片恋


「トリニティーは?」
珍しく、ザイオンで単独行動するネオを見付けたリンクは開口一番に訊いた。
「ゴーストとカンフーの訓練プログラムで遊んでる」
「へぇ」
面白くなさそうなネオに、リンクは忍び笑いをもらす。
「で、お前は一人で取り残されてるんだ」
「俺はトレーニングの相手にふさわしくないらしくてね」

本来ならば、仮想現実の世界で驚異の力を発揮するネオは、日々の鍛錬には格好の相手だ。
だが、ネオはその穏和な人柄のせいか、トレーニングとはいえ女性を殴ることがどうしてもできなかった。
普段は仲の良いネオとトリニティーだが、その件に関しては衝突することがしばしばある。

 

「真剣に戦ってくれって言われても、好きな相手ならなおさら手をあげたりできないだろ」
「まぁな・・・」
ネオと肩を並べて歩きながら、リンクは頭の後ろで手を組んだ。
「あの二人は兄妹みたいなものだし、別々の船で働いていると滅多に顔を合わせないから、トリニティーは一緒の時間が欲しいと思ってるんじゃないか」
「ゴーストは妹だとは思ってないみたいだけどね」
「・・・・気づいてたのか」
「分からない方が変だよ。彼はいつだってトリニティーを目で追いかけてる。彼女は全く分かってないけれど」

その抑揚のない声音が気になり、リンクは不安げに傍らを見た。
ネオは前方を見据えたまま、真っ直ぐに歩みを進めている。

 

「時々無性にじれったくなるよ。あんなにひたむきな視線を向けられていて、どうして気づかないのかって」
「でも、お前は彼女を手放す気はないんだろ」
「もちろんだよ」

だが、トリニティーが気づいてさえいれば、ゴーストに言うことできる。
彼女に近づくなと。
トリニティーが彼を兄のように慕っているのが分かるだけに、ネオは下手に口出しができず、妙な疎外感を感じる結果になっている。
他の誰にどう思われても構わないが、トリニティーにだけは嫌われたくはなかった。

「これは、もしもの話だぞ」
真面目に話し始めるリンクに、ネオはようやく振り返る。
「トリニティーがお前ではなくゴーストを選んだら、どうする」
「死んでやる」
躊躇することなく、ネオは言った。

 

 

殺してやるではなく、死んでやる。

ネオは世界を救うことのできる唯一の人間。
救世主だ。
モーフィアスを含め、今ではザイオンの多くの者が信じている。
そして、マトリックス内での彼の力が今では必要不可欠なものになっていることも、ネオは理解している。
それを知った上での、言葉。
リンクには、それはこれ以上ないほど怖い脅し文句に聞こえた。

「失望した?」
小首を傾げたネオは、邪気のない笑顔を浮かべて見せる。
「俺はそういう奴なんだよ。神様みたいに、平等に人類を愛しているわけじゃない。彼女がいるから、戦える。この世界を救いたいと思えるんだ」

 

 

「おじさん!」
子供の声を耳にして、リンクはハッとなる。
話しながら歩いている間に、自宅のすぐ近くまで来ていたようだ。
駆け寄ってくる子供達は、リンクの恋人であるジーの甥っ子達だった。

「おー、また大きくなったなぁ、お前達」
集まってきた子供を前にして、リンクの顔はたちまちに綻ぶ。
「ネオ、うちに寄っていくか?ジーが茶くらいは用意してくれると思うけど」
二人の子供の目線に合わせてしゃがんだリンクは、ネオを見上げながら訊ねる。
頷いたネオは、いつもの、人当たりの良い優しい笑顔で子供達を見つめていた。


あとがき??
ブラックネオでした。(笑)普段は天使ちゃんなんだけどね。トリが絡むと豹変。
恋は盲目なのです。
私、ゲームの方のマトリックスは全然やってないのですが、本でゴーストとトリニティーが「同じ日に目覚めた兄妹のような関係」とあったのを見てこんな話を考えちゃいましたよ。
別の本には、トリの元カレで、彼が救世主だと思われていたときもあったとか、書かれてたし。本当なのか。
ゴーストの人格は全く分かってないのですが。リンクがそんなに詳しく二人のこと知ってるはずないですが。

人類の未来とトリニティー、この選択で全く躊躇無く彼女を選んだネオに、私ちょっと驚いたもので。
世界を救う鍵はトリニティーなのですね。


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