かわいいひと 2


唐突に縛めを解かれた月は、喜ぶよりもまず驚きに目を丸くして竜崎を見つめる。
月=キラであるという疑いが晴れたわけではなさそうだ。
彼が異常にしつこい性格、いや、執念深い気質であることはよく分かっている。
「どういうことだ?」
「海砂さんたってのご希望なんです」
相変わらず感情のこもらない声で言うと、竜崎は月から外した手錠を海砂の右手に付け替える。
場所が海砂の部屋であること、そして彼女に抵抗する素振りがないのは合意の上でのことだという証拠だった。

「月、こんな根暗な変態男とずっと一緒にいたら、気が滅入っちゃうでしょー。海砂が一日交代してあげる!」
「・・・・だ、そうです」
海砂の言葉に竜崎が続く。
言いたいことは分かったが、その内容を月はよく理解できない。
「そんなことが許されるのか?」
「ええ、月くんは自由にしていいですよ。もちろん携帯電話を忘れずに持って、目の届く範囲にいてくれないと困りますが」
海砂がするのをマネして、竜崎も同じように月に手を振っている。
全く、息が合っているのか仲が悪いのか分からない二人だ。
月の考えが及ばないという意味では、彼らはよく似ていた。
月を泳がせて様子を見る作戦ということも考えられるが、一人でいられる時間を貰えたのは実に有り難いことだった。

 

 

 

 

月がいなくなったあとの部屋は、しんと静まりかえる。
共通の会話のない二人は、それぞれソファーに腰掛けて雑誌や本を読んでいた。
月が相手ならばいくらでも話したいことがあるが、海砂が竜崎に気を遣う義理はない。
竜崎の方も気にせず難しい横文字の本を眺めていたが、ふと顔を横へ向けると、海砂が彼の顔を睨むように見ていた。

「何ですか」
「・・・・くさい」
「は?」
「竜崎さん、いつお風呂に入ったの」
恐る恐るというように訊ねる海砂に、竜崎は顎に手を当てて考え込んだ。
「・・・・一週間前でしょうか」
「いっ、一週間!!」
「何か熱中することがあるとつい忘れてしまうんです。でも、こう見えて綺麗好きなので5日に一度は髪を洗いますから、安心してください」
平然と答える竜崎を見て、海砂の体は震え出す。
毎日の入浴が常識と考える海砂にとって、隣りに座る存在はゴミも同然だ。
人の良い月は黙っていたかもしれないが、海砂には到底我慢出来ない。
「何が「こう見えて」よ!見たまんまじゃないのよ!!」

 

 

海砂によって無理矢理バスルームへと連れて行かれた竜崎は、いきなり頭にお湯をかけられる。
あとは有無を言わせず髪の毛をガシガシと洗われた。
乱暴な手つきから毛が随分と抜けた気がしたが、鬼のような形相の海砂にはどうにも逆らえない。
「あの・・・・もう少し丁寧にお願いできますか」
「聞こえないわよ」
目くじらを立てる海砂は仕上げのリンスを付けた竜崎の頭をお湯で流すと、襟首を掴んで外へ引きずり出す。
さすがに体までは洗いたくないが、少しはマシになったはずだ。

「・・・・気持ちがいいですね」
「当然よ」
海砂は竜崎の後ろからヘアドライヤーの風を髪にあてている。
ふわふわとする良い香りの髪を触っていると、昔飼っていた犬を何となく思い出した。
ペットの代わりと思えば、生意気な言動をしてもいくらか許せる気がする。
濡れてしまった服に何気なく触れた海砂は、大きく目と口を開いて彼の背中に手を置いた。

 

「ほ、骨が浮き出てる・・・」
「あの、やめてください」
ヘアドライヤーを放り出した海砂はぺたぺたと無遠慮に体を触りだし、竜崎は迷惑そうな声音で主張する。
構わず背後から彼の腹部に手を回した海砂は、そのあまりの細さに愕然とした。
「あんなにしょっちゅう甘いものを食べているのに、何、これは!!?」
「頭を使ってエネルギーを消費しているからですよ」
「そんなの納得出来ない!!ずるい!」
彼にくっついたまま駄々っ子のように嘆く海砂は、嫌がらせのように腕に力を込める。

「でも、月が竜崎さんみたいじゃなくて良かったー。彼氏が自分よりやせてるなんて、冗談じゃないもの」
「・・・・海砂さんは直に月くんの体を見たことあるんですか」
「ないわよ。でも、こうやって抱きつけば大体分かるじゃない」
「そうですか。それは良かったです」
手を離した海砂は、竜崎の顔を覗き込むようにして見る。
にこりともしていないが、口元を歪めているのは笑顔のつもりだろうか。
「・・・何が?」
「何でしょうね」

立ち上がった竜崎はもう海砂に興味がないのか、もといたソファーに向かって彼女を引きずりながら移動した。
いつでもあやふやに言いくるめられてしまう。
食えない男だが、普段より若干とげとげしさが消えているように思えるのは海砂の気のせいではないようだった。

 

 

 

「・・・おかしい。これでいいはずなのに、何で似合わないの?」
「やはり海砂さんのコーディネートが悪いんじゃないでしょうか」
「海砂のセンスにけちを付ける気!!?」
海砂の部屋へと戻ってきた月は、喧々囂々と言い合う二人の間に入っていけずに暫くじっとしていた。
きちんと扉を叩いて合図したのだが、彼らは月が部屋に入ってきたことにすら気づいていないようだ。
竜崎はちらりと月を見たが、声をかけるつもりはないらしい。

「じゃあ、次はこっちの服に・・・・」
ハンガーにかけたジャケットを手に取った海砂は、視界に入った月を見て嬉しそうに微笑む。
「あ、月、おかえりなさいー」
「何をしているんだ」
「着せ替えごっこ。竜崎さんいつも同じような服着ているでしょう。私が見立ててあげようと思ったんだけれど・・・」
わざわざ外で用意して貰った柄物のシャツを体に当て、竜崎はぼそぼそと喋る。
「どれも似合いませんね・・・」
その通りだった。
「何がいけないのかしら?」
しいて言うなら「陰気な顔」のせいだろうかと思った海砂だが、さすがにそれを口に出すのは憚れる。
悩む海砂を尻目に竜崎は彼女の手首にある手錠に鍵を差し入れた。

 

「月くん、ここに戻ってきたということは、自由時間はもう終わりということでいいんですね」
「ああ」
即答した月に、海砂は驚いて顔を上げる。
「いいの?あと半日あるけど」
顔を傾けているところを見ると、海砂は月の危惧していることを分かっていない。
日は傾き始め、すぐに夜が来る。
そして二人は手錠で繋がれたままだ。
この状況で竜崎が海砂に手を出すとは思えないが、月にとって若い男女が同じ部屋で就寝するのは大きな問題だった。
月の目で見て、竜崎は海砂を気に入っている。
彼は嫌いな人間はその存在を一切無視するタイプだ。
二人の間に喧嘩が絶えないのは事実だが、嫌ならば竜崎は絶対に海砂の我が儘に付き合わない。
今日の一日交代の話にも耳を貸さなかったことだろう。

「月くん、分かっていますよ。あなたが予定よりも早く切り上げてきた理由」
元のように、月に手錠を取付ながら竜崎はじっと彼の瞳を見据える。
「私がいなくて寂しくなったんですね」
「えっ」
「月――!!」
絶叫した海砂は竜崎に引っ張られて部屋を出ていく月に追いすがった。
「月、ひどい!私よりもこんな風呂にも入らない男を選ぶの」
「行きましょう、月くん。誰にも邪魔されないところへ」
「月!!」
海砂がわめくのが聞こえたが部屋の扉は無情にも閉じられた。
彼女がこれからいかに暴れるか、監視カメラの映像を見るのが怖い。

 

 

「竜崎・・・、分かっていて言ってるな」
「面白いので。海砂さんは怒った顔が一番愉快です」
抑揚のない声は彼の感情を伝えずただ事実だけをのべる。
「誤解のないように言っておきますが、私は海砂さんのことは好きではありません。そう見えるとしたら、海砂さんが月くんを心の底から愛しているからです」
エレベーターに乗り込むと、竜崎は月を見ずに扉の方へ真剣な眼差しを向けていた。
その姿は思案するようでもあるし、何も考えていないようでもある。

「・・・・お前の言っていることはよく分からない」
「月くんはそれでいいんです」


あとがき??
竜崎さんは自分のことを好きだと言う人を嫌いな気がします。何となく。
その点、海砂は月に心酔しているからその心配はないので、安心しているというか、何というか。
ということは、誰かを好きになって両思いになれたとしても、その瞬間に破局するということか・・・。
難儀な性格だ。
普通(?)に月ミサ(ミサ月)を書きたいと思いましたが不思議とネタが浮かんでこない。何でだろう。

原作と違い、緊張感の欠片もない話で申し訳ない。
内容的にも嘘ばかりで申し訳ない。
竜崎さんが月から手錠を外すはずがないけれど、海砂だったらどうなるか考えたら楽しかったので。
いろいろと理想を詰め込んだLミサ月話でした。
今のうちに書かないと、メインジャンル以外の話は熱が冷めたとたんに書けなくなるのですよ。
あともう一つ、Lミサでチューネタを書く予定。
ところで「夜神くん」なのか「月くん」なのかよく分からない。私が見たとき「月くん」だった気がするけど「夜神くん」が正解?
ああ。タイトルの「かわいいひと」は海砂ではなく竜崎くんのことです。


戻る