「あなたの愛した人が“救世主”になれるわ」

手作りクッキーをトリニティーに差し出した女性は、微笑みながら告げる。
初対面の“預言者”の言葉に、トリニティーは緊張気味に繰り返した。
「“救世主”に、なれる?」
「そう。あなたが気持ちを認めなければ、“救世主“は誕生しない。それまでどおり、ただの人間のままよ。そして・・・・・」
トリニティーがクッキーの一つを皿から取ると、“預言者”は唐突に口を閉ざす。
暫く待ってみたが、続く声はなかなか聞こえなかった。

「・・・そして、何ですか」
「知りたい?」
挑むように、聞き返される。
真っ直ぐに見据えてくる“預言者”の瞳の力は、今まで感じたことのない威圧感があった。

 

“預言者”の言う言葉が、真実とは限らない。
だけれど、彼女がそれを口に出せば、全てはその通りに動き出す。
そんな予感をさせる、不思議な空気を持った女性だった。

 

 

 

 

「ずっと、一緒にいてくれ」

心細い眼差しで、ネオが呟く。
それは毎日のように繰り返される言葉。
まるで、彼女の不安な心根を見透かしたかのように。

すぐ返事ができなかったのは、きっと昨夜見た夢のせいだ。
目の前にちらついた“預言者”の顔は、自身への警告のように思えた。

「当たり前じゃない。あなたが嫌がっても、どこまでもついていくわよ」

力強く頷いてみせると、ネオはほっと表情を緩める。
その一瞬に見せる、素直な感情から出た顔がトリニティーは好きだった。
だからこそ、胸が痛くなる。
いつまで嘘をつき通すことができるか、彼女には自信がなかった。

 

 

 

「トリニティー」

ぼんやりと思案にふけっていたトリニティーは、その声にびくりと肩を震わせる。
彼女のすぐ背後に立っていたのは船長であるモーフィアスだ。
彼の接近にまるで気づかなかったトリニティーは、誤魔化すように笑みを浮かべる。

「ネオならブリッジに向かったわよ。入れ違ったのかしら」
「用があるのは、お前だ」
立ち去ろうとするトリニティーを制すると、モーフィアスは厳しい面持ちで言った。
「何を隠している」

ひたと見据えてくるその瞳は、トリニティーの真意を全て読み取ろうとするように鋭い。
ネオですら気づかなかった彼女の憂いを、モーフィアスだけが察していた。
その洞察力には、トリニティーも感服するしかない。
出鱈目な言い訳が彼に通用するとは、思えなかった。

 

「私にもしものことがあったときは、ネオを頼めるかしら」
静かに語り出したトリニティーに、モーフィアスは眉を寄せる。
「・・・・どういう意味だ」
「初めて会ったときに、“預言者”に言われたの。私の愛した人が“救世主”だって。そして、その言葉には続きがあった」
一度言葉を切ったトリニティーは、幾分低い声音で続けた。
「『あなたは死ぬ。あなたが選んだ“救世主”のために』」

その預言は、長い間トリニティーの心に影を落としていた。
ネオは救世主として十分な力を見せた。
それならば、続く預言もまた、当たるのだろうか。
そのことを思うと、怖くて怖くて仕方がない。

ネオのためになら、死んでも構わないと思っている。
怖いのは、彼と離れなければならないことだ。
そして自分がいなくなったあと、ネオはどうなるか。
もし反対の立場で、ネオが死ぬと分かっているならば自分はきっと立ち直れない。

 

 

「それは、嘘だな」

沈黙を破り、最初に声を発したのはモーフィアスだった。
目を瞬かせたトリニティーは、信じられないといった顔でモーフィアスを見る。
「“預言者”が言ったのよ」
「それでも嘘だ。俺はその言葉を信じない」
断定的に言うモーフィアスに、トリニティーは耳を疑った。
“預言者”を盲信するモーフィアスにとって、彼女の言葉は絶対だ。
モーフィアスが彼女を否定するなど、ありえない。

「ネブカドネザル号に乗った人間はみんな死ぬ。ザイオンの人間が、まるで幽霊船のように言っているのをお前も知っているな」
「・・・・ええ」
「だけれど、お前は違った。戦いが激しくなり、昔からの仲間が次々いなくなる中で、お前だけは生き延びてくれた」
目線を上げると、モーフィアスはひどく頼りなげな顔でトリニティーを見つめる。
「私を、船員を一人も守れなかった情けない船長にしないでくれ」

 

初めて見るモーフィアスの弱々しい姿に、トリニティーは息を呑んだ。
上に立つ人間らしく、いつでも威風堂々としたモーフィアス。
その彼が自分に懇願するなど、想像すらしたことがない。
驚きのあまり立ちつくすトリニティーに、モーフィアスは少しだけ表情を緩めて言葉を繋ぐ。

「“預言者”やその預言よりも、お前の方が大切だ。それにネオのお守りを出来るのはこの世界でお前だけだろう。死ぬはずがない」

 

 

ネオがエンジンルームに降りてきたときに、最初に見えたのは泣いているトリニティーだった。
そして、彼女の他にその部屋にいたのは、モーフィアスだけ。
驚いたネオは、彼女の向かいにいるモーフィアスに咎めるような視線を向ける。

「・・・モーフィアス」
「ごめんなさい。違うの」
険のある声を出すネオを、トリニティーは目元を拭いながら押し止めた。
「嬉しかったの。だから涙が出たのよ」


あとがき??
何だか、コメントのしようがない・・・。
勝手に話を捏造していて申し訳ない。
ネオに会うより前から一緒に戦っていたわけだし、モーとトリの絆も強いかと思いまして。
モーの一人称って、私で良かったんですかね。俺じゃなかったような。あれ。

それにしても、思っていたのと全然違うお話になってしまったよ。うーん。
もしラブラブ話を期待している方がいたらすみません。うちはずっとこんな感じ。


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