幸福な王子


「パックンは?」

 

それが、病院で目覚めたカカシの第一声。
暗部としての任務中、不意の事故によりカカシは重傷を負った。
意識が途切れる直前に、忍犬が自分をかばったことだけは覚えている。
それでこの怪我なのだ。
事故の後、行方不明となったパックンがどうなったかはおおよそ察しが付く。

自宅に戻ったカカシは、暫くの間仕事を免除され、休みをもらった。
久しぶりにゆっくりとした毎日だ。
だが、体力面はともかく沈んだ気持ちはなかなか回復しない。
困難な任務を共にした、大事な仲間。
忍犬の一匹が自分のために犠牲になったかと思うと、罪悪感でたまらなくなる。

 

 

 

「はーい・・・」
チャイムの音に気づいたカカシは、面倒くさそうにソファーから立ち上がった。
念のため、扉の近くに付けたカメラで来訪者を確認したが、そこにいたのは見たこともない子供だ。
髪にリボンを付ける桃色の髪の少女は手に大きなバスケットを持ち、不安げな様子で周りを見ている。
彼女がどこかの暗殺者だとしたら、かなりの演技力だ。
首をかしげながらも、カカシは扉を開けて彼女を招き入れる。

「何?」
促されるままに玄関に立った少女は、おずおずとバスケットをカカシに差し出した。
そして、上に掛かった毛布をどけて出てきた物に、カカシは目を丸くして驚く。
「パックン!!?」
「おお」
パックンは手を上げて合図したが、その体はいたるところに包帯を巻かれて真っ白だ。
喋ることさえも億劫そうだった。

「あの、わんちゃんがこの家に連れて行けって言ったから・・・・」
思わずパックンの入ったバスケットを奪ったカカシに、少女はおずおずと声を掛ける。
上目遣いにカカシを見る彼女は、彼を目が合うと緊張気味に笑った。

 

 

あの日、カカシの危機を伝えるため血が流れる体を引きずって人の気配がする場所へと向かったパックンは、とある民家の庭先で力尽きた。
そこが、少女の家だったというわけだ。
意識不明の重体だったが、彼女の献身的な看護により、何とか動けるまで回復したらしい。

「有難う。わざわざ連れてきてくれて」
「ううん。わんちゃんのご主人様が見つかって、良かったわ」
サクラと名乗った少女は、カカシの出した茶をすすり、にっこりと笑う。
表情に富んだ利発な顔立ちのサクラにカカシは好印象を抱いた。
彼女の笑顔一つで、殺風景な部屋がぱっと明るくなった気がする。
何より、大事な忍犬の命の恩人だ。

「サクラちゃん、人魚って目を開けて初めて見た人間に恋をするんだって。人魚姫が船の上の王子様を見初めたのは、そんな理由からかもしれないね」
「え?」
「というわけで、君のことが好きになりました。これからもよろしくね」
「・・・・・」
向かいの席に座るカカシに手を握られたサクラは目をぱちくりと瞬かせた。
アンデルセンの童話、『人魚姫』はサクラも読んだ覚えがある。
だが、その内容は命を救った王子に人魚の姫が恋をする話だったはずだ。

「あの、私が助けたのはわんちゃんで、あなたじゃないんですけど。立場も逆だし」
「細かいことは気にしない!俺さ、あの話のラストが気に入らないんだ。やっぱり、王子様と幸せにならないとね」
「は、はぁ・・・」
カカシは笑顔だったが、サクラは幼心に妙な危機感を抱く。
握られた掌はサクラの力では簡単に振りほどけない。
顔を引きつらせたサクラは、自分の背後から飛び出してきた白い物体に驚いて目と口を大きく開けた。

 

「イテッ!!」
「わんちゃん」
パックンがカカシの手に噛み付いた拍子に、サクラへの拘束が外れる。
「早く逃げろ。もう二度とここには来るなよ!」
「う、うん」
パックンにかばわれたサクラは、駆け足で玄関へと向かった。
「お前―!!主人に向かってなんてことするんだ、大怪我しているくせに」
「うるさい。恩人の危機に黙っていられるか」
「危機って何だ、危機って。人をケダモノ扱いして。ちょっと仲良くしようとしただけだろ」
飼い犬に手を噛まれたカカシはパックンと激しく言い争っていたが、サクラは気にせず家から駆け出した。
サクラはカカシに家の場所を教えておらず、もう二度と関わりあうことはないはずだ。

喋る犬と風変わりなその飼い主のことは、まだ小さかったサクラの頭からすぐに消えてしまった。
むしろ、嫌な記憶として無理に追い出してしまったのかもしれない。

 

 

 

 

アカデミーの中庭にある木陰で昼寝をしていたサクラは、目を擦りながら状況を確認する。
彼女の膝の上にいる茶色い生き物。
カカシの忍犬として活躍する、パックンだ。
その重みのせいで足がしびれていたのだが、すやすやと寝息を立てるパックンを見ると、無下にどかすことは出来ない。
優しくパックンの頭に触れたサクラは、近づいてきて気配に顔を上げる。

 

「パックンは、本当にサクラが好きなんだねぇ」
ポケットに手を入れながら歩くカカシを見て、サクラは笑顔を返す。
「元々、人懐こい犬なんじゃないの?よく私のところに遊びに来るわよ」
「そんなわけないよ。忍犬は厳しい訓練を受けているから、滅多に主人以外には気を許さない」
「えー??」
サクラは不思議そうにパックンの寝顔を見つめた。
普段は口うるさい犬だが、今はただの可愛いパグ犬だ。
サクラが触っても起きないことから、彼女の傍はよほど居心地がいいのだろう。

「じゃあ、何で私の膝の上で寝ていたりするわけ?」
「命の恩人だからじゃないの」
「・・・・何、それ」
訝しげに眉を寄せたサクラの隣りに座ると、カカシはパックンの頭の上にある彼女の右手を握る。
「捕まえた」
「・・・?」
「ハッピーエンドで終わらそうね」

高いびきをかくパックンの目覚まし時計となったのは、カカシにキスをされたサクラの甲高い悲鳴だった。


あとがき??
危機的状況を救ってくれたのが可愛い女の子だったりすると、好きになってしまうのではないでしょうか。
パックンが死んだと思って、えらく落ち込んでいたので。
前半のサクラは6、7歳のつもり。ただ、パックン×サクラを書きたかっただけなのに、何かが違うような・・・・。
これからカカシ先生とパックンのサクラ争奪戦が始まるはずです。
タイトルはオスカー・ワイルドだけれど、モチーフは『人魚姫』でした。


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