何事ーーーーーー!?」
「チッ、しくじった」
目を丸くしたサクラが絶叫したのと同時に、頭上から少年のものと思われる声が降ってくる。
聞き覚えがあるような気がしたが、思い出せずにいるサクラの前に、声の主が軽やかな足取りで着地した。
「俺としたことが・・・・ん?」

黒いマントを羽織った赤毛の少年は、電灯の下に立つサクラの顔をまじまじと見つめる。
サクラも同じように彼を凝視していたのだが、その瞳は徐々に見開かれ、表情も驚愕のものへと変化していった。
「どこかで見た顔だな」
「さ、さ、サソリーーー!!!?」
「・・・・気安く名前を呼ぶな、小娘」
少しばかり面立ちが変化していたが、人を見下すような目付きと威厳高な口ぶりはまさにサソリそのもので、サクラは我を忘れて彼に駆け寄っていた。
「な、何であんたが木ノ葉隠れの里にいるのよ!」
「警備が手薄で侵入しやすいからだ。他の里と比べてダントツだぞ」
言葉に詰まったサクラは、とっさに掴んでしまったサソリのマントから手を離し、改めて彼の体を頭から足の先まで眺め回す。
「っていうか、あんた死んだんじゃあ・・・」
「俺の一番の得意技はチヨバア直伝の「死んだふり」だ。お前達、見事に騙されたようだな」
「・・・・・・」

彼の方もサクラのことを思い出したらしく、最後の戦いで見せたのと同じ、皮肉げな笑いを口元に浮べてみせた。
「死んだふり」が得意技とは、暁のメンバーとして非常にショボイ気がするが、実際こうして生き延びているのだから有効なはずだ。
もしや、チヨバアはサソリが生きていたのを知っていて、見逃したのだろうか。
彼女が死んだ今となっては、知る術はない。

 

「今は組織も足抜けして、どこに行っても終われる身。まさか隠れ里の一つに堂々と潜入しているとは誰も思わないだろ」
「・・・・まぁ、確かに」
「来た早々、月を眺めていたらうっかりこれを落とした」
足元に目をやると、サソリの傀儡道具なのか、人形の手足のはみ出した大きな風呂敷包みが地面に転がっていた。
先ほどサクラを驚かせた落下物はおそらくこれだ。
相変わらず物騒な人形作りをしているのかと、頭を抱えたサクラはハッとして月を見上げる。
いのの言っていた「運命の人」。
サクラがお祈りをして直後に現れたのはこのサソリだ。
これ以上ないほどインパクトのある登場の仕方だった。
まさかとは思うが、可能性を完全に否定することも出来ない。

「じゃあな」
そそくさと荷物を背負って歩き出そうとしたサソリを、サクラは後ろから風呂敷包みを掴んで引き止める。
「・・・・何だよ」
「指名手配犯を簡単に逃がすと思ってるの」
「ああ??」
眉を寄せて振り返ったサソリは、サクラと目が合うと、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
一見美少年風なのだが、そうして笑うとどうにも邪悪な性格が感じ取れて、やはり一般の人間でないことが分かる。
「俺とやろうってのか・・・・。相変わらず威勢のいい小娘だ」
何か仕掛けようとしたのか、上げかけたサソリの右手を掴むと、サクラは強引に彼を新居のある建物に引っ張りこむ。
「そんなこと言ってないわよ。とりあえず、付いてきなさい」


あとがき??
サソサクを読みたいと言われたので、書いてみました。
タイトルは大好きなラブレボ!のお兄ちゃんの曲v
たわいない二人の日常をつらつら短いSSで書く予定ですが、どうなるか。


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