「サクラ、ワシの不肖の孫のために大変な思いをさせたの。すまなんだ」
「チヨバア様」
夢枕に立ったチヨに頭を下げられ、サクラは首を振ってその肩に手を置く。
「いえ、辛い思いをされたのはチヨバア様です。あなたの助けがなければ、私は何も出来なかった」
「サクラ・・・・」
サソリとの戦いで心を通わせた二人には、多くの言葉は必要なかった。
眼差しを通わせれば、それだけで互いの感情が読める。
もう会えないと思っていたチヨがこうして夢に現れただけで、サクラは十分に嬉しかった。

「実は、サクラに最後の頼みごとがあるんじゃ」
「はい、何でもおっしゃってください。誰かに託ですか?」
「いや、そうではない」
チヨは肩に置かれたままサクラの手を掴み、じっと彼女の瞳を見据える。
「ワシの孫のことを任せたい。おぬしの力で、何とか真っ当な人間に更生させてくれんかの」
「・・・・・・・・」

 

チヨの孫と言われ、とっさにサソリの顔が頭に浮かんだサクラだが、そんなはずはない。
彼はチヨと二人で倒したのだ。
混乱のため、暫しの間沈黙したサクラは何とか気持ちを落ち着かせて訊ねる。
「あ、あの、チヨバア様はサソリの他にお孫さんがいらっしゃったんですか?」
「ワシの孫はサソリだけじゃ」
「でも、サソリは・・・・・・」
思わず口ごもったサクラに、チヨは柔らかな微笑を浮かべてみせた。
「サソリは生きておるぞ。死んだと見せかけて逃げる算段だったらしいが、気が変ったらしい」
「えっ!!」
「よお」
チヨと二人きりだと思っていた空間に、唐突に第三者の声が響く。
いつの間に現れたのか、サクラの傍らに立つサソリが彼女の肩を抱いてにっこりと微笑んでいた。

「な、何で!!」
「サクラのガッツのある戦いぶりに惚れたらしい。ワシに似て男前なんじゃが、昔からちょっぴりシャイでの。好いたおなごに告白も出来んというから、こうしてワシが頼みにきたのじゃ」
「えええーーー!!?」
「サクラ、遺言じゃ」
「チ、チ、チヨバア様、あ、あの」
目を丸くするサクラはまだ話を呑み込めずにいたが、チヨはお構いなしだ。
「頼む、孫を頼むぞ、サクラ。二人とも仲良くな・・・・」
切々と訴えるうちに段々とチヨの姿はかすみ始め、とっさに伸ばされたサクラの手は空を掴んだ。
チヨが消えた場所を見つめて呆然とするサクラは、おそるおそる顔を真横へと移動させる。
「そういうわけだ。よろしくな」

彼は普通に笑っているのかもしれないが、一戦を交えたあとのためか、どうしても何か企んでいるように見えてしまう。
確かに、チヨには世話になり、彼女のためなら何でもしたい。
しかし、このような置き土産を残されても、サクラにとって迷惑以外の何者でもなかった。

 

 

 

「ゆ、夢・・・・・」
翌朝、砂の国で用意された部屋で目覚めたサクラは、額にかいた汗を袖で拭う。
丸窓からは明るい日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえるなんとも清々しい朝だ。
ほっと息をついたサクラは半身を起こし、サイドテーブルの水差しへと手を伸ばしたが、すでに水をついだコップを手渡される。
「あ、ありが・・・・」
思わず礼を言おうとして、サクラは口を半開きにしたまま硬直した。
「おはよう」
「ギャァァーーーーー!!!!!」

夢の中で会った姿そのままに、意地の悪そうな顔で微笑むサソリを見たサクラは宿中に響き渡るような声で叫んでいた。
彼は、死んだのだ。
いや、夢でそれは否定され、チヨにサソリを託された。
どこからが現実なのか分からず、気が遠くなりかけたサクラはふいに肩を叩かれて振り返る。
「驚かせて、すまなんだの。やはり少々心配で、ここに暫く残ることにした」
「・・・・・・だ、誰ですか」
サクラは一人部屋で休息を取っていたはずなのだが、背後にいたのは20代半ばの美女だ。
プラチナブロンドの髪を背中にたらし、優しく微笑む彼女からはいっさいの敵意を感じられない。

「チヨじゃよ。幽霊は年齢を好きに変えられるようじゃな」
「チ、チヨバア様!!!!」
目と口を大きく開けたサクラだったが、確かに声と口調はチヨのもので、よくよく見ると体が半分日の光に透けている。
性別は違えど、サクラの前方にいるサソリと似通った顔立ちからも、血の繋がりを感じられた。
「なに、お前達が仲良くなればすぐに安心して成仏する。それまでサソリ共々世話になるぞ」
「・・・・・・」

無言のまま、自分を挟んで両側にいるサソリとチヨの顔を見比べたサクラは、再びベッドに横になり布団を頭からかぶる。
これは夢の続きに違いない。
少し眠れば、彼らは煙のように消え失せ、サクラの平穏な日常が戻ってくるはずだった。

 

 

 

 

「サクラーー、イケメンの男女二人を婿と嫁にしたんだってーー?重婚なんて、やるわねー」
「・・・・・違うわよ。私が引き取ったのは男の方だけよ」
「じゃあ、結婚したってのは本当なんだー」
「それも違う!!!」
いのの花屋に帰郷の報告をしにやってきたサクラは、からかい混じりの問いかけに声を荒げて反論する。
確かに、サクラはサソリを連れて里へと戻ってきた。
だが、それは数々の罪を犯したサソリが国外追放された身の上だったのと、サクラがチヨに少なからぬ恩義を感じていたからだ。

「相変わらず、つれねー小娘だなぁ・・・・」
「あっ、店の外で待っていてって言ったでしょう!!」
自分のあとに続いて花屋に入ってきたサソリをサクラは睨み付けたが、彼は全く気にしていない。
「・・・・新しい傀儡に丁度いい部品」
いのの体をまじまじと見つめ、呟かれた一言をサクラは聞き逃さなかった。
大事な幼なじみを傀儡にするなど、冗談ではない。

「ちょっと、この里に来たらいっさい傀儡作りはしないって約束したでしょう!!」
「何だ、突然」
詰め寄るサクラに対し、サソリは不機嫌そうに顔をしかめた。
「ちゃんと大人しくしている。薬草を育てるのも、薬を調合するのも、協力してやっているだろう」
「・・・・それは、有り難いと思っているけど」
言いよどみながらも、サクラはまだサソリに疑いの眼差しを向けている。
毒に関していえばサソリの知識はサクラ以上、木ノ葉隠れの里の医術の向上にも大いに役立っていた。
しかし、それはサクラがそばで監視しているときだけのこと。
暁についての情報を全て吐き、従順な態度を示しているものの、お目付役のサクラがいないときは何をしているか分からない。

 

「何だか知らないけど、仲がいいのねーー。私は山中いの。彼氏、名前は何ていうの?」
「サソリだ」
「よろしくーー」
サソリが手を伸ばすと、いのは素直に握手に応じる。
にっこりと微笑みをかわしたのも束の間、繋いだサソリの掌が手首から抜け落ち、いのは目を丸くして絶叫した。
「て、て、手がーーーー!!!」
「ハハハハハッ」
「お馬鹿!!いちいち人を驚かして楽しんでいるんじゃないわよ」
サソリに厳しい眼差しを向けると、サクラは腰を抜かしているいのからサソリの掌を奪い取る。

「ごめんね、サソリってば、体の殆どが作り物なの」
「つ、作り物って・・・」
「手も足も、全部よ」
いつものことなのか、サクラは慣れた様子で彼の掌を組み立てている。
「全く、何でこんな馬鹿な真似をしたんだか。体を傀儡に作り替えるなんて、ご両親が天国で泣いていらっしゃるわ」
「でも子孫を残すための能力はちゃんと残してあるぞ。安心しろ、小娘」
言葉と共に、元に戻った掌で頭を撫でられ、サクラの顔はみるみるうちに赤くなった。
「な、な、何で私がそんなことで安心しないといけないのよーー!!!」

 

 

幽霊チヨが茶飲み友達となった綱手の元から戻ったとき、サソリとサクラは喧嘩をしている最中だった。
人通りの少ない小道を歩きながら、何か激しく言い合っている。
二人が仲違いをするのはいつものことで、むしろサクラが怒っていないことの方が珍しい。
あえて仲裁することもなく、上空で様子を傍観するチヨは文字通り高みの見物というやつだった。

「そんなにせかせか歩くな。さっき手が取れたのは、本当に体の調子が悪かったんだ」
「どうだか!」
日々彼の言動に振り回されているサクラは、つんけんした態度を崩さず前方を見つめている。
「私だけでなく、友達までからかうのやめてよね。ヒナタなんて貴方の目玉が床に転がったのを見て寝込んじゃったんだから」
「ああー、あれは本当、やりすぎた・・・」
「やっぱりわざとなんじゃないの!!」
サクラはつい金切り声をあげて振り向いたが、いつもの目線の位置にサソリはいなかった。

 

「あれ、サソリ?」
「・・・・ここだ・・・ここ」
きょろきょろと首を動かしたサクラは、手前で倒れ込むサソリに気づくなり仰天して駆け寄る。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!!?」
「傷が・・・・」
顔を歪ませるサソリは、嫌に苦しげな息をしていた。
口元と服に滲む血らしきものは傀儡の潤滑剤として使う油がしみ出しているのだろう。
サクラは今の今まで全く信じていなかったが、サソリの主張通り、先ほど彼の手が取れたのはばらばらになる前兆だったのかもしれない。
「一度は完全に壊れたと思った体だ、どうせ長くない・・・。意外に早くお迎えが来たのかもな」
「そんな、チ、チヨバア様に見てもらえば、また」
「もう・・・・間に合わない」

サソリの声音は急速に弱まり、彼の掌を握るサクラの手にも力がこもる。
「お前とは・・・もっと別の形で会いたかった・・・・・」
「サソリ!!!」
彼をよく知るチヨでさえ、うっかり騙されてしまいそうな演技だったのだから、このときサクラがむせび泣いたのも仕方がない。
尻を撫でる掌の感触に気づくなり、サクラの瞳からはいっきに涙が引いていった。

「・・・・・・サソリ?」
「お前、本当に騙しがいのある奴だな」
目が合った瞬間、にやりと笑って言われたサクラは一気に頭に血が上る。
「馬鹿ーーーー!!!」
サソリの一番の得意技、“壊れたふり”にサクラが激怒したのはこれで5回目のことだった。

 

 

「怒らせてばかりじゃな」
「あいつは、怒っている顔が一番カワイイだろ」
悪びれもせず言うサソリに、彼の傍らを滑るように移動するチヨは苦笑いをする。
肩を怒らせて歩くサクラはもうサソリが何を話しかけても振り返ることはない。
どれほど険悪な仲になろうとも、あんみつ3杯をご馳走すれば機嫌を直すことを知っているサソリは余裕の表情だ。
ころころと変わる彼女の表情を見ていると、本当に飽きない。
興味を持ったきっかけは苦労して作った毒物を短時間で解毒した能力だが、今もこうしてくっついているのは、殺そうとした相手にも同情して涙を流せるその人の良さが新鮮だったからだ。

「ひねくれた愛情はなかなか伝わらないと思うがのう・・・」
「大丈夫だ。すぐ曾孫の顔を見せてやるから、そのときは安心して成仏しろ」
珍しく穏やかな笑みを浮かべて自分を見たサソリに、チヨも明るい微笑で応える。
「それは、楽しみじゃ」

 

 

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