砂の男
残業で帰宅が遅くなり、疲れた足取りでアパートの前までたどり着くと、粗大ゴミが階段を遮っていた。
階段の脇の電灯は壊れているため、視界はあまり利かないが何か大きなものだ。
誰がわざわざこの場所に捨てていったのか、サクラは苛立ちを隠せず足下の黒いゴミ袋を蹴り上げる。
「・・・・・・痛い」
「え!!」
ゴミ袋から漏れた声に仰天したサクラはそのまま後退ったが、よく見ると黒い塊は動いていた。
喋れるということは、一応、人間なのだ。
「あの、こんなところで何をしてるんですか?具合が悪いとか・・・」
怖々と近寄ったサクラは、粗大ゴミだと思ったものが大きな瓢箪であることを確認し、悲鳴を上げそうになる。
見覚えがあった。
サクラの記憶が確かならば、瓢箪の持ち主である彼はこのような場所で転がっていていいはずの人物ではない。
一つの隠れ里の長に間違いなかった。
「・・・・あの、もっとゆっくり食べても、誰も取りませんから」
サクラが料理を皿に盛るそばから綺麗に平らげていく我愛羅に、サクラは半ば呆れて言った。
会議のために木ノ葉隠れの里にやってきたらしいが、夜の町でテマリとはぐれたらしい。
お坊ちゃん育ちでそのまま風影となった我愛羅は、他人とコミュニケーションを取るのが上手くない。
宿までの道を聞いてもたどり着けず、そのうち腹が減って倒れていたようだ。
近くの店は全て閉まっていたため、取り敢えず自宅に連れ帰ったサクラだったが、彼は意外にも素直に付いてきた。「恩に着る」
「いいですよ、そんな気にしないで」
茶を飲んで一息ついた我愛羅は、そのとき初めて部屋の中を見回した。
「これはエレベーターか?」
「えっ」
一瞬、何を言われたのか分からなかったサクラは、彼が彼と同じように部屋の壁を眺めた後、憮然とした表情になる。
「・・・・・エレベーターじゃなくて、私の家です。一人だとこの広さで十分なんですよ」
唇を噛みしめたサクラは、危うく彼の頭を小突くところだった。
卓袱台とベッドを置くのが精一杯の部屋は確かに狭いが、エレベーター内部に間違われたのは初めてだ。
一体、彼はどれだけ広い屋敷に住んでいるのだろうか。
サクラの機嫌を損ねたことも知らず、我愛羅は付けっぱなしになっていたTVを凝視していた。「・・・・・・見たいんですか?」
リモコンで音を大きくすると、我愛羅は吸い寄せられるようにTVの前まで近寄った。
巷で大人気のアニメ『プリごろ太』を興味津々といった様子で見ている姿はどうも一つの里の長には見えない。
サクラは知らなかったが、彼の子供時代、砂隠れの里ではこうしたアニメが放送していなかったため、珍しくてつい見入ってしまうのだ。
「第一話から揃ってますけど、見ますか?」
あまりに熱心に眺めていたため、サクラが秘蔵の『プリごろ太』DVDコレクションを見せると、我愛羅の顔がパァッと輝いたような気がする。
空腹で倒れていたこととい、アニメに夢中なことといい、意外なことの連続だ。
サクラの彼に対する印象といえば「近寄りがたい」というものだったが、どうやら改める必要がありそうだった。
「火影と仲が良いんだな・・・」
DVDをセットしたサクラが首を巡らせると、我愛羅は棚の上に置かれた綱手とサクラのツーショット写真の前に立っている。
「ああ、まあ、仲が良いっていうか、私の師匠だから。我愛羅さんも砂の里では大人気みたいですね」
「俺の力じゃない」
「えっ?」
「風影という地位に皆が惹かれるんだ。それまで、俺に好んで近づく者はいなかった」
元々表情が乏しいこともあるが、我愛羅と接することが少なかったため、何を思っているのかサクラに推し量ることは出来ない。
ただ、俯いた我愛羅が今にも泣きそうな顔に見えたから、傍らに立ったサクラは彼の頭に軽く手を置いた。「ああ、嫌だったらごめんなさい。ナルトはこうやると、いつも喜ぶから」
無言のまま顔を上げた我愛羅に、サクラは微笑みを浮かべて言葉を繋ぐ。
「風影だからっていうのもあると思いますけど、それだけじゃないですよ。我愛羅さんが砂の里のために頑張ってる、それが分かっているからみんなあなたを慕っているんです。もっと自信を持ってください」
「・・・・・嫌じゃない」
「はい?」
「そうやられるのは、嫌じゃない」
大分言葉が足りなかったが、頭を撫でたことだと分かると、サクラは口元に笑みを湛えて頷いた。
「そうですか」
「随分と懐かれたものだな・・・・」
『プリごろ太』を見始めて1時間ほど経った頃、ふいに聞こえた声に、サクラは驚いて振り返る。
冷蔵庫の脇で、腕を組んで佇んでいるのは我愛羅の姉のテマリだ。
「テマリさん!」
安堵の気持ちも含めて名前を呼んだのだが、サクラは彼女の見ているものに気づいてはっとなる。
「あ、あの、これはその・・・」
「そのままでいいぞ」
慌てるサクラを、テマリは苦笑しながら制する。
夢中になって『プリごろ太』を見ていた我愛羅は、少し前にサクラの膝枕で眠りに就いていた。
仕事が忙しくて疲れているのだろうと、サクラは気にも留めなかったが、人に見られていると妙に恥ずかしい。「あっ、そういえば、どうやって入ってきたんですか?鍵が掛かっていたはずですけど」
「そこの窓だ」
換気のために開けていた窓を示すと、テマリは脱いだ靴を玄関へと運んだ。
「この辺りで我愛羅の目撃情報が途切れていたから、虱潰しに調べていたんだ。明かりがついていたのは、この家だけだったから覗いてみたんだが」
「そうですか」
話すうち目が覚めたらしく、半身を起こした我愛羅が眠たげに瞼を擦っている。
「お姉さんが迎えに来てくれましたよ。良かったですね」
「・・・・・・厠」
「ああ、あそこの扉です」
どこまでもマイペースな我愛羅はサクラの言葉が耳に入っているのか、そうでないのか、すたすたとトイレに向かって歩いていく。
我愛羅と入れ違いに座ったテマリに、サクラは急いで茶を入れて持ってきた。「我愛羅さんって、人懐こいんですねぇ。うちの前で倒れていたから、連れてきたんですけど」
「いや、そんなことはない。あいつは警戒心が強いから、よほど親しくならないと他人に自分を触らせたりしない」
「えっ、でも・・・」
不思議そうに首を傾げるサクラは、姉弟の母親と面立ちがよく似ていた。
我愛羅は写真でしか母親を知らないが、懐いた理由はおそらくそれだ。
トイレから出てきた我愛羅が戻ってくると、サクラは彼を見上げてにっこりと笑う。
「またいつでも遊びに来てくださいね」
その日、仕事から帰宅したサクラは、玄関の前に座り込む我愛羅を見るなり脱力してしまった。
確かに遊びに来いとは言ったが、翌日も続けて現れるなど予想外だ。
もしかすると、彼らが帰国する一週間後まで、毎日やってくるかもしれない。
「『プリごろ太』、見ますか?」
サクラが声をかけると、我愛羅は心なし嬉しそうな顔をして頷く。
まだまだ意思の疎通は難しかったが、喜んだり、嫌がったりするのは、サクラにもかろうじて伝わってきた。
こんな調子でも里では頼りになる長なのだから、不思議なものだ。
カンクロウやテマリの補佐がなければ、どうやって生活していたか甚だ疑問だった。「そんなに気に入ったなら、『プリごろ太』のDVD、今度プレゼントしますよ」
「いや、いい」
TV観賞用の菓子を出しながら訊ねると、我愛羅は首を振って答えた。
「今度来たとき、またこのエレベーターで見る」
「・・・・お待ちしています」
あとがき??
唐突に我愛羅×サクラ。四サク話の一部だったんですが、ボツったので触りだけ載せます。
エレベーター発言は、『ローマの休日』のアン王女の発言ですね。
何気に、美容師のマリオ・ディラーニさんがお気に入り。
『プリごろ太』はのだめの中に出てくるアニメですv
一応、風影なので、うちのサクラは我愛羅くんを「さん」付けで呼んでいるらしい。原作は呼び捨てだったでしょうか。