スキだらけ


「神楽ちゃん、一緒に帰りましょう」
授業が終了し、下校の時間になると日頃から親しくしているそよが神楽の肩を叩いた。
実家が裕福でおっとりとした雰囲気のそよと、貧乏留学生で口の悪い神楽では全く接点がないように思えるが、不思議と気が合うらしい。
椅子に座ったままの神楽は傍らに立つそよをちらりと見上げ、再び目を伏せる。
「・・・・ごめんアル。今日は居残りで勉強ヨ」
「えっ?」
「休み時間、廊下で会った銀八に教室で待ってろって言われたアル。この前のテストで0点だったからまた勉強させられるネ」
話しながら、落ち込む神楽は机に突っ伏した。
「そよちゃんは先に帰った方がいいアルヨ」

 

 

 

前回のテストの時も神楽は0点を取り、毎日授業のあとに3時間居残り勉強をさせられたのだ。
無理矢理頭に知識を詰め込まれたせいでよけいに国語という教科が嫌になった気がする。
そもそも、留学生の神楽は今まで日本語に接する機会が少なかっただけに他の生徒より分が悪い。
「・・・・暗くなってきたアル」
他の生後が誰もいなくなり、一人きりになった教室で神楽は窓の外を見つめて呟いた。
午後から降り出した雨は全くやむ気配がなく、風の当たった窓がガタガタと音を立てている。
小降りのうちに帰ろうと思っていたのだが、とんだ番狂わせだ。

「おー、ちゃんと居るな。感心感心」
ため息をついた神楽が再び頬を机に押し当てたとき、教室に入ってきたのは眠たげに目をこする銀八だった。
彼が残るよう指示を出したというのに、感心されるのも妙な話だ。
姿勢を正した神楽は机に教科書と筆記用具を準備したが、煙草を銜えて彼女の前までやってきた銀八はその頭に手を置いて素っ気なく言う。
「そんじゃー、帰るぞ」
「・・・・えっ??」
「全く、やんなるよなぁ、雨の日は髪の毛が広がるんだよ。お前は天パの苦労なんか知らねーだろ」
「あの、先生」
傍らの椅子を引いて腰掛けた銀八を、神楽はまじまじと見つめた。
「今日は居残り勉強じゃないアルか?」
「誰がそんなこと言ったよ」
銀八はだるそうに机に頬杖を付きながら応える。
「無かったんだよ、傘が。ロッカーに入ってると思ったのによー、一昨日使ったの忘れてた。お前持ってきてるだろ」
「・・・・・はあ」

 

銀八と一つの傘を共有して歩く神楽は、どうにも腑に落ちないものを感じていた。
教室で誰かに訊ねれば、傘を2本持ってきている生徒もいたように思う。
そうすれば、今神楽が肩を並べて歩いている相手は銀八ではなくそよで、ファーストフード店に入って夕食の前の軽い食事をしていたはずだ。

「・・・・私は先生の何アルか」
「小間使い」
即答した銀八の向こう臑を神楽は容赦なく蹴り上げる。
彼は悲鳴と共にしゃがみ込んだが、自業自得だ。
「何でも好きなもんおごってやろーと思ったのに・・・無しだな」
「えっ!」
ぼそっと呟いた銀八の声を耳にするなり、神楽は急に態度を軟化させて銀八の背中をさする。
「大丈夫アルか、先生!!私、美味しい焼き肉屋を知ってるアル」
「心配するか要求するか、どっちかにしろ」

 

 

神楽の大食いぶりはクラスでも有名な話で、彼女の鞄の中は常に食べ物で一杯だった。
そんな彼女を焼肉屋に連れて行くには、教師の安月給では無理がある。
結局ラーメン
2杯で我慢をさせられた神楽は不満顔だ。
「ケーキ買ってやっただろ」
「・・・そうアルけど」
それはどちらかというと銀八のおやつを買うついでといった感じな気がした。
座布団に座った神楽はきょろきょろと首を動かしてその部屋を見回す。
「先生のアパートって、私の下宿のすぐ近くだったアルねーー」
雨の中、銀八の隣をくっついて歩いていた神楽は、ケーキの箱に釣られていつの間にか彼の家に上がりこんでいた。

「あっ、これ『王家の花嫁』!!『カリマンタンの城』もあるネ!!!凄い、全巻揃ってるアルーー!!」
本棚に並んだ漫画本を見つけた神楽は思わず歓声をあげる。
教科書よりも漫画で日本語を勉強している神楽が今一番のめりこんでいるのがこれらの作品なのだ。
「ああ、それ。ジャンプで連載している漫画の中では、名作中の名作だよな〜」
「先生、貸して!」
「駄目。ぜってー返さないだろ、お前」
「じゃあ毎日読みに来るアル!」
「お前、汚い手で触るんじゃねーよ」
夢中で本棚を探る神楽から漫画本を奪い取った銀八は、彼女の顔をじっと見据える。
何事かと眉をひそめたときには、彼の唇が口を塞いでいた。

「・・・クリーム、付いてた」
驚いて目を丸くする神楽から顔を離すと、苦笑する銀八はいつものように彼女の頭を撫でる。
汚れを取るとか、そういった行為とは違うもののような気がした神楽だっが、銀八が言うのだから正しいのだろうか。
頬を手の甲で拭うと、確かに口の周りは生クリームでベタベタだった。

 

 

 

「神楽ちゃん、昨日は何時まで学校にいたの?」
翌日登校すると、そよが心配顔で神楽に近寄ってきた。
「それが・・・・」
神楽は昨日ラーメンをご馳走になり、ケーキを銀八の家で食べたことを簡単に説明する。
随分と遅くなったために、下宿まで送ってもらったときは、雨はすっかりやんでいた。
「今日も待ってろって言われたアル。雨も降ってないのに、変なの」

首を傾げる神楽を見つめながら、それはデートの誘いなのではないかと思ったそよだが、彼女はまるで気づいていないようだ。
自然と鼻歌を歌っているところを見ると、嫌ではないらしい。
神楽が好んで付いていくなら、あえて指摘する必要もないだろうか。


あとがき??
いつもは神→銀ですが、銀→神っぽいですね。
ケーキのあたりは『悪魔のオロロン』。
相互記念のリクだったのに・・・・随分と時間が経ってしまって申し訳ない。
3-Zでほのぼの銀神がリクだったんですが、ほのぼのかどうかも微妙のような・・・。
重ね重ね、すみません。


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