「お前は傀儡の部品が欠けたときのスペアだ」

 

目を合わせて、開口一番に言われたのがその言葉だった。
サソリのために働く傀儡が壊れた際に、自分の手や足がもがれて代用されるなど冗談ではない。
彼の根城に連れ去られた当初は、サクラは何とか逃げ出そうと躍起になったものだ。
しかし、場所はどことも知れぬ森の中、手足にはチャクラを吸い取る枷を付けられ、始終監視の目が光っていてはそれもなかなかかなわなかった。

捕らわれの身の上とはいえ、敷地内から出られないことを除けばサクラの生活に不自由はない。
暁のメンバーとしての仕事があるのかサソリはあまり姿を見せず、必要なものは彼と契約を交わした喋る猫が何でも用意してくれる。
赤い毛並みに薄い水色の瞳の、なんともミステリアスな雰囲気のある猫だ。
部屋や廊下には人形がそろっていたが、生きているものといえばその猫だけで、自然とサクラは彼に話しかけるようになっていた。
見張り役としてそばにいる猫でも、一日中誰とも話さないよりはマシだ。

 

 

「ねえ、今度いつサソリは戻ってくるの?」
庭にある東屋で午後の一時を過ごすサクラは、紅茶の入ったポットを机に置いて傍らを見やる。
そこには皿に移した紅茶を飲む猫がいるが、猫舌なため、十分に冷ましたものに用心深く口をつけていた。
「何だ、会いたいのか?」
「ち、違うわよ。私を殺そうとしている人を、心配したりしていないわ」
焦ったサクラは、つい聞かれてもいないことまで答えてしまう。
猫が低い声を出して笑ったように思えたのは、おそらく気のせいだ。

「サソリは、お前を殺したりしない」
「・・・えっ?」
「あいつが生きた人間をここに入れたのは、お前が初めてだ」
それから猫はふいと歩いていってしまい、サクラはその意味を訊ねることが出来なかった。
腕組みをしたサクラは、カップを見つめて考え込む。
部品としての利用価値以外に、サクラを留める意味がどこにあるのか。
「・・・・嫌がらせかしら」

 

悶々と考え込むサクラは、毒草ばかりが植えられている畑から視線をはずし、母屋の方へと顔を向けた。
中は広いが、どの部屋にもおびただしい量の人形が飾られており、息が詰まる。
外にいるときは傀儡の中に本体を隠し、人との接触を極力拒んでいるサソリが唯一心を許すものが人形だとしたら、彼はとても孤独な人間だ。
だが、そう考えると、生きて自分の意志で動き、サソリに対しては口答えまでするサクラは目障りに違いない。

 

 

「熱いな」
傍らから聞こえた声に、サクラは思わず体をびくつかせて振り向いた。
先ほど猫が我が物顔で座っていた椅子に、自分で紅茶を入れたのか、カップを持つサソリがいる。
「い、いつの間に・・・」
「お前が馬鹿面でぼんやりしていたから、気づかなかっただけだろ」
意地悪く笑うサソリをじろりと睨み、サクラはそのまま口をつぐむ。
彼には今まで「馬鹿」「ブス」「寸胴」等々、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられたのだ。
さらにサソリはサクラを怒らせて面白がっている節があるのだから、彼の思い通りになるのも癪だった。

「・・・あなた、傀儡人形になったのに、猫舌なの?」
「今度の体は人間に近いタイプに改造したんだ」
「へぇー、そうなの。じゃあ、今度から一緒にご飯食べられるわね」
怒っていたことも忘れ、サクラは目の前で紅茶を飲むサソリの様子を嬉しそうに眺めた。
冷ました時間が短かったのか、眉をひそめた青い瞳が、妙に身近に感じられる。
全く同じ色を、サクラはつい先ほどまでこの場所で見ていた。

「猫ちゃんは?」
「・・・・使いに出した」
答えるまでの妙な間が、サクラの推測が正解だということを示しているようだ。
変化の術は基本中の基本で、子供でも簡単に使える。
サソリならば、さらに完璧に擬態出来るだろう。

 

 

「私、貴方のこと何となく分かっちゃった」
「・・・何だ」
怪訝な表情で顔をあげたサソリに、サクラは悪戯な笑みと共に答える。
「尋常じゃなく人見知りの、どうしようもない寂しがりや」

 

 

あとがき??
サソサク祭りに出そうと思ってボツにしたSS。
そのまま消す予定でしたが、mitsuさんがもったいないとおっしゃったので、載せてみました。
お題にそったSSだったもので、仮タイトルは超適当です。
明日、これの続きをちょいと書きますよ。やっぱり短い。猫とサクラとナルト。

 

 

 

 

(おまけ)

野を越え山を越え、少ない情報を頼りにその場所にたどり着いたナルトは、大きな門構えの家を見た瞬間涙が出そうになった。
表札にしっかりと『蠍』と書かれ、ポストもある。
間違いなくナルトが目指していた家だ。
ナルトの最愛のサクラがサソリに連れ去られて数ヶ月、血眼になって捜し続けた苦労がやっと報われた。
決意の眼差しで前方を見つめるナルトは、ごくりと唾を飲み込む。
肝心なのはここからだ。
何しろ相手はあの暁に所属している強者、この先どんな罠が仕掛けてあるか分からない。

味方の到着を待たずに突っ走ってしまったが、一刻も早くサクラを救出したいナルトには、事前に中の様子を探るといった精神的な余裕は全くなかった。
サクラはもう死んでいる。
皆、口には出さないが、そういった諦めを含む空気が流れ始めているのだ。
一人佇むナルトは嫌な予感を振り払うようにして首を横に動かし、壁を登って中へと浸入する。
たとえ連絡が取れなくともサクラは自分の助けを待っている、そう思わなければ、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

「うーん・・・・ちょっと焦げたかな」
焼き上がったクッキーを天火から出したサクラは、その匂いを嗅ぐなり思わず顔をしかめる。
暇な時間を有効に利用するため、猫任せだった料理を自分でするようになったのだが、あまり腕が良いとは言えない。
少々失敗したクッキーを口に入れると、サクラはもぐもぐと口を動かしながら思案した。
「味は結構、いいと思うんだけれど・・・・。どうかな?」
足下で寝そべる猫に話しかけたが、クッキーに興味はないらしくそっぽを向いている。
気分屋の彼は、自分の機嫌がいいときしかサクラの話に乗ってこないのだ。
ぺらぺらに喋れるはずが、まるで普通の猫のように「ニャーー」と鳴いているところが白々しい。

「どーせ、美味しそうじゃないわよ」
ブツブツと不満をもらすサクラは新たに焼き上がったクッキーを皿に移して頬を膨らませる。
確かに、昨日作った夕食は最悪な出来で、一口で飛び上がってしまうほど辛い物が完成した。
残り物を強引に食べさせたことは反省しているが、無視をすることはないと思う。
「誰か味見してくれる人がいれば・・・・」
「サクラちゃん!!!」
俯くサクラが呟いたとき、背後から聞き覚えのある声で呼びかけられる。
乱暴に扉を開いた人物がナルトだと分かると、サクラの表情はたちまち明るくなり、掌を叩いて歓声をあげた。

「ナルト、丁度良かったわーー!!!これ、食べてみてよ!」
「えっ、うん」
反射的にサクラに従い、差し出されたクッキーを口に含んだナルトは僅かに眉を寄せる。
「・・・・ちょっと、甘すぎない?」
「あ、やっぱりそう。私には丁度いいんだけどねー。じゃあ、次は砂糖を減らして・・・」
腕を組んで頷くサクラを横目で見て、ナルトはハッと我に返った。
久しぶりの再会とは思えないほど気安い雰囲気だが、ここは憎き敵であるサソリの根城、今はいないようだがいつ彼が現れるか分からない。
のんびりとクッキー作りを手伝っている暇はないのだ。

 

「サクラちゃん、迎えに来たんだってば!!!」
「へっ?」
両手で肩を乱暴に掴まれたサクラは、何のことだか分からずにぽかんとする。
「サクラちゃんがいなくなってから、俺、ずっと捜していたんだよ!!どんなひどい目にあってるか、心配で心配で。ご飯も食べれなかったんだから」
「・・・・・・ああ」
そこにきて、サクラはようやく自分の身の上を思い出した。
あまりに平和な毎日を送っていたために、すっかり忘れていたのだがサクラは誘拐されてここに来たのだ。
「無事で良かったよーーー!!」
涙を流して自分をしっかりと抱きしめるナルトの背中を、サクラは優しく叩く。
彼が必死に動き回っている間、里にいた頃よりもむしろ快適な日々を過ごしていたことが、妙に後ろめたい。
仲間を誰よりも大切にするナルトのことだ、どれだけ苦労してここまでたどり着いたのか話を聞かずとも分かる気がする。

「さあ、早く逃げよう!」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
自分の腕を引いて歩きだそうとしたナルトを、サクラは慌てて押し止める。
ちらりと床に目をやると、猫はサクラの顔色を窺うように見つめていた。
故郷である里に戻りたいのは山々だが、何故だか猫を一匹残していくことに躊躇いを感じてしまう。
「あの、ナルト。私、もう少しここにいようと思っているんだけれど・・・」
「ええーーー!!!!」
サクラの発言に心底驚いたナルトは、目と口をこれ以上ないほど開けて彼女を凝視している。
青天の霹靂とは、このことだ。
やっとの思いで再会したサクラに、ここに留まりたいと言われるなど想像もしていなかった。

「な、何でさ!」
「えーと、サソリには世話になったっていうか、何ていうか、そんなに悪い奴じゃないと思うのよ、うん。ちょーっと根性悪で、ちょーっと根暗で、ちょーっと変態なだけで。ほら、一人でこんな広い家に住んでるのって寂しいし、よけいに性格歪んじゃうわ。そう思うと慈善事業かなぁって」
「・・・・・意味が分からないんだけれど」
首を傾げるナルトの足下では、猫が鋭い眼差しをサクラに向けている。
自分でも何が言いたいのか分からなくなってきたサクラは、とりあえず自分の手首に付けられていた枷を外してみせた。
チャクラを奪うために付けられた枷だが、とっくの昔に自由に取り外せるようになっているのだ。
彼女が望めば、サソリの隙を付いて逃げることなど簡単に出来た。

 

 

「・・・・どういうこと」
唖然としたナルトが問いただそうとサクラに向き直ったとき、扉の影から駆け込んできた者がいた。
サソリを警戒してクナイを手にしたナルトだったが、それは徒労だ。
サクラめがけて一直線に走ってきたのは、
5歳前後のあどけない少女にしか見えない。
ナルトは外側の傀儡しか知らないが、サソリの性別は男だったはずだ。
「ママ、おやつは!!」
「あー、ごめんね、ちょっと失敗しちゃって。少し焦がしただけなんだけれど。もう一回チャレンジするから、それまで椅子に座って待っていて」
少女の桃色の髪を撫でると、サクラは申し訳なさそうに弁明する。
突然の乱入者に目を丸くしたナルトは、彼女の発した「ママ」という言葉にさらに仰天していた。
改めて見ると、桃色の髪と緑の瞳の少女はサクラと瓜二つだ。
そのことを発見するなり、ナルトの中でサクラの「ここにいる」という主張とが頭の中である理由を導く。

実に奇跡的なことだが、子供が出来て、サクラはサソリと幸せに暮らしている。
だから、里に帰る気を無くしたのだ。

「そんな・・・・」
「あれ、ナルト?」
足元をふらつかせたナルトを見ると、サクラは怪訝そうに首を傾げた。
「ママー、この人、誰?パパはお出かけなの??」
追い討ちをかけるような少女の声に、ナルトは心底泣きそうになる。
もはや、この空間に自分の居場所などない。
サクラを連れて帰ればこの子は一人取り残され、里に連れて帰ったとしてもサソリの子となると問題が生じてくる。
ここに残ることが、サクラにとっての最良の選択のように思えた。

 

「サクラちゃん・・・・どうか、幸せに」
「えっ?あっ、ちょっとナルト!!」
涙を流すナルトはサクラの制止を振り切ってキッチンの外へと駆け出していく。
サクラがサソリに誘われて数ヶ月、二人の間に何かがあったとしても、子供がこれほど大きいはずがない。
そうした判断が出来ないほど、このときのナルトは混乱していたらしい。

「この子、サソリが作った食事も出来る自動螺子巻き人形なんだけどーー・・・・って、もう聞こえないか」
「ママv」
猫に引き続き、話し相手として製作された人形なのだが、何度教えてもサクラを「ママ」としか呼べない。
サソリが何か細工をしたのか、もとから言葉の理解力が乏しいのか。
おかげでナルトは非常に激しい誤解をしたようだったが、サクラにすればそうした勘違いをする方が馬鹿だ。
「サソリ、じっとしていてくれて、有難うね」
その場でしゃがみ込んだサクラは、感謝の意味をこめて猫の頭に手を置く。
サクラしか視界に入れていなかったナルトのことだ、この猫が不意を付いて攻撃をしかければ簡単に倒されていたかもしれない。
だからこそ、サクラはもう暫く彼に付き合ってもいいと思った。

 

 

「でも、何で今日は全然喋ってくれなくないの?私、何か悪いことした」
「何のことだ」
突然、耳元で聞こえた声にびくついたサクラは危うく叫びそうになる。
猫の体を触ったまま、ゆっくりと振り返ると少しばかり屈んだサソリと目が合った。
「パパー、お帰りなさい」
「土産買ってきたぞ。巷で評判のホラー映画の
DVD。映画館で失神者が続出したって話だ」
「わーーいvv」
「・・・・・・」

ほのぼのとしたサソリと少女の会話を聞きながら、硬直したサクラはまだ事態を呑み込めずにいた。
サソリが変化した姿だと思っていた猫は、サクラの手元にいる。
それならば、サクラのすぐ目の前で抱きついてきた少女をあやすサソリは何者なのか。
「さ、サソリ、よね・・・」
「なんだ、目が悪くなったのか小娘?老化現象にはまだ早いだろ」
意地悪そうな笑みを浮かべるサソリを見つめ、サクラは間違いなく本物だと理解する。
外出する際、サソリは本物の猫と入れ替わっているのだが、サクラがそのからくりを知るのはもう暫く後のことだった。

 

 

あとがき??
擬似親子ごっこをするサソリンはとてもラブリーだと思いました。
そのうち本物の子供が出来るんじゃないでしょうか。待ち遠しい。
サソリ猫とサクラの組み合わせをもう一度見たかっただけでしたが、あまり絡まないまま終わってしまった。
猫が喋るときはサソリンで、ニャーと鳴くときは本物の猫。
ほんの数行のはずが何でこんなに長い話になったのか、分かりません。おかしいな・・・・・。
おまけの方が長いって、どういうことだか。
勘違いに気づいたナルトは度々この家を訪れて茶を飲んで帰るようになるらしい・・・・。