組!!
「お前のせいアルヨ・・・」
教室の床をモップがけする神楽は、ブツブツと不満を呟いている。
放課後、彼女が居残りで教室掃除をさせられているのは、日頃から犬猿の仲である沖田と授業中にとっくみあいの喧嘩をしたせいだ。
発端はなんだったか忘れてしまった。
あまりに喧嘩が日常茶飯事なため、いちいち覚えていられない。
教室に夕日が差し込み、窓からグラウンドで練習する運動部の生徒達の声が聞こえてくると、ほとほと掃除が嫌になってくる。「お前のせいアル!!」
かんしゃくを起こした神楽が近くにあった黒板消しを投げつけると、それまで彼女に背を向けていた沖田は易々とそれを避ける。
神楽に負けず劣らず運動神経の良い沖田は、攻撃をまともに受けることは滅多にない。
「人のせいにするのは、最悪でさァ」
窓枠を拭いていた沖田は腹いせとばかりに神楽に雑巾を投げてきた。
もちろん、神楽とて軽い足取りで横に移動したが、運悪く水拭きしたばかりの床は滑りやすかったらしい。
「キャッ!!」
転倒した神楽は尻餅をつき、衝撃のためについ涙目になってしまう。
諍いが耐えないとはいえ、相手は女。
神楽の涙にいささかひるんだ沖田は、床に落ちた彼女の眼鏡を拾い上げた。
「こんなもの、よくかけてるなァ」
牛乳瓶の底よりも厚いレンズを見た沖田は、興味本位でそれを自分の目の近くまでもっていく。
奇妙だった。
確かにレンズは分厚かったが、度が全く入っていない。
「こいつは・・・・」
「返すアル!!」
沖田の手から眼鏡を奪い取った神楽は興奮した様子で彼を睨み付けた。
ただ眼鏡を奪われただけにしては、怒りが強い。
レンズ越しではなく、直接神楽と瞳を会わせた沖田はその素顔に見入ってしまいそうで、無理矢理彼女から視線を逸らす。
「大事なものかい、それは・・・」
「昔、銀ちゃんが私にくれたネ」
日に当てて眼鏡にヒビが入っていないことを確認すると、神楽はホッとして口元を綻ばせる。
小さい頃から、フレームを直しつつ大事に使い続けてきた眼鏡だ。
眼鏡の無事を確かめて安堵する神楽は、自分の返答を聞いた沖田の表情が曇ったことには気づいていなかった。
「その眼鏡、かけない方がいいんじゃねーか」
「・・・・何でヨ」
「可愛い顔が隠れるから」
振り向いた神楽が怪訝な表情で問うと、沖田は間髪入れずに答える。
よほどのことがないかぎり口にしない、心からの本音だ。
だが、気になる人物をいじめることでしか愛情を表現出来ない沖田の思いは、神楽には全く通じなかった。
「今度は何をたくらんでるアルか!!気持ち悪い」
逆に神楽を怒らせてしまったようで、沖田は彼女に気づかれないよう小さくため息をつく。「眼鏡をもらったって、前からあいつと面識があったんだ」
「そうネ。私、両親と一緒に日本に住んでたことがあって、銀ちゃんはその頃のお隣さん。私は国に戻ったあとも銀ちゃんに会いたかったから、無理言ってこっちの学校に進学したアルヨ」
好きな担任のことになると話が止まらないらしく、相手が嫌いな沖田であることも忘れて神楽はにこにこ顔で喋り続ける。
「私、小さい頃、ごっさ可愛かったアル。子供を狙った変質者に何度か誘拐されそうになって、銀ちゃんに助けられたネ。そして、お守りにってこの眼鏡をくれたアル」
「へぇ・・・・」
おそらく、顔を隠せば少しは人目を誤魔化せると思ったのだろうが、それは成長した今でもしっかり男避けの役目を果たしている。
そこまで考えて渡したわけではないだろうが、面白くないことに変わりはない。
「・・・・おい」
「何ヨ」
「面白いもの見せてやろーか」
ポケットからおもむろに掌を出した沖田は、握り拳をちらつかせる。
そこに何か握っているようだが、神楽に面白いものの見当は全く付かない。
「何アルか?」
「こっち来な」
人一倍好奇心旺盛な神楽は、素直に沖田のすぐ手前までやってくる。「近づいてよーく見てな」
「うん」
沖田のすぐ間近に、期待に満ちた眼差しを向ける神楽の顔がある。
だが、手の中には元々何も握られていないのだ。
開かれた掌を見て神楽が呆気にとられたときには、無防備な体は強引に引き寄せられていた。
「ウキャアァァーーーーーーーー!!!」
「ん?」
廊下を歩いていた銀八は、視線の先にある扉を見つめて首を傾げる。
彼の記憶が確かならばそれは生徒の一人である神楽のもので、彼女達がきちんと掃除を終わらせたかチェックしに行く途中だった。
また喧嘩をしているのかと思い、銀八は彼らが学校の備品を壊していないことを祈りながら扉を開く。
そして彼の目に入ったのは、両手を口に当てて尻餅をつく神楽と、その前に立つ沖田だ。
「・・・・あれ、どうした?神楽」
彼らの間にある不自然な空気を察し、銀八は怪訝そうに呼びかける。
涙目で振り返った神楽は、立ち上がるなり彼に向かって勢いよく飛びついていった。「銀ちゃんーーー!!!」
「はいはい。何があったのよ」
「あいつが、あいつが・・・・・・」
「何?」
なだめるように背中をさすられた神楽は、沖田を指差したまま口をパクパクと動かす。
不意打ちでキスをされたなどと、恥ずかしくてとても言えず、銀八にはよけいに教えたくない。
唇を噛みしめて俯いた神楽の頭に手を置くと、銀八は不機嫌そうに沖田を見やる。「何があったか知らねーけど、とりあえずお前、謝れ。女は泣かしちゃ駄目だぞ」
「はーい」
頭をかきながら生返事をした沖田は、とりあえず、彼なりの謝罪の言葉を神楽に向かって言っておいた。
「ざまあみろ」
「あーあ・・・・」
沖田と神楽の諍いの巻き添えで、次々壊れていく机や椅子を眺め、銀八は悲しげに呟く。
以前、教室を半壊させたときに、これから同じことがあれば銀八が実費で何とかするよう上から言われているのだ。
もう何があっても、彼らに二人きりで掃除をさせないことを心に誓った銀八だった。
あとがき??
小説版をまだ読んでいないので、勝手に設定作っています。
美少女なのに、分厚い眼鏡がもったいないなぁと思って。
3-Zの神楽ちゃんは、夜兎じゃないから怪力はないと思ったんですが、どうなんでしょう。
「ざまあみろ」は何となく『イタズラなKISS』を思い出した。