英雄の条件 1


目覚めると、視界に入ったのはいつもの船内の天井ではなかった。
底冷えのする船ではなく、おそらくザイオンのどこか。
半身を起こそうとしたトリニティーは、身を苛む激痛に顔をしかめる。

「まだ起きない方がいいわ」
声のした方を見ると、リンクの恋人であるジーが椅子に腰掛けてトリニティーを見ている。
「4日も眠ったままだったのよ」
再びベッドに横になるよう促すと、ジーはトリニティーの顔を心配げに覗き込んだ。
額に手を当てたトリニティーは、それまでのことをおぼろげながらに思い出し始める。

最後の記憶の中で、マトリックスに潜入したトリニティーは、ネオとは別行動をしていた。
そうして、運悪くエージェントに遭遇したのだ。
一緒に行動していた新入りの乗組員が倒され、自分も被弾したところでトリニティーの意識は途切れている。
「・・・私、生きてる」
「あなたが打たれた直後に、ネオとモーフィアスが駆けつけたのよ。もう少し到着が遅れていたら、確実に死んでいたわ」
下腹の傷を見やったトリニティーは、傍らのジーへと視線を移す。
「ネオは?」
「・・・・」
トリニティーの問い掛けに、ジーの表情は即座に曇る。
そのまま口をつぐんだジーに、トリニティーは言いしれぬ不安を覚えた。

 

 

 

「記憶の消去と人格の初期化!?」
「そうだ」
甲高い声をあげたリンクに、モーフィアスは暗い面持ちで答える。
「ネオの記憶を全て消して、こちらで新たに作った人格を頭に植え込む。明日にも手術は行われる予定だ」
「何だよ、それ!記憶を消されたら、それはもうネオとは言えないだろ。別の人間だ」
「議会の、決定なんだ・・・・」
辛そうに顔をゆがめたモーフィアスに、リンクは二の句を告げなくなる。
モーフィアスとて、それは本意なことではないのだ。

 

ネオの体の変調。

ここ数日、彼はプラグを繋いでも仮想現実の世界にいっさい侵入が出来なくなった。
体が明らかな拒否反応を示し、帯電したように痙攣を起こす。
そのことに、仲間の死やトリニティーの怪我が影響していることは明白だった。

検査をしても身体は健康そのもの、精神面での問題だ。
医者の言葉では、1年、またそれ以上のリハビリが必要だということだった。
しかし、機械との戦闘が苛烈を極める現在、彼らにそうした時間の余裕は全くない。
救世主としてのネオの力は、何が何でも戦いに必要なのだ。
罪人のように監視付きで営倉に閉じこめられたネオは、今、議会の決定をただ待つだけの身だった。

 

「記憶を消せば、救世主としての能力も消えるんじゃないのか?」
「それは分からない。だが、精神的な迷いは無くなれば、さらなる力を持てる可能性もある」
「ネオは人間だ!」
淡々と話し続けるモーフィアスに対し、リンクはヒステリックに叫ぶ。
「記憶をいじってまで力を求める必要があるのか。ネオは今までよく戦ってくれていたよ。それに対する仕打ちが、これってわけかよ」
吐き捨てるように言った直後、彼らのいる部屋の扉が開かれた。
緊張した空気の流れる室内に入ってきたのは、ジーに体を支えられて歩くトリニティーだ。

「トリニティー!」
「目が覚めたのか」
「ネオに会いたいの」
駆け寄ったモーフィアスとリンクに、トリニティーは開口一番に言う。
事情は、おおよそジーから聞いていた。
「・・・・議会の監視の下に置かれている。会うことは誰も出来ない」
「それでも会いたいのよ」
俯き加減に話すリンクに、トリニティーは力強く訴えかける。
怪我はまだ十分に癒えておらず、一人では立つこともできない。
それでも、挑むように見つめてくる彼女の瞳は全く力を失っていなかった。

「・・・OK。協力するよ」
根負けしたリンクが肩をすくめながら言うと、トリニティーはようやく表情を緩める。
険しい顔つきで思案するモーフィアスは、一言も発することなく彼らの様子を見つめていた。


あとがき??
く、暗い。内容はそのまんま、桃川春日子先生の『アオイトリ』。
死んだ仲間ってのは、オリジナルキャラです。リンクと同時期に船に乗った船員がいた、ということで。
ラブリーネオが出てこない。(涙)前回、次はギャグだと大嘘ついてすみません。
さらに、嘘設定ばかりでごめんなさい。(いまさら)リンクが船に乗ったのは本当はリローデッドのちょい前のはず。


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