あさっての方向。 3


『美人は三日で見飽きる』という言葉があるが、あれは嘘だとサクラは思った。
現に今、サクラの目の前には天女と見紛うばかりの美少女がいたが、いくら凝視しても飽きそうにない。
よほど熱心に見つめていたのだろう。
小さく咳払いをした姫君は、やや眉を寄せながら口を開いた。
「ちゃんと聞いていらっしゃいましたか?」
顔だけでなく、声まで綺麗だ。
鈴を転がすような声音というのは、こんな感じなのか。
歌手デビューをすればこのルックスも含めて大人気間違いない、などと考え始めて、ようやく彼女の言葉が頭に入ってくる。
「サクラさん、ご気分でも悪いのですか?」
「あっ、はい、大丈夫です!聞いています、聞いていますよ、お姫様」
愛想笑いを浮かべたサクラは、呆けていたことを誤魔化すように頭に手をやって答えた。
買い物の途中で、拉致同然に攫われたときは身代金目的の誘拐事件かと思ったが、運びこまれた先は木ノ葉隠れの里でも指折りの高級旅館だ。
首謀者をぶん殴ろうと決めていたというのに、待ち人がこうした美人の姫であっては、乱暴なことは出来ない。

「ええと、私とサスケくんの関係をお尋ねになられたんですよね。安心してください。ただ同じ班の仲間というだけで、それ以上のお付き合いはしていませんから」
サクラは笑顔で答えたが、姫君の表情からは不安が拭えていない。
サスケがなかなか縁談話を了承しないのは他に恋人がいるからだと考え、調べた結果浮上したのがサクラの名前だ。
アカデミーにいた頃から熱心にサスケを追いかけていたという話だったのに、こうまできっぱりと否定されるとは思ってもいなかった。
こっそり手切れ金まで用意していたというのに、恋敵であるはずの姫君を見るサクラの眼差しに敵意は混じっていない。
むしろ好意的なように思える。
「あ、これ、お姫様へのプレゼントにしては貧相かもしれませんが、サスケくんとの婚約のお祝いです。おめでとうございます」
戸惑う姫君に歩み寄ると、サクラはリボンのついた包みを差し出す。
シカマルからサスケ結婚の情報を聞いてすぐに買いに走ったのだが、まさかこんなに早く相手の姫君に会えるとは思っていなかった。
サスケと姫君、どちらに渡しても二人は婚約者なのだから同じことだろう。
彼の幸せを何よりも願う者として、このめでたい話を一番に祝いたかったのだ。

 

「あなた、サスケ様を好いていたのではないのですか?」
「好きですよ。この命をかけてもいいくらい、一番大切な人です」
これだけは、誰に対しても自信を持って言えることだ。
胸を張って堂々と宣言するサクラに、姫君の困惑はよけいに深まる。
「理解できませんわ。ならば、何故私とサスケ様の結婚を祝ったり出来るのですか」
「幸せになって欲しいからです。彼の夢である一族の再興を果たすには、誰が見ても私よりお姫様の方がふさわしいですから。私の実家は木ノ葉隠れでは一般的な家庭ですし、彼を援助するのは無理です。私はサスケくんが選んだのがお姫様みたいに非の打ち所のない人でよかったと思っています」
言っているうちに涙がでそうになって、サクラは口をつぐんだ。
婚約をしたということは、当然姫君はサスケと愛を囁くような関係なのだろう。
いつかはこうした日が来るとは分かっていたが、実際にそうなってみると、身を引き裂かれるように辛い。
このまま姫君のそばにいたら、本当に泣いてしまいそうだった。

「あの、私、そろそろ帰ります。火影様に頼まれた仕事がまだ残っているので。すみません」
「サクラさん」
踵を返して帰ろうとすると、耳に心地よい高音で名を呼ばれる。
「好きだから、幸せになってもらいたい・・・・。あなたはご自分のその想いを直接サスケ様に伝えたことはあるのですか?」
「えっ・・・・」
姫君からの思いがけない問いかけに、サクラは目を軽く見開いて固まった。
そう言われてみると、昔から猛烈なアタックを続けてきたサクラだが、はっきり「好き」と口に出したことはなかったかもしれない。
いや、なかった。
サスケがどういった反応をするか分かりきっていたからだ。
「うざい」と冷たくあしらわれ、互いに気まずい思いをすることになる。
だが、それは本当だろうか。
サクラが微笑みかけると、きまって視線をそらすサスケの横顔が思い出される。
照れたようなその表情は、今までサクラ以外の誰かに向けられたことはなかった。

 

サクラが思案するうちに、にわかにバタバタと廊下が騒がしくなり、開かれた襖の先にいた人物にサクラは目を見張る。
「あれ、サスケくん」
「・・・サクラ、お前、何でここに」
驚いたのは彼も同じだったようだが、姫君の姿に気づくと、自分を止めようとする従者や旅館の従業員を退けながら肩に担いだ千両箱を畳に下ろす。
サスケにしても痛い出費だったが背に腹はかえられない。
「これで全部だ。証文をこっちに渡してもらおうか」
高圧的な物言いに誰もが息を呑む中、姫君は顔色一つ変えることなく懐から一枚の書付を取り出した。
「はじめまして、サスケ様。やはりお気持ちは変わりませんか」
「ああ」
「分かりました」
短いやり取りだったが、きちんと意思の疎通は出来たものらしい。
首を傾げるサクラは、書付を受け取ったサスケに腕をつかまれ、強引に廊下へと引きずり出された。
「あの、ちょ、ちょっとサスケくん、お姫様に挨拶を・・・・」
「必要ない」
「えーーーー・・・・・」

遠ざかっていくサクラの声を聞きながら、姫君は呆れ顔の従者と視線を合わせて苦笑を漏らす。
収集癖のある姫君はサスケの容姿や珍しい血統に惹かれ、コレクションの一つに加えようと思っていたのだ、そう上手くはいかないらしい。
物とは違って人には心がある。
「姫様、追いかけなくてよろしいのですか?」
「もういいわ。興がそがれました」
木ノ葉隠れへの援助を打ち切るといえばまた何かしら状況は変わるだろうが、そうした気持ちも失せた。
何となく、サスケとサクラの二人が羨ましくなってしまったのだ。
蝶よ花よと大切にされ、望めばどんな物も手に入り、誰もが自分に対して親切にしてくれる。
だが、あれほど強く想われたことが、そして想ったことが果たしてあっただろうか。
欲しい物は奪ってでも手に入れるという考えだけで、そのために何かを諦めるなどという発想は今まで皆無だった。

「私も何か、唯一の物を探しましょうか・・・・」
ほうっとため息をつく様すら美しい姫君は、故郷に帰るなり各国から買い求めたコレクションの数々を殆ど手放したらしい。
欲しいのは量ではなく、ただ一つのもの。
サスケに幸せになって欲しいのだと、泣きそうな顔で語ったサクラが忘れられない。
あんな瞳で見つめられれば、心の揺さぶられない男はいないことだろう。

 

 

「えっ、火影様が借金?ギャンブルで??」
「そうだ」
綱手が金を借りた相手が菜の国の国主だったため、サスケは危うく身売りさせられるところだった。
先ほど肩代わりをしたサスケが全額返済したことで、婚約の話はご破算だ。
これから瓦番屋に頼んで広まってしまったデマ情報を何とかしなければならないが、とりあえず目下の危機は去った。
「何だ、サスケくん、お姫様と会ったこともなかったんだ。あんなに美人なのに、もったいない」
「お前は、俺に他の女と結婚して欲しいのか!」
怒鳴るようにして言われ、サクラは目を瞬かせる。
もちろんそんなはずはない。
今回のことも、結婚はサスケも納得済みで、あの姫君を好いているのだと思ったからお祝いをしようと考えたのだ。
一方的にアプローチされているだけだと知っていたら、プレゼントなど買わなかった。

「サスケくん」
あの姫君の顔と言葉を思い出したサクラは、袖を掴んで足早に歩く彼を引き止める。
「何だ」
「ずっと、好きでいてもいい?」
少し小首を傾げた仕草で、躊躇いがちに言われたサスケは、そのまま声を発することが出来ずに立ち尽くす。
そうだった。
サクラは何の思惑も無く、こうしたことをさらりと言ってのける人間だったのだ。
サクラに恋をしている自分が、どう感じるかなど考えるはずもない。
「それは俺の台詞だ、このウスラトンカチ」
腕をつかまれ、乱暴に抱き寄せられたサクラは流石に身を硬くしている。
だが、真っ赤になった顔を見られるよりはマシだ。
これから先、たとえ彼女が心変わりをすることがあったとしても、この手を離す気は毛頭なかった。

 

 

 

「それは菜の国のお姫様からの手紙よ。なんだかこの間の対面で気に入られたみたいで、文通してるの」
「えっ」
サクラの言葉に、サスケは珍しく驚きの声をあげた。
筆まめなサクラがこのところ毎日せっせと何かを書き綴っていたのは知っていたが、その相手が姫君とは予想外だ。
「お前、この前は風の国の我愛羅に手紙書いてたよな」
「うん。毎週ちゃんと返事が来るわよ」
「毎週・・・・・」
にこにこと笑って答えるサクラに、サスケは二の句が告げなくなる。
サスケに嫉妬をさせたくてそうしたことを言っているわけではないあたりが、よけいにたちが悪い。

サクラが懇意にしている相手は何気に各国のVIPが多かった。
木ノ葉隠れの里だけでも、現在の火影はサクラを溺愛する綱手で、次の火影候補であるナルトはサクラにぞっこんだ。
その繋がりを利用すれば何でも出来そうな気もするが、サクラにそんな欲は微塵も無い。
だからこそサクラに人は惹かれるのだろう。
恋人が皆に嫌われているより好かれている方が嬉しいに決まっているが、注意がそちらばかりに向いてしまうのも問題だ。

「お前、二人でいるときくらいちゃんと俺の方を見ろ」
強引にサクラからペンを奪ったサスケは、便箋を手の届かない場所に放り投げた。
抗議しようにも、代わりに紅茶の入ったカップを握らされて、柔らかく微笑まれては怒りも萎えてしまう。
確かに二人が一日一緒にいられるような休みが取れることは滅多に無く、今は貴重な逢瀬の時間だ。
「・・・何だ」
「ああ、うん」
そらされるばかりで、何を考えているかもよく分からなかった彼の瞳に、今はきちんと自分が映っていた。
そのことが、何故だか無性に嬉しい。
「サスケくんも、やっとこっちを見てくれたと思って」


あとがき??
続きを望む声をちょこちょこと頂いていたのですが、長々とお待たせして申し訳ございません。
2をアップしたあとに3も少し書き始めていましたが、今日になって全部書き直しました。
つまらなかったので。あと、凄い恥ずかしい内容で耐えられなかった・・・精神的に。いのやシカマルで出てきていたんですよ。
書き出すとわりと順調に進んでいったので、たぶんこの
SSは今が書き時だったんだろうなぁと思います。
サスサク話はサスケが書きにくくてどうしようもないんですが、定期的に書きたい時期がやってくるのですよね。
不思議。
勝手に「好き」と言ったことがない設定にしてすみません。


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