ほのぼの
「銀ちゃんーーーーー!!!!!」
戸を開くなりその名を叫んだ神楽は、きょろきょろと部屋を見回したあと、一直線に銀時のいる和室に駆け込んだ。
途中、洗濯物を畳む新八が「お帰りー」と声をかけたのだが見向きもしない。
「銀ちゃん!」
「・・・ああ?」
畳に寝転がって新聞を読んでいた銀時は、勢いを付けて飛び掛ってくる神楽を見るなり「げっ」と声をあげる。
軽いとはいえ、体重ごと圧し掛かられればかなりの衝撃があった。
「お、お、お前、俺を殺す気か!!」
「大変アル、銀ちゃんーー」
咳き込みながら神楽を払いのけようとした銀時は、瞳に浮かんだ涙に気づくと、その手を止めて彼女の顔を覗き込む。
「どうした?」
「定春28号が死んだアルーーー」見ると、神楽は小さな猫を抱いていた。
力の調節が上手く出来ない神楽が小動物に怪我をさせてしまうのはよくあることだ。
あまり近寄らないようにしているらしいが、動物好きの神楽は目の前を可愛い犬や猫が通ると、どうしても触りたくなってしまうらしい。
「こっちに寄こしな」
「・・・・ん」
銀時の言うままに、神楽はぐったりとしている猫を差し出す。
一見死んでいるように見えるが、体に耳を押し当てると、きちんと心臓は動いていた。
おそらく突然強い力で抱き締められて、驚いて気を失ったのだろう。
「・・・何とか起きてくれねーかな」
猫の頭を撫でた銀時が困惑気味に呟くと、それに反応したかのように、猫の体が大きく波打った。
もともと怪我をしたわけではなく、少し意識が飛んでいただけだ。
ぱちりと目が開くと、猫は慌てて銀時の手から逃れ、開いていた窓から外に逃げ出していった。「なんだ、元気そうだなぁ」
「うん」
屋根から塀の上へと飛び移った猫を見下ろしながら、神楽は傍らに立つ銀時に頷いて答える。
万事屋で暮らすようになって以来、何か困ったことがあると銀時の名前を呼ぶのが日常になってしまった。
今では地球にきて暫くの間、どうやって一人で生活していたのか分からないほどだ。
「えへへ、有難う、銀ちゃん」
「俺は何もしてねーよ。ゆっくり新聞読ませろ」
神楽の頭を撫でると、銀時は彼女の背中を押して和室から出るよう促す。
ソファーを置き、事務所として使っている部屋と違い和室は銀時のテリトリーだ。
マダオに借りたいかがわしいDVDや雑誌を隠していることもあり、何もないときは他人を入れずに自分だけがくつろげるスペースにしたいようだった。
「神楽ちゃんってさ、何かあると、すぐ銀さんを呼ぶよね」
一部始終を襖の向こうから見ていた新八は、目の前を横切る神楽に、目を細めながら言う。
銀時と新八が並んでいるとすると、神楽がまず駆け寄るのは銀時の方だ。
彼の方が年長で包容力というものがあるかもしれないが、年齢のわりに子供っぽい神楽の世話をしているという点では、新八も条件は同じはずだった。
むしろ、ふらふらと出かけることの多い銀時に比べて、新八の方が長い時間神楽のそばにいる。
「何が言いたいアルか?」
「ちょっと、くっつきすぎじゃないかと思うんだよね。銀さんってわりと面倒見がいいから頼られると助けちゃうんだろうけど、結構うざいって思ってるかもよ」
「・・・・うざい?」
「嫌われちゃうかもしれないってこと」
よく意味が分からないのか、神楽が不思議そうに首を傾げたため、つい新八の口調も荒くなってしまった。
だが、ここからが本題なのだ。「あのさ、僕だって同じ万事屋の仲間なんだし、もっと僕のことを頼ってくれても・・・・・って、神楽ちゃん?」
頬をかいた新八が少しばかり照れくさそうに言葉を繋げると、神楽は心ここにあらずといった表情で、虚空を見つめていた。
「ちょっと、神楽ちゃん、聞いてる?」
「・・・・嫌われる」
新八の言っていることは耳を素通りしているらしく、青い顔で呟いた神楽は、滑るような足取りで押入れに向かって歩き出した。
考えただけで悲しくなってくる。
自分が出て行かないかぎり、神楽は万事屋から追い出されることはないと思っていた。
だが、ここにいる三人はもともと縁もゆかりもない人間で、銀時に嫌われればそのまま解雇されて終わりの関係だ。
口は悪いが銀時は優しい、そしてそのことに今まで甘えすぎていたのかもしれない。
「神楽ー、風呂入るぞ」
日が暮れて新八が実家に帰ると、タオルを肩にかけた銀時は、いつものように襖を叩いて神楽に呼びかけた。
生活費がぎりぎりだったとき、節約のために始めたことだが、今では金銭面で余裕があっても一緒に入ることが習慣になっている。
だが、この日は何故か押入れにいる神楽が飛び出してこない。
「神楽?」
「今日から一人で入るアル。銀ちゃん、先に入っていいアルヨ」
「へっ・・・」
目を丸くした銀時は、襖を穴が空くほど見つめ続ける。
お風呂で遊ぶ玩具類を買い揃え、水鉄砲を銀時に当てて喜んでいた神楽とは思えない発言だ。
「・・・反抗期か?」最初はそんな風に感じただけだったが、以来、妙に神楽の態度がよそよそしくなった。
話しかければきちんと答えるものの、神楽の方からは何も言ってこない。
毎日のように続いていた「お腹が減った」「あれ、買って」「どこか行きたい」という要求が全くなくなったのが不気味だ。
新八には普通に接しているというのに、銀時が近くに来ると、どうも距離を取る。
最初はさして気にしていなかったが、そんな日が続くと、心配にならない方がおかしい。「俺、お前を怒らせるようなこと、何かしたかよ」
問いただす声が乱暴になったのは、強い不安の裏返しだ。
手首を掴まれた神楽は顔を顰めたが、銀時は離す素振りを見せない。
新八は買い物に出かけているため、助けてくれる人間は誰もいなかった。
「怒ってるのは銀ちゃんネ。痛いから離してヨ」
「理由を言えば離してやるよ。それとも、ここから追い出されたいのか」
あまり深いことは考えずに出た言葉だったが、肩を震わせて反応した神楽は、涙目で銀時を見つめた。
「銀ちゃんに嫌われたくないアル」
「・・・はあ??」
説明下手な神楽の話で、ことの経緯を銀時に伝えるのはなかなか骨の折れる作業だった。
分かってみれば、実に単純な理由だ。
確かに神楽は厄介ごとを引き起こす名人だが、歌舞伎町に住んでいれば大なり小なり揉め事は日常茶飯事で、気にするまでもない。
「お前、本当に馬鹿な」
「わ、私は真剣に・・・」
「お前のことは、面倒でも、迷惑だと思ったことは一度もねーよ」
さらりと言い切った銀時は、鼻をすすった神楽の頭を優しく撫でる。
確かに一人で暮らしていたときは人との係わりが煩わしく、仕事以外ではあまり深く付き合いたくないと思っていた。
今となっては、無条件に自分を信じて付いて来る神楽や新八の存在を手放すことなど考えられない。「お前が俺を呼ばないと、寂しくなるだろ」
顔を背けた銀時が、独り言のように呟くと、神楽の瞳がみるみるうちに輝く。
あまり物事に執着しない銀時の口から、誰かを必要としている言葉を聞けることは滅多にない。
何しろ、神楽が父と共に旅立とうとしたときも、追いかけてこなかったような人間なのだ。
「銀ちゃん、大好きアル!」
ようやく、前のように飛びついてきた神楽の背中を、銀時は軽く叩く。
無邪気に頼られることで安堵しているなど、気恥ずかしくて言えるはずもなかった。
あとがき??
銀ちゃん、難しいなぁ。サスケ以上ですよ。
銀ちゃんはうちのサイトで扱っているジャンルの中で、一番格好いい人だと思っています。見かけも中身も。だから書き難いのね。
そして、私の書く神楽ちゃんはどうしても精神年齢下がる。