あさっての方向。 2


その廊下の前を通ると、ちょうどサクラが資料室に入っていくところだった。
約束をしたのだから彼女がやってくるのは当然なのだが、久々に見た桃色の髪の後姿に、サスケの表情が和らぐ。
ナルトは旅に出て半年以上戻らず、サクラは綱手の下で働いているため、七班の活動は停止していた。
サクラの方から会いに来るか、こうして何か用事を見つけて声をかけないかぎり、二人は顔をあわせることもない。
そして近頃のサクラは以前のようなサスケへの執着をすっかり捨ててしまったかのように見えた。

「サクラ」
声をかけると、弾かれたように振り向いたサクラは、すぐに満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「久しぶりだね、サスケくん」
「・・・そうだな」
ふわふわとした笑顔を見ているうちに、自分の顔もだらしなく緩んでしまいそうになり、サスケは慌てて視線をそらした。
すぐに背中を向けたため、赤くなった頬は見られなかったはずだ。
笑ったときのサクラは反則のように可愛い。
だが、それを素直に伝えられるほどサスケは素直な性格をしていない。
ナルトのように、思ったことを何でもかんでも口に出せれば、苦労のない毎日を過ごせそうだった。

 

「サスケくんがこんなに仕事ためるなんて、ちょっと意外。締め切りの三日前くらいには提出しているのかと思った」
「そうか・・・・」
向かいの席で不思議そうな顔をしているサクラに、サスケは心の中で「当然だ」と一人愚痴る。
本当は、仕事の手伝いなど必要なかった。
サクラを呼び出すための口実だ。
ストレートにデートに誘えない以上、こうでもしないとサクラに会うこと出来ないのだから仕方がない。
サスケの複雑な心中などサクラは全く気づいていないようで、何か熱心に考え込んでいる。
「サスケくんの願いって、一族の再興でしょう」
「ああ」
「じゃあ、子供5人くらい産んだら、私のこと好きになってくれる?」
意表を突かれたサスケが何か言葉を発する前に、サクラはにこやかに笑って言った。
「冗談よ」

そんな風に否定されては、想いを伝えることなど到底無理だ。
好かれているとは思うが、自分の気持ちなど端から無視しているサクラに、サスケは段々と悲しくなってきた。
サクラは自分の突拍子もない問いかけなど忘れたように、夢中でペンを走らせている。
火影の秘書を務め、書類作成に慣れているサクラがその気になればこんな仕事など簡単に終わるはずだ。
机に頬杖をついたサスケは、資料の一つに手を伸ばし、適当にぱらぱらと捲り始めた。
近くにいるのに、今のサクラはサスケとはまるで別の方向を見ている。
振り向けば笑ってくれると分かっていても、万が一にも拒まれたときのことを思うと、怖くて呼びかけることが出来ない。
他のことは何でも器用にこなすサスケだったが、恋愛面に関してだけは、そう上手くはいかないようだった。

 

 

 

「何ですか」
火影の執務室に入るなり、サスケはあからさまに不機嫌そうな声を出した。
これまでも何度も同じ用件で呼び出されているため、大体察しは着いている。
最初は内密の話があると言われ、取るものもとりあえず駆けつけていたサスケだったが、急ぎの用事でも何でもない。
綱手の傍らにいるシズネも、困ったような顔でサスケを見つめていた。
「姫君との縁談話ならお断りですよ」
「それが、向こうは本気みたいでもう行動を起こしてしまったようなんだ」
「・・・・はあ?」
首を傾げたサスケに、綱手はにっこりと笑って瓦版を広げて見せる。

「サスケ、潔く結婚してくれ」
「何ですか、これ?」
「今、町で配られているものだ。先方の姫君も今日里に入られてな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
呆れてしまって何も言えないサスケは、自分の婚約について書かれた瓦版を穴があくほど凝視している。
「・・・結婚とは、両者の合意の下に成立するものだと思いましたが」
「まあ、そうだが・・・今回はいろいろと事情が、な・・・・・」
視線をそらした綱手のその一言にきらりと瞳を光らせたサスケは、顔を上げてまっすぐに彼女を見据えた。
「何か、隠しているでしょう」
「な、な、何のことだ」
暑くもないのにハンカチで額を拭きながら答える綱手に、サスケは朗らかな笑みを浮かべてみせる。
もちろん嬉しいからではなく、怒りが限界に達してしまったため、普段にはない表情が出てきたらしい。
「さっさと吐いてもらおうか」
明るく微笑みながら訊ねるサスケは、この世ならぬ迫力があったと、シズネは後に語っている。

 

 

 

どうやら婚約の話はすでに里中に広まってしまったらしく、サスケは道々何度も「おめでとう」と言われてしまった。
この話を打ち消すためにどれほど労力が必要なのか、考えるだけで頭が痛くなってくる。
そして、彼が向かっているのは年中サクラが入り浸っているいのの花屋だ。
自宅にも職場にもいないのだから、その場所にいる可能性が一番強い。

「邪魔するぞ」
「サスケくん!」
レジの金を整理している最中だったいのは、店先に立つサスケを手を叩いて迎え入れる。
「瓦版、見たわよ。婚約おめでとうーー」
「・・・・・誤報だ」
「えっ、そうなの!?」
疲れたような顔で額を押さえたサスケは、さりげなく店内を見回す。
「サクラは・・・」
「たった今までいたんだけど、買い物があるって言って出ていっちゃったわよ」
「俺のことは、何か、言っていたか」
「あー、とくに何も」
「・・・・・」
何故か申し訳なさそうに頬をかいて答えるいのに、サスケは思わずため息をつく。
全く、予想通りの返答だった。
「あのさー、サクラのことが好きならはっきり口で言わないと駄目よ。あの子、鈍いから」
「・・・分かってる」

 

だけれど、サクラはサスケを諦めてしまっているのだ。
他のどんな良い条件の付いた女がいても、サクラには到底及ばないというのに、当の本人が諦めている。
それが寂しい。
だが、今はそんなことにいじけている暇はなさそうだ。
とにかくサクラを掴まえて誤解を解き、菜の国には婚約解消の連絡を入れる。
全てはそれからだ。

「この近くに銀行はあったか?」
「へっ、銀行?」
サスケの唐突な問いかけに、いのは素っ頓狂な声をあげる。
「店を出て右にいけば木ノ葉銀行があるけど、何で?」
「金が必要なんだ」


あとがき??
サクラ→サスケなので、逆にサスケがサクラを追いかける話を書きたかったような気がする。
意識したのは佐原ミズ先生の『めがね泥棒』だったんだけど、あまり参考にしていないような・・・。
ここまで書いたら満足したんですが、3も書かないと駄目・・・か、やはり。


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