魔法使いの弟子 3


「お城の庭の木は、外とは違った綺麗な花が咲くんだねー」
のんびりとした声が耳に届いた瞬間、サクラは少しばかり顔をしかめた。
風にのって飛んでしまったハンカチを追いかけ、久しぶりの木登りをしたサクラだったが、やっかいな人間に見つかったようだ。
木にしがみついたまま下方を窺うと、サクラと目が合うなりカカシはにっこりと笑う。
「俺を呼べばすぐに取ってあげたのに・・・」
話しながらカカシは上空に手をかざし、枝に引っかかったハンカチはサクラの目の前でふわりと舞った。
あともう少しで手が届きそうだったのだ。
自分の掌に移動したハンカチをひらひらとさせるカカシを、サクラは恨めしげに見つめた。
これでは周囲に目を配りながらわざわざ木に登った意味がない。

「早くおりておいでーvv上手く受け止めてあげるから」
両手を広げて待っているカカシからサクラは思い切り顔を背ける。
あのにやけ具合からすると、どさくさに紛れて胸や尻を触られるのは必至だ。
「結構です。一人でのぼったんだから、一人でおりられます」
「でもサクラ、スカートの中が丸見えだよ。今日は白いパンツなのね」
「えっ、嘘!!!」
振り返ってスカートの裾を押さえたサクラはそのままバランスを崩し、手を木の枝から滑らせた。
カカシが素早く呪文を唱えたため、落ちる速度がゆるやかになり、楽々と彼の腕に抱きかかえられる。
もちろん、下着が見えたというのはカカシの出任せだ。

 

「サクラ、今日もいい匂いだねーー。可愛い、可愛いv」
「・・・・・」
満面の笑みを浮かべるカカシにため息をつきながら、サクラはいつものように暴れずにじっとしている。
「あれ、怒らないの?」
「だって、私が怒った方が先生って楽しそうなんだもの。しゃくに障るから我慢することにしたの」
「そうなんだー」
アハハッと笑うカカシは、ここぞとばかりにサクラに頬を寄せる。
突然抱きしめられる、匂いをかがれる、これぐらいならば日々繰り返されているセクハラだが、カカシの顔が急接近していることに気づいたサクラはギョッとして手を振り回した。
「ちょ、ちょっと、近すぎよ!!」
「だって、近づかないとキス出来ないじゃないの」
「ギャーーーーー!!!」
口元のマスクをずらしたカカシを見てようやくその意図を悟ったサクラは、腹の底から絶叫した。
サイレンのような甲高い声を上げられては、流石に誰が駆けつけるか分からず、カカシは渋々サクラから手を離す。

「何よ、そんなに嫌なの」
「あ、あ、当たり前じゃない!!それに、ファーストキスはサスケくんとするって決めてるんだから!先生なんかにあげないわよ」
「・・・・・・ふーん」
癇癪を起こしたサクラに、カカシは意味ありげな笑みを向ける。
理由を知りたいと思ったが、何故か非常に嫌な予感がしてサクラは訊くことは出来なかった。

 

 

「・・・・サクラさ、ここから出たいと思ったことない?」
「えっ」
ハンカチを元のようにポケットにしまったサクラは、ふいに呟きを漏らしたカカシを、訝しげに見やる。
サクラを見ればからかうことしかしないカカシが、このときは珍しく真顔だった。
彼がなかなか整った顔立ちだったことに初めて気づいたサクラは、少し緊張しながら視線を逸らす。
「どういう意味?」
「お姫様をやめて、自由に暮らしてみたいと思ったことはないかってこと。外に出れば一人で行動なんて無理な話だし、城にいても必ず誰かに見られているし、生活のスケジュールは10年先まで決まっている。今日だって、木登りを見つけたのが俺じゃなく別の人間なら、サクラは慎みがないって叱られてたはずだ。そんなの、窮屈でしょう?」
「・・・・・」

カカシの言うことはいちいちもっともで、サクラはすぐに言葉を返すことが出来なかった。
サクラも昔は何度も思ったことだ。
サクラの存在が許されているのは城の中だけで、公道を歩くとなれば申請をして許可が降りるのを何ヶ月も待つことになる。
接する人間の顔は毎日同じ顔ぶれで、姫であるサクラに気安く声を掛けられる者は数えるばかり。
どうして自分ばかりが窮屈な思いをするのか、幼心に不満を感じる日々だった。

「確かに普通の女の子だったらって思ったことはあるけど、場所を選んで産まれてくるなんて出来ないんだから、仕方ないじゃない・・・」
暫しの逡巡のあと、サクラはカカシを見上げて微笑みを浮かべた。
「私はお父様とお母様のことを愛しているし、二人の子で良かったと思ってる。それに、姫でなければ出来ないことだって沢山あるのよ。美味しいお料理を食べられたり、綺麗なドレスを着られたり。魔法使いなんて職業の人にも、姫じゃなければ会えなかったでしょう」
「そうだねぇ・・・」
サクラの笑顔に釣られるように、カカシも顔を綻ばせる。
「私は幸せよ。今の生活に不満を持っていたら、国のみんなを幸せに出来るはずがないもの」

 

小さいながら、しっかりと自分の未来を見据えているサクラにカカシは内心感心していた。
魔法使いとして協会に所属しているかぎり、上から命令があればすぐにも任務地に駆けつけなければならない。
サクラが姫でなければ一緒に連れて行けただろうにと、よけいなことを考えてしまったのだ。
最初は、ナルトに接近するために、口実として始めた姫の護衛。
これほど離れがたい存在になるとは、思ってもみなかった。

「どうしたの?」
いつになく沈みがちな表情をするカカシに、サクラは不安げに訊ねる。
「・・・・・近々、この国を離れるかもしれない。ウズマキ国の内紛も落ち着いたことだし」
言っているうちに悲しくなったカカシだが、サクラを見るともっと辛そうな顔になっていた。
何か、彼女の悪言を吐いてしまったかと罪悪感を抱くほどに。
「また、戻ってくるんでしょう?」
泣きそうな顔で詰め寄られたら、カカシは頷くこと以外考えられない。
もともと、ハルノ国は故郷でも何でもないのだ。
それなのに戻ってくるという表現は変だと思ったが、サクラのいる場所に帰るのだと思うと、不思議と納得出来た。

 

「餞別、くれる?」
サクラの前で屈んだカカシは、自分の頬を指差して言う。
彼女が居眠りしているときなら、いくらでも唇にキスは出来た。
しかし、目が覚めているときはこれが限度だ。
頬に軽く触れる程度でも十分幸せな気持ちになれたのは、頬を真っ赤にしたサクラの可愛い顔を見られたことが原因だろうか。


あとがき??
長いー。番外編のような形で、ショートショートをカカサク、ナルサク、サスサクと続けるはずが。
今回はカカサク編しか書けなかった。
最初は早く追い返すことしか考えなかったサクラですが、カカシ先生に情が移っているようです。
次はナルト中心・・・・なのかな、ナルトじゃないような、まあ、ナルサクみたいな(?)話と、たぶんサスサク。
今度こそ坊ちゃんとサクラの話を!


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