恋わずらい 3


胸に、ぽっかりと大きな穴が空いてしまったようだった。
朝は任務に行き、夕方は家に帰る、いつもと同じ生活をしているはずなのに何かが足りない。
そして、自分の意志で動いているはずなのに、誰かに先の行動を命じられているような、不自然な感覚。
何か忘れていることがあるにせよ、食事も睡眠も平常通りに取れているのだから何の問題もないはずだ。
それなのに、何故こんなにも不安な気持ちになるのか。
鏡の前に立つサクラは、そこに映る緑の瞳を見返して自分自身に問いかけ続ける。

「あらサクラ、何してるの?花火大会に行くんでしょう」
「・・・うん」
洗面所を覗いた母親に、浴衣姿のサクラは曖昧な笑顔で応えた。
15分後に公園の入り口で待ち合わせているのだから、そろそろ出発しないと間に合わない。
「サスケくんと一緒に行くんでしょう」
「えっ!?」
玄関で下駄を履くサクラは、母の思いがけない言葉に素っ頓狂な声を出した。
「あれ、そう言ってなかった?」
「・・・・」
首を傾げた母を、サクラは訝しげに見つめる。
サスケとは同じ班で行動しているが、あまりいい印象は持っていない。
ナルトならともかく、彼と一緒に花火を見に行くなど、考えたこともなかった。

 

 

 

「・・・・変なの」
下駄の音を鳴らして歩くサクラは、どうにも腑に落ちないものを感じる。
言われてみると、誰かと約束していたようにも思うのだが、その相手がどうしても思い出せないのだ。
「嫌だ。まさか、もう惚けたのかしら」
同じく花火大会に向かう人々の間を縫って進んでいたサクラは、ふいに飛び出してきた子供に体当たされ後方によろめいた。
「あ、す、すみません」
脇にいた者に腕を掴まれて支えられたサクラは、その人物を見上げるなり目を見開く。
人並み外れて整った美貌は見間違えるはずもなく、彼の眉はいつものように不機嫌そうに寄っていた。
「サスケ・・・くん」
サクラはすぐに手を放そうとしたのだが、逆に強く手首を握られて思わず顔をしかめる。
どうしてか、彼の瞳を見るのが怖い。

「は、放してよ!」
「質問に答えたら放してやる」
威厳高に言われ、サクラは上目遣いに彼を睨む。
気を張っていても、彼女の手首の震えを見れば怯えているのがすぐ分かったが、サスケは構わず先を続けた。
「俺を毛嫌いする理由は何だ。俺がお前に何かしたか?」
「しょうがないでしょう。あなたは、私の敵なんだから」
口に出してから、サクラはハッとした様子で驚くサスケの顔を見つめる。
彼は木ノ葉隠れの忍びで、同じ7班のメンバーで、たとえ気にくわなくても「敵」などと表現するのは変だ。
それでも、自分ではない誰かがサスケは「敵」なのだと警告している。
頭が割れそうに痛かった。

 

「何だよ、それ。どういうことだよ」
「し、知らない、知らないわ!」
混乱するサクラは、片方の手を額に当てて叫ぶように答えた。
「何で俺がお前の敵になるんだ。ちゃんと俺の方を見ろ」
肩を揺すってサクラの顔を上げさせたサスケは、彼女の瞳に浮かんでいた涙に仰天し、反射的に手を放した。
ただ話しに来ただけなのに、まるで虐めているようだ。
「サクラ?」
「敵じゃない・・・、サスケくんは、敵じゃないよ」
自分に言い聞かせるように繰り返したサクラはそのまま崩れ落ちるように膝を突く。
「お、おい、サクラ!」

花火大会が始まることもあり周囲は賑々しい雰囲気だったが、往来で言い合いをするサスケとサクラは随分と目立っていたようだ。
ふと目をやると、通り過ぎる人々が皆二人を見つめている。
突然倒れたサクラを抱えて次の行動を考えたとき、サスケの視界にセピア色の髪をした少年が立ち塞がった。
金色の瞳を細め、微かな笑みを浮かべているように見える。
「あーあ、サクラが遅いから迎えに来てみれば。せっかく浴衣を用意したのに、無駄になっちゃったなぁ」
「・・・お前」
「ここは人が多い。付いておいでよ」
顎でしゃくって合図した少年は、何か言いかけたサスケを無視して歩き出す。
人混みの中に入っても、不思議と彼の後ろ姿は見分けることが出来た。
彼だけが他の人間達とは違う異質な空気を纏っているせいなのだが、サスケ以外に不審に思う者はいないようだった。

 

 

「君が返して欲しいのは、これだよね」
大通りを抜けて脇道に入れば、今までの喧噪が嘘のような静けさだ。
少年が懐から出したのは夢にまで見たキラキラと光る玉で、サクラを背負ったままサスケは警戒の色を強くする。
「お前、誰だ」
「『人食い』だよ。サクラにはネーコって名前を貰ったけど、本当の名前は斑目。僕が人間から奪って食べるのは目に見えないもの、その人の心や記憶なんだ。これはサクラの君への恋心や思い出の一部だけど、ぴかぴかに輝いて綺麗だろ。僕は今までこんなに綺麗なものは見たことがなかったよ」
玉を眺めながら話す斑目の言葉に、サスケはサクラの心変わりの理由をようやく呑み込んだ。
「好き」という感情を全て奪われたために「嫌い」なった。
サスケは「敵」だという暗示をサクラに掛けたのも、おそらく彼だ。

「僕はねぇ、君がサクラに会う前から、ずーっとサクラのことを見てきたんだ。サクラの笑った顔が好きだったのに、君と出会ってからはその笑顔があんまり見られなくなっちゃった。だから、いっそこんなものは僕が食べて消してしまおうと思って」
「おい!」
玉をぺろりと舐め、今にも食いつきそうな斑目に、サスケは思わず制止の声をかけていた。
慌てるサスケを振り返って見つめた彼は、くすくすと笑い声を漏らす。
「君は知らないだろう。サクラが君のために料理の特訓をしていることも、君が読みたいと言った本を探すために足を棒にして歩きまわったことも、長い髪が好きだと聞いたからかかさず手入れをしていることも、全然分かっていないんだ。サクラの想いに応えるだけのことを、君は今まで何かしたかい?」
「・・・・・」

何も言い返せずに立ちつくすサスケに、斑目は玉を掌の上にのせて一層楽しげに微笑んだ。
「これをどーしても返して欲しかったら、取引に応じるよ」
「取引?」
「僕も妖怪だからね。せっかく手に入れた餌をただで返すわけにいかない」
斑目に指をさされたサスケは、妙な威圧感を発する彼に鋭い眼差しで応える。
「代償として君の大事なものをもらう。それでもいい?」


あとがき??
あと、エピローグ。
『ときめきトゥナイト』の蘭世と真壁くんを思い出しました・・・。


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