HEAVEN


「可愛い子ね、彼氏?」
後ろから声をかけられ、海砂はハッとして振り返る。
近寄る気配に気づかないほど熱心に眺めていたのは、携帯の待ち受け画面にしてある月の写真だ。
初めて見かけたときに、密かに撮っておいた。
それからは、時間があるといつでも見ている。
最初はキラに対する感謝と共感、今では月の存在は海砂の生きがいそのものとなっていた。

「彼、モデルか何かなの?」
「いえ、普通の学生です。東応大学の・・・」
「へぇー、優秀なんじゃない」
番組収録の休憩室での会話だが、その部屋に今は彼女と海砂の二人しかいない。
彼女は共演者の一人だが、巷で騒がれ出している新人の海砂をあまりよく思っていないようだ。
ぴりぴりとした雰囲気を肌で感じ、海砂は多少萎縮していた。
事務所からは、先輩女優である彼女に逆らうなと言われている。
親のコネでこの業界に入ったらしいが気位が高いだけで実力はあまり伴っていない。
煙草を片手に話すその姿を見ただけで、海砂にはあまり親しくなりたい人種とは思えなかった。

 

「紹介してよ」
「・・・は!?」
携帯電話を指差しながら言われ、海砂は驚きの声をあげた。
「彼、私のタイプだわ。ちょっと会わせてくれない?」
「・・・・あの、海砂の大事な人なんですけれど」
「分かってるわよ」
悠然と微笑む彼女は、海砂に対する嫌がらせのつもりで言っているのだろう。
怒りがこみ上げてきたが、気持ちとは裏腹に、海砂はゆっくりとその顔に笑みをたたえた。
芸能界で活動するからには、気に入らないことがあっても、笑顔でそれを隠す術を知っている。
だが、月に関することだけは、別だった。

「あなた、人、殺せますか?」
「・・・えっ」
唐突な海砂の一言に、彼女は目を見開く。
「私は出来ます。彼のためなら、彼が望むなら強盗だって殺人だって何だってする。何人でも殺してみせる。それでも、あなたは私から彼を奪う覚悟があるんですか」
穏やかに問う海砂だったが、目は真剣だ。
鬼気迫る空気に圧倒される彼女に、海砂はくすりと笑ってみせる。
「簡単よ、あなたを殺すのも」

脅しではなく、預けてあるノートで本当に殺してみようかとも思ったが、やめた。
出会った瞬間から、海砂は月のために存在している。
その力を使うのは、彼の意思が働いていないと意味がなかった。

 

 

 

「あの人の怯えた表情、可笑しかったわねー」
スタジオから出た帰り道、くすくすと笑う海砂は背後にいる死神に話しかける。
「ねぇ、レム、ノートを使った人間は天国にも地獄にも行けないんでしょう?」
「ああ、そうだ」
それは輪廻を外れ、未来永劫、天国と地獄の狭間で苦しみ続けることを意味した。
生あるものならば、誰でも望まない終焉。
黙り込んだ海砂を心配げに見たレムだったが、彼女は思いがけず、笑みを浮かべている。

「でも、私はきっと天国だと思う」
「・・・?」
「ノートを使ったのは、月も一緒だもの。たとえ天国に行けたとしても、私には月がいなければ地獄と同じ」
天を仰いだ海砂は、青白く輝く月を見つめて言葉を続ける。
「私はたぶん、長くは生きられないわ。月より先に死ぬ」
「海砂・・・・」
レムは動揺したようだが、海砂は確信していた。
目の契約のこともある。
だが、月に何か思惑があるのは、海砂にも最初から分かっていた。
用済みと判断すれば、彼は何の躊躇もなく海砂を排除するに違いない。

「でも、死ぬのは全然怖くないのよ。だって、待っていれば月もいずれ堕ちてきてくれるんだもの。そこには永遠がある。これ以上の幸福があるかしら」
レムがその表情を窺うと、海砂は幸せそうに笑っている。
嘘偽りの無い、素直な気持ちを正直に言っているのだと分かった。
限りある今生のことだけではない。
海砂は遠い先も見通して行動していた。
「二週間も待てないなぁ・・・、今から月に会いに行こうか」

 

 

月さえいれば、どこだろうと、そこが理想郷。
二度に離しはしない。
だから、生きているうちはいくらでも利用されてあげるつもりだった。


あとがき??
あ、勝手な設定ですので。
デスノートを使ったら天国や地獄に行けないので、輪廻転生できないことと解釈させて頂きました。
ノートを使っても、死んでからたどり着く場所は同じとは限らないのですが。
本屋に行ったら福山雅治の『
HEAVEN』がかかっていまして、思い切りミサ→月の歌だったので、こんなの書いてしまった。
福山の歌であれが一番好きですよ。 ちなみに、歌詞 

えーと、月視点の月ミサも書いておきたかったんだけれど、どうだろう・・・・。


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