リンクの受難


「おかしいなぁ・・・、何で駄目なんだ」
ぶつぶつと文句を呟きながら、リンクは工具を片手に必死に目を凝らしている。
明るいライトの下で配線を確認したが、内部に異常はない。
それなのに、リンクの手元の機械はうんともすんとも動かなかった。

「どうかした?」
船の中の休憩室、ネオと共に茶を飲んでいたトリニティーは、床に座り込んでいるリンクに歩み寄る。
「ああ、この間予備エンジンの一つが壊れただろ。ドックの連中がバースに戻り次第修理したいから、どういう状況か詳しく教えて欲しいっていうんだよ」
「うん」
「それで壊れた部分をカメラで撮ってデータを転送しようとしたんだけど、こいつまで壊れてるみたいなんだ」
話しながら、リンクは「お手上げ」というように万歳をした。
リンクが持っているカメラは、かなり旧式のものだ。
いつ壊れてもおかしくないものを騙し騙し使っていただけに、リンクはすでに諦め気分になっている。

 

「どれ?」
「フラッシュの調子は前から悪かったんだけど、今度はシャッターが下りなくなってさ」
「・・・・困ったわね」
前屈みになると、トリニティーはリンクの背後からその手元を覗き込む。
熱心にカメラの内部を見るトリニティーが顔を近づけたとき、ふわりとした優しい香りがリンクの鼻孔をくすぐった。

「トリニティー、何か、香水とかつけてるか」
「別に、何も?」
「そっか・・・」
考えてみれば、戦うために乗り込んだ船でそんな余裕があるはずがない。
ザイオンにも香水を使う女性はいるが、外見を気遣えるほどゆとりのある暮らしをしているのはごく少数だ。
すると、これは彼女自身の持つ香りなのだろうか。
カメラのことをすっかり忘れてトリニティーの横顔を眺めていたリンクは、急に感じた悪寒にハッとなる。

 

「・・・・あ、あの、トリニティー、もうちょっと離れてくれないか」
「え、何で?」
「後ろが怖い」
リンクの視線の先を追って振り返ると、カップを持ったネオがにっこりと彼女に笑いかける。
「怖いって、何が」
リンクに向き直ったトリニティーは、心底不思議そうに訊ねた。
彼女は全く気づいていない。
トリニティーに急接近しているリンクに対し、ネオが恐ろしく冷ややかな視線を向けていることに。

「俺はまだ死にたくないんでね」
慌てて立ち上がったリンクは、カメラと工具箱を手にしてそそくさと部屋の戸口へと向かった。
取り残されてしまったトリニティーは、一人訳が分からないというように首を傾げている。
「何のこと?突然」
「さぁ」
トリニティーの目には、いつものように優しく微笑むネオの姿しか映っていなかった。

 

 

 

それから半日、船橋にいたトリニティーはリンクと顔を合わせることなく仕事を続けていた。
気になっていたカメラのことを訊けたのは、食事の時間になってからだ。

 

「充電器の方が壊れていたみたいだ。データはちゃんと送ったよ」
「そう、良かった」
スプーンで食事を突きながら答えるリンクに、トリニティーは安堵の笑みを浮かべる。
リンクは彼女の傍らにいるネオをちらりと盗み見たが、彼の顔に特別な感情はない。
機嫌が直ったからなのか、彼女がそばにいるからなのか。

「そうだ。カメラも無事使えるようになったし、お前達も撮ってやるよ」
「え?」
「俺達、今まで写真なんて一枚も撮ってないだろ。いつも一緒に仕事しているのに」
「そういえばそうね・・・・」
「ほら、並んで。すぐ現像できるからさ」
最初は照れくさそうにしていたトリニティーも、カメラを持ったリンクにせっつかれ、レンズに収まるようネオのいる方へ体を寄せる。
はにかんで笑う彼女は、マトリックスに侵入し、勇ましく戦っているときとはまるで別人だ。
そして、綺麗というより可愛らしいと表現するのが正しいその笑顔は、すぐ隣りに最愛の人間がいるからこそだろう。

「・・・リンク?」
「あ、ああ、撮れたよ。ばっちり」
カメラを向けたまま動きを止めていたリンクは、何故か暗い面持ちで顔をそむける。
ネオと共にいるときのトリニティーは、確かに幸せそうだ。
だけれど、敵との戦いは日々苛烈を極めている。
彼女の幸せは、いつ壊れるともしれないものだと思うと、その顔を見ているのが急に辛くなった。

 

「戦いは、終わるときがくるんだよな・・・・」
「終わらせるよ」
リンクの問い掛けに、彼女の幸せを一番に考えているであろう彼が口を開く。

救世主と目されているネオ。
マトリックスでの彼の力は確かに絶大だ。
だが、リンクは彼が動く起因となるトリニティーにこそ、人類の真の未来がかかっているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

(おまけ)

 

「トリニティーに色目使ってたって話は本当なの!?」
「ギャー!!」
扉を開けるなりロケットランチャーを持ったジーに凄まれ、リンクは絶叫した。
「だ、だ、誰がそんなことを」
「キッド。ネオがそうもらしてたって」
「あの野郎・・・・」

ザイオンに戻ってすぐ、ちょこまかとネオの周りをまとわりついていたキッド。
彼を通して、ネオがわざとジーの耳にはいるよう先回りしたのだろう。
怒りがふつふつと湧いてくるが、取り敢えず、今はジーを落ち着かせるのが先決だ。
どこから持ち出したのか知らないが、このような場所でロケットランチャーを発射されればたまったものではない。

「ジー、俺は別にやましいことはしていない!ただ、ちょっと横顔に見とれていただけで」
「見とれていた!!?」
「ち、違う。いい匂いがすると思って」
「いい匂い!!!?」

リンクが弁解するたびにどんどん話がややこしい方向へ向かっていく。
リンクのたまの休みは、こうしてジーの機嫌取りをするのみで終わってしまった。


あとがき??
トリニティーの精神年齢まで下がってしまいました。ごめんなさい。
ネオよりトリの台詞が多いのも珍しい。ネオは悪の部分が出てきてるし。
もう、このままネオトリで突っ走っちゃおうかなぁ・・・。
次はトリ視点でシリアスの予定でしたが、予定は未定。

リンクはちゃんとジーを愛していますよ。
今回ちょっとよろめいていますが、トリのことは仲間として大事に思ってるだけなんです。(笑)
関係ないけど、うちの会社は海関係の仕事でして、船橋を“ふなばし”と読んだら笑われました。シクシク。


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