恋わずらい 2


「サクラ」
肩を掴んで呼びかけると、サクラはすぐに瞳を開けた。
一見して体に外傷はなく、何らかのショックで失神していただけのようだ。
白い着物を着た怪しい少年には逃げられてしまったが、倒れているサクラを放って追いかけることも出来なかった。
「・・・・サスケくん?」
「立てるか」
中腰だったサスケがサクラの腕を引っぱろうとすると、その手は彼女によって払われた。
「平気」
ふと生じた違和感は、自力で立ち上がったサクラを見つめるうちに霧散する。
「私・・・、どうしたの?ここは」
「覚えていないのか。白い着物を着た奴に何かされたんじゃ・・・」
「分からない。誰なの、それ」
首を振ったサクラは、不安げな様子で自分の体をかき抱く。

疑問は残るものの、通信機でカカシとナルトに連絡を取ると、近くまでやって来ていた二人はすぐに姿を見せた。
ナルトは白い虫のようなものを捕まえてきており、カカシによってそれが今回の依頼で頼まれた『人食い』であることが確認される。
「こんなちっこい物が騒動を巻き起こしていたのかぁ」
「色がこの妖怪の力の源だからね。赤い瞳を封じて真っ白になっちゃった今はただの昆虫と変わらないよ」
じたばたと手足を動かす虫を、妖術を封じる瓶に入れてしまえば任務は終了だった。

 

「あの、私、みんなに迷惑かけたみたいで。ごめんなさい・・・・」
「いや、何もなかったんならいいんだよ」
事情を聞いたサクラが皆に頭を下げると、カカシは軽く彼女の肩を叩いた。
謎の少年を見かけたのはサスケだけで、今となってはサクラの失神と関係があったかも疑問だ。
その後解散した7班は銘々思う場所へと散ったが、珍しくナルトがサスケの傍らを少し離れて歩いている。
何か話があるのかと思えば、声を掛けることもなく、ちらちらと何か言いたげな顔で見られているのだから非常に気になってしまう。

「何だよ」
「お前、サクラちゃんと喧嘩でもした?」
「・・・・何でそう思う」
「いや、なんか、サクラちゃん一度もお前と目を合わせなかったから」
普段は鈍いナルトも、長年片思いをしているサクラに関してだけは、鋭いことを言うようだった。

 

 

 

町中でサスケがサクラを見かけたのは、次の日の午後だ。
仕事が休みだったため、図書館でいくつか本を借りて帰ったのだが、その途中で運悪くいのに捕まってしまった。
サスケの腕に自分の手を絡めたいのは、上機嫌な様子でぺらぺらと喋り続けている。
サスケは殆ど話を聞いていなくても関係がないようだ。
こんなところは知り合いに見られたくないと思ったのだが、そうしたときに限って、一番会いたくない人物に出くわしてしまうものらしい。

「サクラだわ」
少しびくついたサスケが、いのの指差した方角を見ると、人混みに紛れて歩く桃色の髪が見えた。
そして、そのすぐ隣りを歩いているのは、セピア色の髪をした古風な着物姿の少年だ。
「あっ」
思わず声をあげたサスケを、いのは怪訝そうに見やる。
「どうかしたのー?」
「・・・・」
無言のまま凝視したサスケだったが、サクラが倒れたときにそばにいた少年に間違いなかった。
指を絡めて手を繋ぐサクラは、随分と親しげな様子で彼に笑いかけている。

 

「あれ、誰かしら、見たこと無いけど。サクラーー」
サスケが止めようとしたときはすでに遅く、手を振って大きな声を出したいのに気づき、サクラは振り返った。
二人の姿を確認すると、彼女の顔には明るい笑みが広がる。
「いのも今日お休みだったんだ。買い物?」
少年と手を繋いだまま駆け寄ったサクラは、笑顔を崩すことなく問いかけた。
いつもならば、いのがサスケに少しでも近寄ればヒステリックに叫ぶのだが、そうした気配は微塵もない。
サスケの存在など無いかのように、いのだけを見つめている。

「そ、そうだけど。そちらの方は?」
「私の従兄よ。来週の花火大会に一緒に行くから、彼の分の浴衣を買いに行くところなの」
彼の顔を見上げたサクラは、はにかんだ笑みを浮かべた。
見つめ合って微笑む彼らはどう見ても恋人同士そのもので、いのは唖然として声が出なくなる。
「サクラ」
「あ、うん。もう行かないと。じゃあね」
彼に促されたサクラは、空いている方の手で二人に手を振ると、踵を返して行ってしまう。
明るい笑い声をたてたサクラを見るかぎり、歩き出した瞬間にサスケといののことは彼女の頭から消えてしまったかのようだ。
「・・・サスケくん、サクラと喧嘩でもしたの?」
眉をひそめたいのにナルトと同じ質問をされたサスケは、苦虫を噛みつぶしたような顔で応えるしか出来なかった。

 

 

 

キラキラと、輝くものを見つめている少年。
彼に、それを返して欲しいと願う夢を見た。
返して欲しい。
口にしてから、自分で、自分の言葉に首を傾げる。
果たして、それはもとから自分の物だったのだろうか。

 

「・・・・疲れた」
目元をこするサスケは、ベッドの上で不機嫌そうに呟く。
妙な夢を見たせいか、眠ったはずなのに疲労が増しているようだ。
欠伸をしながら起きあがり、のろのろと任務に行く仕度を始める。
部屋が雑然としているように見えるのは、毎日のように家を訪れて自主的に掃除を洗濯をしていた者がいなくなったからだろう。
サクラが飾った花瓶の花は少し前に枯れてしまった。
それでも片づける気にならないのは、いつかまたサクラが来ることを願っているからか、ただ面倒くさいからなのか、サスケにもよく分からない。

ここ数日、明らかにサスケを避けているサクラの行動に、ナルトもカカシも戸惑っている。
何があったか聞かれても、突然のことで、困惑しているのはサスケも同じだ。
しかし、今まで彼女に優しい言葉の一つもかけたことがないのだから、愛想を尽かされても文句は言えない。
トーストをかじりながら壁へ目をやると、カレンダーの数字に一つ赤い丸が付いていた。
「花火大会!」と書かれた文字は、彼女の手によるものだ。
『来週の花火大会一緒に行こう。新しい浴衣、サスケくんに見てもらいたいの』
当たり前のように側にあったサクラの笑顔と、その約束をおぼろげに思い出す。
「・・・嘘つき」

本当に大事なものは、失わないと分からない。
誰が言ったか知らないが、今ならばそれが真実だと分かるような気がした。


あとがき??
また続いていますね。
書きたかったのは、サスケを好きでないサクラでした。


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