月下氷人


ダンボール箱に入れられ、道端に捨てられたその犬を拾ってきたのはナルトだった。
7班は今、任務地である国に向かって旅をしている最中だ。
飼い主となる人物を探す時間などあるはずがない。

「元の場所に戻して来い」
「えー、でもこのまま死んじゃったら後味悪いし」
「任務が最優先だ」
「鬼!」
冷たく言い放つサスケに、ナルトは口を尖らせて反発する。
サスケも動物が嫌いなわけではない。
だが、任務に支障を来すと思われる場合は別だ。

「まぁまぁ、次の宿場町までなら、面倒を見てもいいよ。そこで飼いたい人が見つかるかもしれないし」
「そうよ。可哀相だわ」
カカシとサクラは子犬の体を撫でながらナルトに加勢する。
アーモンド形の愛くるしい瞳に、犬好きの彼らはすっかり魅了されたようだ。
こうなってしまっては、サスケ一人が反論しても誰も耳を貸すはずがない。

 

捨てられた子犬には、確かに同情する。
だが、サスケはその子犬を見た瞬間、妙に嫌な予感がしたのだ。
会話を弾ませる三人は、子犬の持つ異様な気配にまるで気づいていないようだった。

 

 

 

「おはようー」
寝坊したナルトが食堂に行くと、サスケが一人で朝食を取っていた。
旅費の節約のため、4人は一つの部屋で雑魚寝している。
ナルトはてっきりカカシとサクラも一緒にいると思ったのだが、周りに彼らの姿はない。
「カカシ先生とサクラちゃんは?」
「知らない。俺が起きたときはいなかった」
「へー、二人一緒なのかなぁ」

その宿場町は治安が良く、宿も古いが設備は整っている。
心配することはないと思い席に着いたナルトは、運ばれてきた食事にさっそく箸を付けた。
「そういえばさ、あの犬もいないんだよ。ちゃんと紐で繋いでおいたのに」
「・・・カカシ達が連れて行ったんじゃないか」
「えー?」
サスケが斜め前方を凝視していることに気づいたナルトは、同じ方向へ目をやる。
そこにいたのは、仲良く手を繋いで食堂に入ってきたカカシとサクラだ。
カカシが引き綱ごと子犬を抱えていることから、二人で朝の散歩に行ってきたのだと分かる。

「何だよー、誘ってくれたら俺も一緒に行ったのに」
自分達の席に近づいてきたカカシに、ナルトは不満げに言う。
「んー、何だか早く目が覚めちゃって」
「私も。ナルトはいびきかいていたから、起こしたら悪いと思って」
えへへっと笑ったサクラは、傍らのカカシを見つめて微妙に頬を染めている。

 

変だった。
カカシとサクラの間にある空気は、どう見ても恋人同士のもの。
昨日まで、二人が手を繋いで歩いている場面など、見たことがない。
鈍いナルトはともかく、サスケは訝しげに二人を見やる。
そして、ある物に目を留めた。

「・・・何だ、それは」
「え?」
「何が」
サスケが指差した場所を見ても、カカシとサクラはぴんと来ないようだ。
だが、彼の目にははっきりと見えている。
二人の足首を結んでいる、赤い縄が。

「お前、見えるのか?ただ者ではないな」
唐突に発せられた舌足らずの声に、その場にいた全員がぽかんとした顔つきになった。
喋ったのは、カカシの腕の中にいる子犬。
気のせいかと思った4人だったが、カカシの手から放れた犬は、二本足で立ち上がる。
「私は犬神だ。敬え!」
「・・・・・」
偉そうに腰に手を当てる子犬を前にして、彼らは困惑気味に顔を見合わせる。
ただの犬ではないと理解できた。
だが、突然神様だと言われても、どう対応したらいいか分からない。

「手始めに、今日はお前達の縁を結んでやった。お布施を沢山出すように」
「え!?」
犬神が前足で指し示したのは、カカシとサクラの二人だ。
そのとき、サスケは彼らのラブラブぶりの訳を悟った。
男女の足を結べばどんな間柄でも夫婦となることができるという赤縄の話を、何かの本で読んだ覚えがある。
おそらく、この犬神は縁結びの神なのだろう。

 

 

「私がこの縄で結べば、誰でも恋に落ちる。そして、夫婦になるのだ」
「ちょっと待て。何でこの二人を選んだんだ?」
「隣りで寝ていたからだ。おなごは一人しかおらぬようだし、一組しか繋げなかった」
訊いてみれば恐ろしく単純な理由に、サスケはがっくりと肩を落とした。
それまで黙って話を聞いていたナルトは、身を乗り出して犬神に顔を近づける。
「その縄、ついでに俺にも繋いでくれないかなぁ?サクラちゃんと結婚できるなら、三人一緒でも構わないからさ」
「お前、ややこしいことをするな!!」
本気で訴えるナルトにサスケががなりたてる。

「さっさと縄を解いてもらおうか!」
「何でだ?」
きょとんとした犬神は罪のない笑顔を浮かべてみせる。
「あの者達は、異存がないようだぞ」
「え゛」
サスケが振り返ると、カカシとサクラはしっかりと手を取り合っていた。
「私、このままでも構わないわ。先生のことを愛しているの。ずっと一緒にいたい!」
「うん。俺も」
随分と強力に縄の力が作用しているのか、二人はひしと抱き合う。
額に青筋を立てるサスケとは対照的に、ナルトは興味深げに彼らの様子を傍観していた。

「ねぇ、犬神様じゃなきゃ、縄は外れないの?何かの拍子で縄が取れたりとかは」
「それはない。本来、普通の人間には触れぬし見えもしないものだ。長さに際限がないから、日常生活に支障もないな」
「ふむふむ」
「この先どんな障害があろうと、二人は必ず結ばれる。子孫繁栄で家庭円満。そして、一生私にお布施を出すのだ」
ナルトと犬神が話す間にも、カカシ達は人目もはばからずいちゃついている。
背伸びしてカカシにキスをするサクラの姿に、何かが、ぶちりと切れる音が聞こえたような気がした。

 

「今すぐ、あれを解け」
震えるほど強い力で握られたサスケのクナイは犬神の首に突きつけられている。
神といえど首をもがれればダメージを受けるのか、凄むサスケに対して犬神は明らかに狼狽していた。
「か、神を冒涜する気か!罰が当るぞ!!」
「何か、神だ!!この犬っころが!!!細切れにされたくなければ、さっさとしろ!」

 

 

 

 

サスケの剣幕に呑まれた犬神は渋々二人の縄を解き、近くの神社に引き取られていった。
今まで放浪を繰り返していたようだが、なかなかこの宿場町が気に入ったらしく、暫く留まることにしたらしい。
強力な縁結びの神がいると分かれば町興しにもなり、住人も万々歳だ。

 

「サスケくーん」
すっかり正気を取り戻したサクラは、以前と変わらずサスケを追いかけるようになった。
宿場を出発してすぐ、サクラはあれほど親密だったカカシをほぼ無視して一生懸命サスケに話しかけている。
「今日のお弁当のお結び、私が握ったのよ。一緒に食べようね」
「サクラー、俺達は?」
「邪魔しないでよ!」

茶々を入れたカカシはサクラに厳しい目つきで睨まれる。
苦笑したカカシは歩きながら熱心に地図をチェックしているナルトを不思議そうに見た。
「何やってるの、お前」
「うーん、この仕事終わったあとも、同じルートで帰るかと思って」
「そうね、台風や地震で道の封鎖がなければ、同じじゃないの」
「お布施、いくら出せばサクラちゃんと縁結んでくれるかなぁ・・・・」


あとがき??
元ネタは『神様がいっぴき』です。赤縄のエピソードは中国唐の「続幽怪録」の故事から。
恋人達が赤い糸で結ばれているという話もここから来たらしい。
月下氷人は赤縄人のことですね。仲人みたいな。
サスケに縄が見えたのは、もともと犬を怪しんでいたのと写輪眼の力が作用していたのかと・・・・。


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