恋わずらい 4


「ネーコ?」
壁の隙間を覗き込んだサクラが呼びかけても、斑模様の猫の返事は返ってこなかった。
近頃、猫のうろついていた付近を歩いても、全く会えない日々が続いている。
「猫は死期が近づくと姿を消すそうだな」
背後に立つサスケの無情な言葉に、振り向いたサクラは彼を睨み付ける。
「冗談だ。まだ若い猫だったし、死んだりしないだろ。世話をしていた家族が引っ越して一緒に連れて行ったのかもしれない」
「・・・・・そうかなぁ」
猫用の餌を入れた包みを抱え、サクラは小さくため息をつく。

 

 

 

「出ていかないのー?」
「見せつけられるのも癪だからね」
屋根の上で足をぶらつかせる斑目は、大きな口を開けて手の中にあった玉を二つ飲み込んだ。
心を返す代償としてサクラとサスケから奪った斑目に関する記憶だ。
宝石のような輝きのあった恋心に比べれば全く味気ない物だが、腹の足しにはなる。
「あの子、一生懸命に探してるじゃないか。可哀相に・・・・」
斑目の隣りで寝そべりながら、彼と同じ『人食い』の少女はゴミ捨て場のポリバケツまで開けて猫を捜すサクラを目で追いかけていた。

「僕は意地悪なんだよ」
「十分、優しいと思うけどね」
1時間ほど歩き回ってようやく諦めたらしく、サクラはとぼとぼとした足取りで路地裏を後にする。
斑目がサクラに懸想していたことは、行動を共にすることが多かった仲間の『人食い』にはよく分かっていた。
てっきり邪魔者を消してサクラを仲間にするのかと思っていたのだが、逆に二人の仲を取り持つとは予想外だ。
斑目のサクラに対する愛情は彼女が想像した以上に深かったのかもしれない。
「でも、記憶を取っちゃったらまた同じことの繰り返しじゃないの?彼、あの子の歩幅なんて気にせず先に行っちゃったし」
「大丈夫だよ。潜在意識として、僕の忠告はなんとなーく残ってるはずだから」
風に乱された髪を押さえながら、斑目は彼らのいた場所へと目をやる。

サスケが追いかけてこなければ、そして取引に応じなければ、サクラの心を返すつもりはなかった。
自分なら恋しい少女にいくらでも優しくするというのに、人間は難しい。
悲しげな表情をするときもあるが、サスケの隣りにいるときのサクラが一番可愛らしく笑うと分かったから、二人の邪魔をするのは止めた。
おそらく、相手がサスケだから彼女の恋心もあそこまで魅力的に煌めいているのだ。
斑目が猫の姿で彼女に接することも、もう無いだろう。

 

 

 

「サスケくん、待ってよー」
「お前は後からゆっくり来ればいいだろ。八百屋のトマトの安売りが5時までなんだよ」
「そんな、せっかくここまで一緒に来たのに・・・・うわっ」
何もない道で転倒したサクラは、地面に膝を突いたまま項垂れた。
いつもはそれほどそそっかしくないはずなのだが、緊張しているせいか、サスケのそばにいるときばかり醜態を晒している気がする。
案の定、視線を上げるとサスケが呆れ顔で彼女を見ていた。
「よく転ぶ奴だな」
「すみません・・・」
赤い顔をしたサクラは、彼の手に掴まって立ち上がる。
「・・・・サスケくん?」
いつまでも自分の手を握ったままのサスケに、サクラは不思議そうな表情になった。
「これなら、バランス崩しても平気だろ」

 

重なった掌からはサスケの温もりが伝わってくるが、夢心地のサクラは自分がどこを歩いているかも分かっていない。
憧れのサスケが自分と手を繋いで往来を歩くなど全く現実離れしている。
ちゃんと目が覚めているのか不安になり、サクラは傍らにいるサスケに訊ねた。
「あ、あの、急がないとトマトが・・・・」
「それはもういい。いつものスーパーで買う」
「そう」
様子を窺うと、怒っているわけではないらしい。
ふと首を動かしたサスケと目が合い、サクラの心臓は一気に跳ね上がる。

「この前のトマトのペンネがまた食べたい」
「・・・えっ」
「確か、ナスも入っていた」
「ぺ、ペ、ペンネ?」
頭が完全に飽和状態だったサクラは必死に考え始めた。
サクラの記憶が確かならば、「トマトのペンネ」は何週間か前にサスケの家で作った料理だ。
あれこれ本を眺めながら手の込んだ料理を出してもサスケは大抵「上手い」とも「不味い」とも言わない。
「トマトのペンネ」と作ったときも同様の反応だったはずだ。

「あれ、気に入ったの、サスケくん?」
「ああ」
サスケが素直に頷くと、サクラの顔はたちまち綻んだ。
「うん、分かった!トマト料理研究して、もっといろいろ作るわね」
にこにこと笑ってくっついてきたサクラに、サスケは妙に安心した気持ちで口元を緩める。
いつも通りの反応のはずが、彼女がこうして隣りにいることが、とても貴重に思えた。
喜び感情からか、キラキラと輝くサクラの瞳。
よく似たものをどこかで見た覚えがあったが、それがなんなのかはいくら考えても思い出せなかった。

 

 

「ネーコ、私がいなくてもちゃんとご飯食べてるかしら。やっぱり心配だわ」
「あれは簡単には死なない」
「・・・・何で分かるのよ」
サクラは少々ふて腐れた声を出したが、サスケは平然としている。
「何となく」


あとがき??
おーーわったーー。
1をアップしたあとに大体続きを書いていたんですが、スランプになったために、その後の手直しが微妙です・・・・。
早く完結されないとサスサクは書けなくなるので頑張ってみる。
よく分からないけど、サクラを追いかけるサスケという逆パターンをやりたかったんでしょうか??
ちなみにネーコは大好きな十時半睡の飼い猫の名前です。


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