それから
何度も何度も「出ていけ」と注意したのだが、そのうち面倒になって寝ているうちに、習慣のようになってしまった。
万事屋の唯一の暖房器具は炬燵だ。
寒々とした部屋でこたつに入ると自然と夜もそこで寝てしまうが、何度か風邪をひいたため、銀時は「炬燵で睡眠」を禁止した。
新八が実家に帰ったことを確認すると、神楽はその夜も襖を開けて和室に入ってくる。
「お前の部屋はあっちだろ・・・」
「嫌アル、寒いアル」
もぞもぞと布団に潜り込んだ神楽は、自分を遠ざけようとする銀時の腕に強引に手を絡ませてきた。
あって無いようなものだが、神楽の微かな胸の柔らかさが肘の辺りから伝わってくる。
神楽はまだ子供と分かっていても、心中は複雑だ。「お前なー、俺が善人だからいいものの、普通嫁入り前の娘は男と同衾なんてしないもんなんだよ。さっさと自分の寝床に戻れ」
「大丈夫アル」
神楽の手を振り払ったが、背中を向けた銀時に彼女はべったりとくっついた。
その行動を見るかぎり、全然大丈夫ではない。
「好きな人が出来たら、やめるヨ」いつまでも3人一緒にいられないことは、それぞれがよく理解していることだ。
新八も、神楽も、独り立ちして万事屋から去っていくときが来る。
分かっていたはずなのに、神楽のその言葉に一瞬どきりとした。
年齢よりも子供じみた言動が多いせいか、神楽に男が出来たときのことなど想像もしていなかった。
「銀ちゃん・・・・」
むにゃむにゃと呟く神楽はすでに夢の中にいるようで、銀時は小さくため息をつく。
今、同じ寝床で丸まっているのは、底冷えのする冬の夜に必要な暖房器具の一つだ。
女じゃない。
心の中で一度念じると、銀時はようやくまどろみの中へと入っていくことが出来た。
「・・・・神楽は?」
「お弁当持って朝早くからどこかに行きましたよ。ピクニックだとか、何とか」
「ふーん」
新八の用意した朝食を食べながら、銀時はTVのリモコンを操作する。
丁度『お目覚めテレビ』のお天気注意報が始まり、結野アナが一週間の天気について話し始めた。
「昨日も寒かったですけど、今日は雪が降るかもしれないそうですよー。どうりで冷えると思った」
「・・・・・」
湯飲みを机に置いた新八の言葉に、銀時は無言で応える。
確かに昨夜はこの冬一番と思える寒さだった。
気温のこともあるが、毎日のように隣りで寝ていた神楽が和室に来なかったため、よけいにそう思うのかもしれない。
今日まで気づかなかったが、彼女は充分に暖房器具の代わりを果たしていたようだ。
「どこに行くんですか?」
おもむろに立ち上がった銀時に、新八は顔を上げて訊ねる。
「散歩」
近頃、銀時が足繁く通っている茶店は、可愛い看板娘と名物の三色団子が呼び物だった。
看板娘は大いに目の保養になるが、どちらかといえば銀時の目当ては後者の三色団子だ。
とにかく絶品の味で、この店の団子を食べたならばもう他では食べられないとさえ思っている。
「近頃、よくいらっしゃいますね」
茶を飲みながら注文した品を待つ銀時は、傍らに立った看板娘へと目をやる。
評判になるのも納得の美しい娘で、銀時が長年憧れている結野アナに似ていないこともない。
「お団子頭の女の子は、今日はいないんですか?」
「ああ、あんたも知ってるだろ。あいつが来ると団子20皿は簡単に平らげる。金欠だから内緒で通ってるってわけ」
前に神楽が来たときの、皿までかじりそうな食べっぷりを思い出したのか、看板娘はくすくすと笑う。
春の花が綻んだような柔らかな笑みに、銀時の頬も自然と緩んだ。
これから何年かして神楽が成長したら、彼女のようになってくれたらいいと、漠然と思った。それにしても、神楽は何故、昨夜から急に一人で寝るようになったのか。
団子を食べつつ大通りの雑踏を眺めていた銀時は、その中に知った顔を見つけた。
顔を合わせれば喧嘩ばかりの、真選組の鬼の副長だ。
制服ではなく着流しなため、非番の日なのだろう。
別にやましいことはしていないのだが、何となく彼に背を向けて団子を食べようとした銀時は、ハッとして視線を戻す。
土方のすぐ傍らに、見覚えのある傘があった。
にこにこと笑う神楽が土方と手を繋いで歩いている光景を、銀時は思わず目を擦って再確認する。『好きな人が出来たら、やめるヨ』
ふいに神楽の呟きが脳裏を過ぎり、銀時は彼らが去ったあとも同じ場所を見つめ続けた。
「お客さん、どうしました?」
心配そうに声をかけてきた看板娘に、何と答えたらいいかも分からない。
一体、いつの間に二人は接近したのか。
気持ちを落ち着けるためにも、さらなる糖分が必要なようだ。
「・・・・団子、もう一皿追加」
風呂からあがって和室に入ると、やはりそこに神楽の姿がない。
飲み終えたフルーツ牛乳の紙パックをゴミ箱に放った銀時は、腕組みをして考える。
自分が父親と仮定して、娘が10以上年上で、武装警察という物騒な仕事をしている男と付き合ったならば、絶対に反対するはずだ。
ということは、この妙にもやもやとした感覚は、保護者としての愛情だ。
けして嫉妬ではない。
捨てられた男のような心境になるのも、もちろん間違っている。「よし」
一人で納得して頷いた銀時は、押入の前まで行くと勢いよく襖を開いた。
「おい、人間湯たんぽ」
「・・・・・んー」
枕を抱きしめて眠っていた神楽は、体を反転させると、寝ぼけ眼を銀時に向ける。
「何アルかーー」
「お前が布団暖めておかないと、俺が寒いだろ」
「変な銀ちゃんアルねー。出ていけって言ったり、あっためておけって言ったり」
何度か瞬きを繰り返した神楽は、仕方なく半身を起こして銀時に向き直った。「前に言ったアルヨ。好きな人が出来たら、やめるって」
「真選組の副長様かよ」
「・・・・誰?」
「しらばっくれんなよ。今日一緒に歩いていただろ」
首を傾げて聞き返され、銀時はつい棘のある声を出してしまった。
「銀ちゃん、茶屋のおねーちゃんじゃなくて、マヨラーのことが好きだったアルか?」
「・・・・何だ、それ」
どうも話がかみ合わず、二人はそろって訝しげな顔つきになる。
「銀ちゃん、私に嘘ついてまで毎日あの茶店に通ってるから、あそこのおねーちゃんのこと好きになったと思ったアルヨ」
実際、看板娘目当てで茶店に通っている若者は多かった。
神楽は銀時もその一人だと思ったのだ。
「好きな人が出来たら」というのは、自分ではなく「銀時に好きな人が出来たら」という意味だったらしい。
彼女が家にやってくるようになったら、邪魔をしないためにも、新八の家に引っ越すつもりだったようだ。
土方との関係は「あいつは私のパシリにしたアルヨー」と言っていたが、定かではない。「じゃあ、俺が好きになったのがお前だったら、どうするんだよ」
何気なく訊ねてから、何故そうした疑問が口から出たのか不思議になる。
「・・・・・・・・・・・考えてなかったアル」
「うーん」と唸り声をあげた神楽を見て、苦笑した銀時は手を伸ばして彼女を押入から引き出した。
「銀ちゃんー?」
「お前がいないと、さみーんだよ」
肩に担がれて和室へと運ばれながら、神楽は眠い目を擦って訊ねる。
「寒いって言ったアルか?それとも寂しい?」
あとがき??
何となく、ホッとする銀ちゃんでした。
神楽ちゃんと仲良しなのが土方さんだったのは、個人的な趣味で。私の中で、二人は仲良しなんですけど。
土神も書きたいです。