好き
「君の好きなものを教えて」
船での休憩時間に、ネオが突然言った。
とっさに何のことだか分からず、私は首を傾げる。
「何?」
「好きなものだよ。食べ物とか、花とか、スポーツとか、何でも」
弾む声で訊ねるネオに、私は苦笑してしまう。
「何でそんなこと言うの」だって、教えてもしょうがない。
それは、今まで生きてきた仮想世界でのことだ。
現実ではどれも存在しないのだから。
どんなに会いたい人がいても、二度と会えない。
手にできないものにこだわっても、寂しくなるだけだ
仲間の間でも、あえて過去の話をしないようにしていることに気づいているはずなのに。
「意味がないわよ」
「そんなことはないさ。この世に意味のないことなんて、何一つない」
ネオは驚いたように私の言葉を否定する。
「目覚めてすぐ、この世界での仕組みを知ったときに俺は混乱して意識を失っただろ。あれが正直な気持ち。何でこんなことになったのか、夢なら覚めてほしいと思った」
「・・・ええ」その気持ちだったら、自分にも理解できた。
目覚めて最初に思ったのは、どちらが夢なのかということ。
あまりに恵まれた世界で生活していただけに、過酷すぎる現実をすぐには受け入れられなかった。
仮想現実空間で生きていた者ならば、誰だってそうだろう。
だからこそ、サイファーのような裏切り者が出たのだ。「でも、今ならはっきりと分かるんだ。俺の目覚めた意味が」
真剣な眼差しで話し続けるネオに、私は聞かずとも先の言葉が分かる気がした。
おそらく、彼の言う目覚めた意味とは、救世主として自分の立場のことだ。
人類を解放し、世界を救うために彼は覚醒した。
一人納得して頷いている私に、ネオはこぼれるような笑顔を向ける。「君に、会うためだ」
意表をつかれたこともあるけれど、あまりに幸せそうな表情で言うものだから、私はネオの顔をじっと見つめた。
彼の瞳には、一点の曇りもない。
「あのまま仮想現実に生きていたら君のことは“国税庁のコンピューターに侵入したハッカー”という認識だけで終わっていた。それって凄く怖いことだよ」
言い終えないうちに、ネオはすぐ近くにあった私の手を強く握り締める。
「それにお互いを知ることは大事だろ。これからずっと一緒にいるんだから」
見ていると不思議を安心するその微笑に、私は改めて彼のことが好きだと思う。
戦いへと赴く船の中、「ずっと」などという言葉を軽々しく使う彼はとても愚かだ。
でも、だからこそ彼がいとおしい。
彼が言うと、信じてみたくなる。「あなたが好きよ」
思わず口をついて出た言葉に、彼はより一層顔を綻ばせた。
「それはもう知ってる」
あとがき??
銀色夏生の詩集、『わかりやすい恋』。
その中の、「この場所から」という詩の前半がどうも私にはネオトリに見えまして。
この話を書きたくなりました。書き出してみると、以下のとおり。君と会えてよかったと思える恋でも
僕たち以外の何かの力を待って
この場所にとどまることはできない
僕の願いを果たすために
駆けだす一足一足が
たとえ僕たちを遠ざけることになっても
それはそれで仕方ないのだからもっと続きがありますが、一応ここまで。
私の中のネオトリな詩です。他にもトリネオな詩もありますが、また今度。