恋わずらい 1


「サスケくん、待ってよー」
スイカの入った買い物袋を持つサクラは、前を行くサスケに悲愴な声で呼びかける。
ただでさえ彼の歩く速度は速いというのに、荷物が重いためにサクラはよけいに追いつくことが困難だ。
「お前が勝手に付いてきたんだろ」
「・・・・そうだけど」
サスケが振り向いたのは一瞬だけで、立ち止まりもしない。
「手土産無しだと、サスケくん家に入れてくれないし・・・・」

ぶつぶつと独り言を繰り返すサクラは、額に浮き出た汗をハンカチで拭う。
梅雨が明けた翌日から気温は急上昇し、今では40度近い。
太陽を見上げた瞬間、ふいに意識が遠のいたサクラは踏ん張ることが出来ずにその場でひっくり返る。
つい土産のスイカをかばったために、足には大きなすり傷が出来てしまった。

「・・・・格好わるーい」
痛みよりも情けない気持ちでサクラはため息をつく。
いのに目撃されていたら、くノ一なのに鈍くさいと言われていたはずだ。
座り込んだまま動かずにいると、ふいに前方に影が差し、サクラは顔を上げる。
普段は気にも留めない風なのに、本当に困っているときは絶対手を差し伸べてくれる人なのだ。
「スイカは?」
「ちゃんと守ったわよ」

 

 

スイカごとサスケに負ぶわれたサクラは鼻歌を歌いながら彼に掴まっていた。
相変わらず太陽は照りつけていたが、彼の体温だけは少しも疎ましく感じられないから不思議だ。
スイカ+サクラの体重を抱えていてもサスケのスムーズな足取りが変わらない。
応急処置をした足は歩けないことはなかったが、滅多にないスキンシップのチャンスをサクラが見逃すはずがなかった。

「サスケくんー、来週の花火大会一緒に行こう。新しい浴衣、サスケくんに見てもらいたいの」
「時間があればな」
「あっ、サスケくん、待って。そっち、そっちに曲がって」
商店街を抜けたところで、小さな猫の鳴き声を耳に留めたサクラは急に方向転換を指示する。
有無を言わさぬ口調のサクラに渋々従ったサスケは、路地の片隅に斑模様の猫が行儀良く座っているのを見つけた。
サスケの背中から降りたサクラは鞄から出した弁当の残りを猫の前に置き、「どうぞ」と声をかける。
これが初めてではないのか、猫はサクラに向かってひと鳴きするとせっせとおむすびを解したものを食べ始めた。
まるで、サクラの言葉を理解して行動しているかのようだ。

「一度試しに餌をあげてみたら懐いてくれたみたい。ここを通ると、いつも待っていてくれるの」
猫を見つめるサクラは、嬉しそうに笑って話を続ける。
「毛並みが良いし、野良猫じゃないと思うのよね。飼い主が近くにいるのかも」
「そんなの分からないだろ。首輪もないし、気に入ってるなら連れて帰ったらどうだ」
「そうしようと思ったけど、ここから離れると急に暴れて姿を消しちゃうのよ」

全てを平らげ、猫が満足げに鳴くと、サクラは猫の頭を優しく撫でた。
「名前は勝手につけちゃったんだけどね」
「何だ」
「「ネーコ」よ」
「・・・・・・」
あまりに安易ではないかと思ったが、サクラが得意げな顔をしていたから、サスケは何も言わなかった。
金色の瞳の斑猫は、サスケには目もくれずにサクラに体をすり寄らせている。
人に慣れているところを見ると、サクラが飼い猫だと言ったのは当たっているかもしれなかった。

 

 

 

忍びの任務は請け負った際にランク付けがされ、メンバーの実力を見極めてからそれぞれの班に割り当てられる。
その日の七班の任務は、『人食い』妖怪の退治だ。
妖怪といってもまた種類が豊富で、『人食い』の名前の通り人肉を食すものから、人の生き血だけを吸い取るもの、髪の毛や爪を好むものと様々だった。
そして、今回は人間の色を奪う『人食い』とされている。
被害者は体中のあらゆる色を奪われ、髪も肌も全てが真っ白になってしまっていた。
暫くするとある程度は元の色に戻り、命にも別状はないが、迷惑な妖怪には変わりはない。

 

「こんなんで、本当に寄ってくるのかしら」
妖怪が出没するという界隈で、色とりどりの派手な模様のハンカチを胸ポケットに入れたサクラは怪訝そうに呟く。
とにかくカラフルであればあるほど、妖怪が好むということだ。
そして、妖怪の弱点はその赤い瞳。
瞳を攻撃して色への執着を経てば、息の根を止めるのはたやすいらしい。
七班の面々はそれぞれ囮となって近くを歩いているが、ここ三日は全く収穫がなかった。

「そういえば、この辺ってネーコがいるところよね・・・」
ふと呟いたサクラは、後方で猫が鳴いたような気がして後ろを振り返る。
「ネーコ?」
期待を込めて名前を呼んだのだが、そこにあったのは全く見知らぬ顔だ。
白い着物を身に纏い、金色の瞳が印象的なその少年はサクラと同じくらいの年齢だろうか。
にっこりと微笑まれたサクラは、どこかで合ったことがあろうだろうかと考えながら、曖昧な笑顔を返す。
誰にでも相性というものがあると思うが、彼の笑顔はひどく優しげで、敵意がないことだけは明らかだった。

 

 

『サクラと連絡が途絶えた』

機械を通して聞こえてきたカカシの声に、サスケは足をすくませる。
何かあればすぐ連絡を取り合えるよう、皆には通信機が渡されていた。
30分おきに定期的にリーダーのカカシに状況を伝えるのだが、サクラからだけは音沙汰がなかったらしい。
つまり、サクラがターゲットに接触した可能性がある。

『最期に通信が入ったのは、A−5地点だ』

おそらくカカシとナルトも同じ場所を目指しているだろうが、頭の中で地図を思い浮かべたサスケはその場から駆け出した。
心臓が早鐘を打つように高鳴っている。
七班はまだレベルの低い任務しか割り当てられないのだから、妖怪も『人食い』とはいえ力は弱いはずだ。
遭遇しても命が奪われることはまずない。
だが、それならば何故サクラは連絡をしてこないのか、考えれば考えるほど気分が悪くなる。
緊張のあまり吐き出しそうになりながらも、頭を過ぎる嫌な予感をうち消し、サスケはとにかく足を動かすことだけに専念した。

 

 

サクラの失踪地点にたどり着くとまだカカシとナルトの姿はなく、サスケは注意深く周囲を見回す。
何か手がかりはないか、些細なことでも見逃すわけにはいかない。
「・・・・ここは」
番地の書かれたプレートを見たサスケは、ハッとして傍らの路地へ目をやる。
サクラと一緒に数日前に来た覚えがあった。
確かあのとき、サクラはすぐ脇の道を指差して入っていったのだ。

導かれるようにして踵を返したサスケは、サクラが猫に餌をやっていた場所へと自然と足が向かっていた。
任務の最中に、サクラが猫と遊んでいて連絡を忘れたとは思っていない。
サクラは七班の中で一番生真面目な性格をしているのだ。
それでもサクラがそこにいると確信したのは、何かしらの勘が働いたのだろうか。
身構えながら、建物の陰から様子を窺うと、猫がいた場所にはキラキラと輝く物を掌にのせた少年が立っている。
その足下に倒れているのは桃色の髪の少女、彼のいる角度からは顔は見えないがサクラに違いない。
少年はサスケの気配に気づくと、微かに笑ったようだった。


あとがき??
あれ、続いてしまいましたよ。
前半のエピソードは、前にも書いたなぁという感じで。
妖怪ネタは『チキタ★GUGU』。


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